10/10(土)・12(月)・14(水)・16(金)
【モーニングショー】リリアン・ギッシュの肖像10:30
~11:30
アダプション/ある母と娘の記録11:4515:45
海賊のフィアンセ13:3517:35
~19:25
【レイトショー】WANDA/ワンダ19:45
~21:30
10/11(日)・13(火)・15(木)
【モーニングショー】リリアン・ギッシュの肖像10:30
~11:30
流転の王妃11:4515:45
リュミエール13:4517:45
~19:30
【レイトショー】WANDA/ワンダ19:45
~21:30

▼チケット販売時刻▼

【10/10(土)・12(月)・14(水)・16(金)】
・11:45『アダプション/ある母と娘の記録』からの二本立て ▶ 9:50
・それ以降の回/ラスト1本 ▶ 各回その直前の回が始まって10分後
・モーニング&レイトショー (『リリアン・ギッシュの肖像』『WANDA/ワンダ』)▶ 9:50

【10/11(日)・13(火)・15(木)】
・11:45『流転の王妃』からの二本立て ▶ 9:50
・それ以降の回/ラスト1本 ▶ 各回その直前の回が始まって10分後
・モーニング&レイトショー (『リリアン・ギッシュの肖像』『WANDA/ワンダ』)▶ 9:50

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★指定席でご案内しております。チケットの販売は窓口のみとなります。ご来場の際はお時間に余裕を持ってお越しください。
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海賊のフィアンセ
A Very Curious Girl

開映時間 【10/10(土)・12(月)・14(水)・16(金)】13:35 / 17:35(~終映19:25)
ネリー・カプラン監督作品/1969年/107分/フランス

■監督 ネリー・カプラン
■製作 ネリー・カプラン/クロード・マコフスキー
■脚本 ネリー・カプラン/クロード・マコフスキー/ミシェル・ファブル
■撮影 ジャン・バダル
■音楽 ジョルジュ・ムスタキ
■主題歌 バルバラ「Moi, je me balance」

■出演 ベルナデット・ラフォン/ジョルジュ・ジェレ/アンリ・ザルニアック/クレア・モーリア/ジュリアン・ギオマール/パスカル・マゾッティ/ジャック・マラン/ミシェル・コンスタンタン/ルイ・マル

■オフィシャルサイト
https://www.nellykaplan.jp/

■物販情報
・パンフレット販売未定

© 1969 Cythère films – Paris

保守的な村社会から除け者にされるマリーと母。母の死をきっかけに、マリーは村人たちを相手に売春行為をはじめる。男たちを利用して稼いだ金を、必要のない商品の購入で浪費し、彼女のあばら家はモノであふれていく。

かのパブロ・ピカソをして「芸術の域まで高められた尊大さ……ルイス・ブニュエルの最高傑作並みの作風だ」と言わしめた『海賊のフィアンセ』。トリュフォー『私のように美しい娘』、ユスターシュ『ママと娼婦』などで知られるベルナデット・ラフォン主演で、カプラン曰く「異端審問官たちを火刑にする現代の魔女の物語」。1969年に発表されたこの作品以来、ネリー・カプランは保守的な価値観に「抵抗」「反抗」する女性たちを描きつづけた。長らくヌーヴェルヴァーグの周縁で見落とされてきた彼女の作品は、2019年、ニューヨークで回顧上映され、その同時代性が再発見された。

<ネリー・カプラン Nelly Kaplan>

1931年4月11日、ブエノスアイレスに生まれる。ブエノスアイレス大学で経済学を学ぶも、映画への関心からパリへ飛び立ち、フィルムアーキビストの国際会議でアルゼンチン代表を務める。新聞記者としても活動した。1954年、映画監督のアベル・ガンスと出会い、『マジラマ/戦争と平和』(57 ※2025年のカンヌ国際映画祭「カンヌ・クラシックス」で上映)を共同監督する他、『ナポレオン/アウステルリッツの戦い』(60)の脚本・助監督としての参加など協力関係を深めた。以後、いくつかの短編映画作品を監督。ドキュメンタリー作品『Le regard Picasso(ピカソの視点)』(67)はヴェネツィア国際映画祭で上映された。1969年に長編劇映画第1作となる『海賊のフィアンセ』が公開。以降、『パパ・プティ・バトー』(71)、『シビルの部屋』(76、日本公開は77年)、『シャルルとリュシー』(79)と発表。1983年にはドキュメンタリー『アベル・ガンスと彼のナポレオン』を監督し、翌年のカンヌ映画祭・ある視点部門で上映された。1991年に長編劇映画第5作であり、最後の監督作となった『愛の喜びは』が公開。テレビ作品の脚本も多く手掛けた。1994年、ボストン美術館、シカゴ美術館、ワシントン・ナショナル・ギャラリーが、カプランのレトロスペクティヴを開催。2019年、ニューヨークのQuad Cinemaがカプランのレトロスペクティヴを開催し、『海賊のフィアンセ』公開 50年を記念したレストア版(米国プレミア)のほか7作品が上映され、その同時代性が<再発見>された。ペンネーム「ベレン(Belen)」でのシュルレアリスム小説の執筆など、著作多数。2020年11月12日、新型コロナウイルスに罹患し、死去。

アダプション/ある母と娘の記録
Adoption

開映時間 【10/10(土)・12(月)・14(水)・16(金)】11:45 / 15:45
メーサーロシュ・マールタ監督作品/1975年/ハンガリー/88分/DCP/PG12

■監督 メーサーロシュ・マールタ
■脚本 メーサーロシュ・マールタ/ヘルナーディ・ジュラ/グルンワルスキ・フェレンツ
■脚本監修 ヴァーシャールヘイ・ミクローシュ
■撮影 コルタイ・ラヨシュ
 
■出演 ベレク・カティ/ヴィーグ・ジェンジェヴェール/フリード・ペーテル/サボー・ラースロー

■第25回ベルリン国際映画祭金熊賞・OCIC特別賞受賞/C.I.D.A.L.C. Award名誉賞/Interfilm Award – Otto Dibelius Film Award

■オフィシャルサイト
https://meszarosmarta-feature.com/

■パンフレット販売未定

©National Film Institute Hungary -Film Archive

43歳のカタは工場勤務の未亡人。彼女は既婚者と不倫関係にある。カタは子どもが欲しいのだが、愛人は一向に聞き入れない 。とある日カタは、寄宿学校で生活するアンナと出会い、彼女の面倒を見ることにした。次第にふたりは奇妙な友情を育んでいく。

メーサーロシュの名を一躍世界に知らしめた記念すべき作品。家父長制すら歯牙にもかけぬ主人公たちの親密さを、決して見逃してはならない。アニエス・ヴァルダが『ラ・ポワント・クールト』で交わらない視線をパートナー同士の断絶として実践したのとは対照的に、本作ではまるで親密さと比例するかのように視線の交差が慎重に避けられていく。

<メーサーロシュ・マールタ MeszarosMarta>

1931年、ハンガリー生まれ。同国を代表する名匠ヤンチョー・ミクローシュの手引きで、長編劇映画デビュー作となる『エルジ』を監督。当時ヤンチョーとは配偶関係にあり、彼の息子ヤンチョー・ニカはその後、「日記」三部作の撮影監督を務めることになる。監督作には、サボー・ラースロー(ラズロ・サボ)やアンナ・カリーナ、イザベル・ユペール、デルフィーヌ・セリッグなどの名優がこぞって出演し、アニエス・ヴァルダに至っては自身の映画制作の参考にするなど、その影響は計り知れない。

流転の王妃 4Kデジタル修復版
The Wandering Princess

開映時間 【10/11(日)・13(火)・15(木)】11:45 / 15:45
田中絹代監督作品/1960年/日本/103分/DCP

■監督 田中絹代
■原作 愛新覚羅浩「流転の王妃」
■脚本 和田夏十
■撮影 渡辺公夫
■美術 間野重雄
■音楽 木下忠司

■出演 京マチ子/船越英二/金田一敦子/東山千栄子/沢村貞子/笠智衆

■オフィシャルサイト
https://cinemakadokawa.jp/product/entry-5390.html

■パンフレット販売なし

©KADOKAWA1960

日支両国に暗雲がただよっていた頃、竜子は関東軍の朝吹大将の訪問を受けた。朝吹は、竜子を日本・満州両国親善のために、満州皇帝の弟・溥哲の妃にと言うのだった。突然の話に驚く竜子にかまわず話は進められ、建国十年を迎えた満州国首都新京で中国風の結婚式が行われた。異郷に嫁いだ竜子は、慣れない風習と夫の兄・溥文らの冷い眼に苦しんだが、夫の溥哲の愛情に慰められた。子どもの英生が生まれ、家庭に明るさが増した。しかし、昭和二十年八月、ソ連の対日戦開始とともに平和の夢は破られた…。

満州国皇帝溥儀の弟、溥傑氏の妃として波乱の半生を送ってきた愛新覚羅浩の自伝の映画化。女性の原作(愛新覚羅浩)、女性の脚本(和田夏十)、女性の監督(田中絹代)、女性の主演者(京マチ子)が全女性に贈る、数奇な運命の王妃を綴った文芸巨編!

<田中絹代 Kinuyo Tanaka>

1909年11月29日、山口県下関市丸山町に生まれる。14歳で松竹下加茂撮影所に入り、可憐な娘役で人気スターとなる。トーキー化以降も五所平之助や小津安二郎などの作品に出演し、晩年まで役者として第一線で活躍しつづけた。その一方、年齢で女性の役柄が固定されることや戦後のアメリカ訪問での見聞を通じて、監督業進出を決意。劇映画としては戦前の坂根田鶴子以来となる女性の監督となり、『恋文』(1953)でデビューを果たす。その後、田中澄江や和田夏十ら女性の脚本家と組んで『乳房よ永遠なれ』(1955)や『流転の王妃』(1960)を発表。売春婦更生施設を舞台にした『女ばかりの夜』(1961)は、『夜の女たち』(1948)等、田中が多く出演した溝口健二作品を思わせるテーマながらも、意志をもった主人公のよりよい未来の可能性も描きこみ、独自の展開で魅せた。1977年、脳腫瘍のため永眠。

リュミエール
Lumiere

開映時間 【10/11(日)・13(火)・15(木)】13:45 / 17:45(~終映19:30)
ジャンヌ・モロー監督作品/1976年/フランス/102分/DCP

■監督 ジャンヌ・モロー
■撮影 リカルド・アロノヴィッチ
■音楽 アストル・ピアソラ

■出演 ジャンヌ・モロー/ルチア・ボゼー/フランシーヌ・ラセット/キャロリーヌ・カルティエ/ブルーノ・ガンツ

■物販情報
・パンフレット販売未定

© 1976 FONDS JEANNE MOREAU POUR LE THÉÂTRE, LE CINÉMA ET L’ENFANCE. TOUS DROITS RÉSERVÉS

南仏の別荘でヴァカンス中の4⼈の⼥たち、サラ、ラウラ、ジュリエンヌ、キャロリーヌ。異なる年代の彼⼥たちの共通点は⼥優であること。親密な友情で結ばれた4⼈は、⼀年前のパリでの想い出を語り始める。若き監督トマや医師グレゴワールと浮き名を流しながらドイツ⼈作家ハインリヒへの情熱に⽣きるサラ、キャリアを断ち夫と⼦どもを世話するだけの⽣活に焦るラウラ、試⾏錯誤しつつイメージの殻を破ろうとするジュリエンヌ、そして今後のキャリアと束縛する恋⼈との関係に悩むキャロリーヌ。さまざまな愛と⼈⽣の形を振り返る中で、サラの前に現実の死と孤独が近づいてくるのだった。

サラ役をモローが演じ、ドイツの名優ブルーノ・ガンツも出演している。タンゴを革新した作曲家アストル・ピアソラが音楽を担当。

<ジャンヌ・モロー Jeanne Moreau>

1928年1月23日、フランス・パリ生まれ。フランス国立高等演劇学校(コンセルヴァトワール)で学び、演劇活動を開始。劇団「コメディ・フランセーズ」の舞台などの経験を経て、数多くの映画に出演。フランスを代表する俳優として活躍した。その活動は国内外から高く評価され、1995年と2008年に名誉セザール賞、2003年にカンヌ国際映画祭パルム・ドール名誉賞、1992年にヴェネツィア国際映画祭栄誉金獅子賞、1997年にヨーロッパ映画賞生涯貢献賞、2000年にベルリン国際映画祭金熊名誉賞、そして、2007年には芸術文化勲章のコマンドゥールを受勲している。1971年にはシモーヌ・ド・ボーヴォワールやカトリーヌ・ドヌーヴらと共に、中絶の合法化を求める嘆願書「343人のマニフェスト」に署名。その行動は、法律(通称「ヴェイユ法」)成立へと導いた。2017年7月31日、死去。

【モーニングショー】リリアン・ギッシュの肖像
【Morning Show】Lillian Gish

開映時間 【10/10(土)~10/16(金)】10:30(~終映11:30)
ジャンヌ・モロー監督作品/1983年/59分/フランス/DCP

■監督・脚本 ジャンヌ・モロー
■撮影 トム・ハーウィッツ/ピエール・ゴダール

■出演 リリアン・ギッシュ/ジャンヌ・モロー

■物販情報
・パンフレット販売未定


★こちらのプログラムはモーニングショーでの上映です。
モーニングショー料金:一律1000円(割引なし)
★チケットは、朝の開場時刻より受付にて販売いたします(当日券のみ)。

©1983 FONDS JEANNE MOREAU POUR LE THÉÂTRE, LE CINÉMA ET L’ENFANCE. TOUS DROITS RÉSERVÉS

1983 年の夏、ニューヨーク。サイレント映画期から活躍し、ハリウッドの頂点を極めたリリアン・ギッシュとの邂逅。「歴史的女優」との対話から、その生涯と映画への情熱に迫る至高のドキュメンタリー。

「彼女は私に気づかせてくれた。偉大な女優でいることだけでなく、素晴らしい人物であることも同等に重要なのだと。リリアンは両方を兼ね備えてる。」――ジャンヌ・モロー

【レイトショー】WANDA/ワンダ
【Late Show】Wanda

開映時間 【10/10(土)~10/16(金)】19:45(~終映21:30)
バーバラ・ローデン監督作品/1970年/アメリカ/103分/DCP

■監督・脚本 バーバラ・ローデン
■撮影・編集 ニコラス T・プロフェレス
■照明・音響 ラース・ヘドマン 
■制作協力 エリア・カザン

■出演 バーバラ・ローデン/マイケル・ヒギンズ/ドロシー・シュペネス/ピーター・シュペネス/ジェローム・ティアー

■1970年ヴェネツィア国際映画祭最優秀外国映画賞受賞/2017年アメリカ国立フィルム登録簿永久保存

■オフィシャルサイト
https://wanda.crepuscule-films.com/

■物販情報
・パンフレット販売未定


★こちらのプログラムはレイトショーでの上映です。
レイトショー料金:一律1200円(割引なし)
★チケットは、朝の開場時刻より受付にて販売いたします(当日券のみ)。

©1970 FOUNDATION FOR FILMMAKERS

ペンシルベニアの炭鉱町に住むワンダは、自分の居場所を見つけられずにいる主婦。知人の老人を訪ねお金を貸してほしいと頼むワンダは、バスに乗り込み夫との離婚審問に遅れて出廷する。タバコを吸いヘアカーラーをつけたまま現れたワンダは、夫の希望通りあっさりと離婚を認め退出する。街を漂うワンダは、バーでビールをおごってくれた客とモーテルへ。 ワンダが寝ている間、逃げるように部屋を出ようとしたその男の車に無理矢理乗り込む。だが、途中ソフトクリームを買いに降りたところで逃げられてしまう。 またフラフラと夜の街を彷徨い歩き、一軒の寂れたバーでMr.デニスと名乗る小悪党と知り合う。彼に言われるがまま、犯罪計画を手伝うハメになるワンダの行方は…。



世界中の映画人たちから「忘れられた小さな傑作」と賛美され、バーバラ・ローデン監督・脚本・主演のデビュー作にして遺作となった『WANDA/ワンダ』。アメリカの底辺社会の片隅に取り残された、崖っぷちを彷徨う女の姿を切実に描く。粒子の粗い16mmフィルムの質感はティファニーブルーを基調に、シネマ・ヴェリテ・スタイル(ドキュメンタリー撮影手法)でむき出しのアメリカの風景をスクリーンに映し出す。

1970年ヴェネツィア国際映画祭最優秀外国映画賞を受賞するが、その名声とは裏腹にアメリカ本国ではほぼ黙殺された。フランスの小説家・監督のマルグリット・デュラスはこの映画を「奇跡」と絶賛し、「配給することを夢見ている」と語った。デュラスの夢を実現すべくフランスの大女優イザベル・ユペールは配給権を取得しフランスで甦らせた。

巨匠監督エリア・カザンの妻でもあるローデンは、彼からの独立宣言とも言うべき本作を残し、癌により48歳の生涯を終える。だが、その評判は次第に高まり、ジョン・レノン、オノ・ヨーコ、ジョン・ウォーターズ、ケリー・ライカート、ダルデンヌ兄弟監督ら名だたるアーティストが彼女を不世出の作家として敬意を表する。“インディペンデント映画の父”と称されるジョン・カサヴェテスは「『ワンダ』は私のお気に入りの作品。彼女は正真正銘の映画作家だ」と高く評価する。

”私は無価値でした。友達もいない、才能もない。私は影のような存在でした。『ワンダ』を作るまで、私は自分が誰なのか、自分が何をすべきなのか、まったく分からなかったのです。” ――バーバラ・ローデン

<バーバラ・ローデン Barbara Loden>

1932年7月8日アメリカ、ノースカロライナ州アッシュビルで生まれる。幼少期に両親が離婚すると、祖父母に育てられる。16歳でニューヨークに移住し、ロマンス雑誌のモデルとして働き始めた。女優になる目的でアクターズ・スタジオで演技を学ぶ。 57年、ニューヨークの劇場でデビュー。ロバート・レッドフォードや、ベン・ギャザラと一緒の舞台を踏んだ。60年、エリア・カザン監督作『荒れ狂う河』にモンゴメリー・クリフトの秘書役として、また、ウォーレン・ビーティの姉を演じた『草原の輝き』(61)に出演する。66年に23歳年上のエリア・カザンと結婚する。70年、撮影監督兼編集者のニコラス T・プロフェレスと共同で、11万5千ドルというわずかな予算で、自ら監督・脚本・主演した『ワンダ』を制作。 長編映画を監督することはなかったが、Learning Corporation of Americaのために2本の教育用短編映画を監督している。78年、ローデンは乳がんと診断され、80年9月5日、ニューヨークのマウントサイナイ病院にて48歳で病死。