
しかまる。
今回上映する『ルノワール』、『メイデン』、『aftersun/アフターサン』の3作品はひとりの人間が悲しみと共に生きる普遍的な時間を丁寧に掬い上げた作品だ。そして観客の“個人的な記憶の扉”を開く瞬間が散りばめられている。
『ルノワール』の主人公フキは、思春期の入り口に立つ11歳の小学生だ。末期がんを患った父と、職場と病院を行き来する生活に追われる母。学校は楽しい。けど、自分でもうまく言葉にできない感情から時に大人を試すような振る舞いをしたり、超能力やおまじないに夢中になったり、危なっかしい好奇心に身を委ねたりする。子どもなりの方法で世界を知ろうとするフキを見ていると、わざと迷子になったり、黙って友達の家に遊びに行ったり両親を困らせるような行動をしていた幼い頃の自分が重なる。
『メイデン』は、親友カイルを亡くした少年コルトンのやるせない喪失感と、彼らと同じ高校に通う少女ホイットニーが抱える孤独を16mmの柔らかな粒子でノスタルジックに描いた作品だ。友人を失ったコルトンの周りには、学校のカウンセラーやクラスメイトなど彼を気遣う手がいくつも差し伸べられる。しかし、その手は握り返されることはなく彼の横を静かに通り過ぎていく。拒絶とも違うそれは、結局のところ、本人の痛みはその人だけのものであって、悲しみを抱えたまま生きていくしかない現実をまざまざと映し出しているように思う。思い出の場所が悲劇の場所に変わってしまっても、足を運んで自分の感情とひとり静かに向き合うコルトンの姿に、自然と唇を噛みしめている自分がいた。
レイトショーで上映する『aftersun/アフターサン』は、父・カラムと11歳の娘ソフィのひと夏の旅行を記録したビデオテープを、20年後、父と同じ年齢になった彼女が再生することで始まる物語だ。カメラに残された映像は、幸福の記録であると同時に、二度と戻れない時間の証でもある。当時は幼くて理解できなかった父の表情や行動。映像を通して父の痛みと再び向き合うことで、記憶は別の意味を帯びて立ち上がる。この作品を観て、ふと、子供の頃に父と夜中のドライブをした記憶が蘇った。トンネルのランプ、ぶつ切りになるラジオの音。ドライブに出かけたかったのは、ただの父の気晴らしだったのかもしれないけど、あの時どんな気持ちでいたのか、もしまた会えるなら聞いてみたい気もする。
失われた存在をどう受け止めるか、その答えは示されず余白が大きな作品たち。だからこそ、観客それぞれの奥底に眠る悲しみの記憶をそっと撫で、つつみこんでくれるのではないだろうか。
メイデン
The Maiden
■監督・脚本 グラハム・フォイ
■プロデューサー ダイヴァ・ザルニエリウナ/ダン・モントゴメール
■撮影 ケリー・ジェフリー
■編集 ブレンダン・ミルズ
■出演 ジャクソン・スルイター/マルセル・T・ヒメネス/ヘイリー・ネス/カレブ・ブラウ/シエナ・ イー
■第79回ヴェネツィア国際映画祭ヴェニス・デイズ部門“未来の映画賞”受賞/第75回カンヌ国際映画祭の批評家週間「Next Step」プログラム招待
©2022 FF Films and Medium Density Fibreboard Films.
【2025/11/15(土)~11/21(金)上映】
「死後の待合室」で二人は出逢い、時空を彷徨う ─────
カイルとコルトンは、カルガリーの郊外に住む高校生。親友同士のふたりは住宅地をスケートボードで駆け抜けたり、渓谷で水遊びに興じたりと、気の向くままに日々を過ごしている。夏休みが終わりに近づいたある夜、立入禁止区域の鉄道の線路に侵入したカイルに惨たらしい出来事が降りかかる。
その頃、同じ高校に通う少女ホイットニーが行方不明になり、奇しくもコルトンが渓谷の岩場で拾ったホイットニーの日記帳には、学校での人間関係に悩む彼女の切実な心情が綴られていた。果たしてホイットニーの身に何が起こり、彼女はどこへ消えたのか。孤立したコルトンは、どうすれば心の空洞を埋めることができるのか。そして、まだ現世をさまよっているかもしれないカイルの魂の行く末とは……。
カナダ・カルガリー郊外を舞台に、思春期の少年少女の友情と孤独、喪失の悲しみを紡ぎ上げた、メランコリックで魔法めいた映像世界
ある日突然、取り返しのつかない悲劇に見舞われた高校生の若者たち。やるせない喪失感と孤独に苛まれる少年少女3人の物語を、粒子の粗い16ミリフィルムの質感を生かしたみずみずしい映像美で紡ぎ上げ、観る者に超自然的とも言える魔法めいた映画体験をもたらす。
グラハム・フォイ監督の長編デビュー作『メイデン』は、彼自身が育ったカナダ西部のアルバータ州カルガリーで撮影を行ったメランコリックな青春映画。いずれもオーディションで見出され、これが映画デビュー作となったジャクソン・スルイター、マルセル・T・ヒメネス、ヘイリー・ネスの演技と存在感も特筆もの。なかでも若き日のリヴァー・フェニックスを想起させるスルイターの鮮烈なカリスマ性には、多くの観客が目を奪われることだろう。本作は、第79回ヴェネツィア国際映画祭のヴェニス・デイズ部門で”未来の映画賞”を受賞、第75回カンヌ国際映画祭の批評家週間「Next Step」のプログラムにも招待され、フォイ監督は期待の新鋭として世界に認められた。
ルノワール
Renoir
■監督・脚本 早川千絵
■撮影 浦田秀穂
■編集 アン・クロッツ
■音楽 レミ・ブーバル
■出演 鈴木唯/石田ひかり/リリー・フランキー/中島歩/河合優実/坂東龍汰/Hana Hope/高梨琴乃/西原亜希/谷川昭一朗/宮下今日子/中村恩恵
■第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品
© 2025「RENOIR」製作委員会 / International Partners
【2025/11/15(土)~11/21(金)上映】
うれしい、楽しい、寂しい、怖い。そして“哀しい”を知り、 少女は大人になる。
日本がバブル経済絶頂期にあった、1980年代のある夏。11歳のフキは、両親と3人で郊外に暮らしている。ときには大人たちを戸惑わせるほどの豊かな感受性をもつ彼女は、得意の想像力を膨らませながら、自由気ままな夏休みを過ごしていた。ときどき垣間見る大人の世界は複雑な事情が絡み合い、どこか滑稽で刺激的。だが、闘病中の父と、仕事に追われる母の間にはいつしか大きな溝が生まれ、フキの日常も否応なしに揺らいでいく――。
『PLAN 75』早川千絵監督待望の最新作。不完全な大人たちの孤独や痛みに触れる、11歳のひと夏。
長編デビュー作『PLAN 75』では、高齢化社会が深刻化した近い将来の日本を舞台に、75 歳以上の国民に生死の選択を迫る衝撃的な物語を描き、同年のカンヌ国際映画祭ある視点部門カメラドール特別賞を受賞、アカデミー賞日本代表としても選出されるなど、新たな才能として世界中の注目を集めた早川千絵監督。
3年ぶりの最新作『ルノワール』で綴られるのは、11歳の少女が、大人の世界を覗きながら、人々の心の痛みに触れていくまでを繊細な筆致で描いた、あるひと夏の物語。死への好奇心と怯え。生きることのどうしようもない寂しさ。誰かの温もりを求める気持ち。少女の視点から浮かび上がるさまざまな感情のきらめきに、誰もが心を掻き立てられる。
多数の候補者の中からオーディションで主演に大抜擢されたのは、当時役柄と同じ11 歳だった鈴木唯。フキの母・詩子役を演じるのは、名作『ふたり』で鮮烈な映画デビューを飾り、これまで数々の映画賞を受賞してきた石田ひかり。父・圭司役は、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールに輝いた『万引き家族』で主演を務めるなど、今や日本映画界に欠かせない名優リリー・フランキー。また、フキが出会う大人たちには、中島歩、河合優実、坂東龍汰ら実力派が出演。2025年を代表する日本映画の傑作が誕生した。
【レイトショー】aftersun/アフターサン
【Late Show】Aftersun
■監督・脚本 シャーロット・ウェルズ
■製作 アデル・ロマンスキー/エイミー・ジャクソン/バリー・ジェンキンス/マーク・セリアク
■撮影 グレゴリー・オーク
■編集 ブレア・マックレンドン
■音楽 オリヴァー・コーツ
■出演 ポール・メスカル/フランキー・コリオ/セリア・ロールソン・ホール
■2022年アカデミー賞主演男優賞ノミネート/英国アカデミー賞新人賞<監督>受賞・主演男優賞ほか2部門ノミネート/カンヌ国際映画祭批評家週間<フレンチタッチ賞>受賞/全米批評家協会賞監督賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート
© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation,
The British Film Institute & Tango 2022
【2025/11/15(土)~11/21(金)上映】
最後の夏休みを再生する
思春期真っただ中、11歳のソフィは、離れて暮らす若き父・カラムとトルコのひなびたリゾート地にやってきた。輝く太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、親密な時間をともにする。20年後、カラムと同じ年齢になったソフィは、ローファイな映像のなかに大好きだった父の、当時は知らなかった一面を見出してゆく…。
映画界に新たな波を起こす、フレッシュな才能が集結。誰の心にも在る、大切な人との大切な記憶の物語。
11歳のソフィが父親とふたりきりで過ごした夏休みを、その20年後、父と同じ年齢になった彼女の視点で綴った本作。2022年カンヌ国際映画祭での上映を皮切りに話題を呼び、A24が北米配給権を獲得。多くのメディアが"ベストムービー”に挙げるなど勢いはとどまらず、その年を代表する1本となった。
監督・脚本は、瑞々しい感性で長編デビューを飾ったスコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。本作は、成長した娘の視点を通して、まばゆさとヒリヒリした痛みを焼きつける宝物のような思い出を振り返るというフィクションであると同時に、1987年生まれのウェルズ監督のパーソナルな自叙伝の要素も多く盛り込まれている。家庭用小型ビデオカメラやポラロイドといったアイテムや、クイーン&デヴィッド・ボウイ「アンダー・プレッシャー」、ブラー「テンダー」等のヒットソングが全篇を彩り、90年代のローファイな夏休みが再現された。
繊細な父親を演じたポール・メスカルは本作でアカデミー賞主演男優賞のノミネートを果たし、『グラディエーター2』の主演に抜擢されるなど活躍が期待されている。思春期のソフィ役には半年にわたるオーディションで800人の中から選ばれた新人フランキー・コリオが務めた。























