
おまる
今週上映の『クィア/QUEER』『裸のランチ』を観て思うのは、それぞれの監督から原作者ウィリアム・S・バロウズへのラヴレターのような作品だということです。眩いほどに美しい青年ユージーンに夢中になってしまう『クィア』のリーも、麻薬の力に導かれながら謎の都市〈インターゾーン〉で小説「裸のランチ」を書くことになるリーも、いずれもバロウズ自身が投影されたキャラクター。ジャンキーで、酒飲みで、どこか具合が悪そうな顔つき、「孤独」という名の亡霊が背中に憑いているような男がそこにいます。一見クズにも見えてしまう彼を、それぞれの作家性によって魅力的で目が離せないキャラクターに仕上げているところに、両監督からバロウズへの愛とリスペクトを感じます。
特にルカ・グァダニーノ監督は幼い頃から熱心な読書家で、小説「クィア」との出会いは10代の頃であり、そのときから映画としての可能性をすぐに感じたそう。しかも数十年前にはすでに自身で脚本を執筆もしていたというエピソードからも、並々ならぬ熱量を感じます。そんなグァダニーノ監督をはじめ、分野の垣根を越えて世界中のクリエイターたちに衝撃と影響を与えたバロウズとはいったいどんな人間なのか。
こちらの好奇心を補完してくれるのが伝説のドキュメンタリー映画『バロウズ』。「アメリカ文学の鬼才」「ドラッグ中毒」「同性愛」「妻殺し」など、様々なラベリングをされてきたバロウズ本人が全面協力して作られた作品で、1978年から1982年の5年間の記録となっています。軽妙とさえ言える様子で自身の過去を饒舌に語ってくれるバロウズが妙にかわいらしい。“天才作家”と称される人物が抱かれがちな偏屈、寡黙、無愛想といったイメージをスカッと裏切ってくれます。詩人アレン・ギンズバーグはじめバロウズの友人たちの語りも興味深いのですが、特に印象深かったのは彼の家族とのやりとりです。彼の隣で「裸のランチ」への忌憚なき感想を話す兄、それを聞いているバロウズの何とも言えない表情、また尊敬と愛情と困惑の入り混じった息子とのやり取りなど、現実の生々しい姿が見えてきます。それでもどこか他人事のような、こちらがうかがい知れない表情も見せるのですが…。
今週はさらにグァダニーノ監督の『君の名前で僕を呼んで』も上映いたします。北イタリアの避暑地で、父の助手としてアメリカからやって来た大学院生オリヴァーと、人生に残るひと夏を過ごす青年エリオは17歳。きっと監督が小説「クィア」と出会っていたであろう年頃です。きらきらと揺れ動く思春期のエリオに、監督はどんな思いを重ねながら作品を作ったのか。そう思うと、また違った味わいを感じられるかもしれません。
妄想と現実の狭間の奇妙なバロウズワールドにトリップできる今特集。あちらの世界を楽しみすぎて、現実世界に戻ってくることを忘れぬようお気を付けください。
クィア/QUEER
Queer
■監督 ルカ・グァダニーノ
■原作 ウィリアム・S・バロウズ『クィア』(河出書房新社刊)
■脚本 ジャスティン・カリツケス
■撮影 サヨムプー・ムックディプローム
■編集 マルコ・コスタ
■音楽 トレント・レズナー&アッティカス・ロス
■出演 ダニエル・クレイグ/ドリュー・スターキー/ジェイソン・シュワルツマン/レスリー・マンヴィル
■第81回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門正式出品/第82回ゴールデン・グローブ賞主演男優賞ノミネート/2024年ヨーロッパ映画賞男優賞ノミネート/ナショナル・ボード・オブ・レビュー主演男優賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート
©2024 The Apartment S.r.l., FremantleMedia North America, Inc., Frenesy Film Company S.r.l.
【2025/10/18(土)~10/24(金)上映】
君がくれた、途方もない孤独
1950年代、メキシコシティ。退屈な日々を酒や薬でごまかしていたアメリカ人駐在員のウィリアム・リーは、若く美しくミステリアスな青年ユージーン・アラートンと出会う。一目で恋に落ちるリー。乾ききった心がユージーンを渇望し、ユージーンもそれに気まぐれに応えるが、求めれば求めるほど募るのは孤独ばかり。リーは一緒に人生を変える奇跡の体験をしようと、ユージーンを幻想的な南米への旅へと誘い出すが──。
ルカ・グァダニーノ×ダニエル・クレイグで贈る、一途な恋のために、地の果てまでも行く男の物語。
『君の名前で僕を呼んで』でひと夏の切ない恋を描いたルカ・グァダニーノ監督が、今度は愛する相手と心身共にひとつになりたいと切望する男を描く。主人公の孤独な中年男を演じるのは、ジェームズ・ボンドの鎧を脱ぎ捨てたダニエル・クレイグ。共演は今年最高の“発見”との呼び声も高い、クールな表情に隠された繊細な心のゆらぎを体現した美しきドリュー・スターキー。
原作はビート・ジェネレーションを代表する作家ウィリアム・S・バロウズが、謎多き人生を赤裸々に綴り、一度は出版を封印した自伝的小説。トレント・レズナー&アッティカス・ロスが手掛けた音楽と、ニルヴァーナ、プリンス、ニュー・オーダーらの挿入歌が聴覚を、ファッションの新しい軌道を創り上げたJW Andersonのジョナサン・アンダーソンによる衣装が視覚を魅了する。愛を確かめるために男がたどり着いた数奇な手段とは──究極の愛を探し求める姿が、あまりに無様で崇高で、どこまでも愛おしいラブストーリー。
君の名前で僕を呼んで
Call Me by Your Name
■監督 ルカ・グァダニーノ
■脚色 ジェームズ・アイヴォリー
■原作 アンドレ・アシマン「君の名前で僕を呼んで」(オークラ出版刊)
■製作 ピーター・スピアーズ/ルカ・グァダニーノ/ジェームズ・アイヴォリー/ハワード・ローゼンマン ほか
■撮影 サヨムプー・ムックディープロム
■編集 ウォルター・ファサーノ
■挿入歌 スフィアン・スティーヴンス
■出演 ティモシー・シャラメ/アーミー・ハマー/マイケル・スタールバーグ/アミラ・カサール/ビクトワール・デュボワ/エステール・ガレル
■2017年アカデミー賞脚色賞受賞、作品賞・主演男優賞・歌曲賞ノミネート/ゴールデン・グローブ賞作品賞・主演男優賞・助演男優賞ノミネート ほか多数受賞・ノミネート
©Frenesy, La Cinefacture
【2025/10/18(土)~10/24(金)上映】
何ひとつ忘れない。
1983年夏、北イタリアの避暑地。17歳のエリオは、アメリカからやって来た24歳の大学院生オリヴァーと出会う。彼は大学教授の父の助手で、夏の間をエリオたち家族と過ごす。はじめは自信に満ちたオリヴァーの態度に反発を感じるエリオだったが、まるで不思議な磁石があるように、ふたりは引きつけあったり反発したり、いつしか近づいていく。やがて激しく恋に落ちるふたり。しかし夏の終わりとともにオリヴァーが去る日が近づく…。
17歳と24歳の青年の、初めての、そして生涯忘れられない恋の痛みと喜びを描くまばゆい傑作。
17歳と24歳の青年の、初めての、そして生涯忘れられない恋の痛みと喜びを描いた本作。男女を問わず、世代を問わず、たとえ今は忘れてしまっていても、誰もが胸の中にある柔らかな場所を思い出すような、まばゆい傑作だ。全米公開されると大ヒットを記録し、一大センセーションを巻き起こした。
主人公エリオには本作が初主演のティモシー・シャラメ。弱冠22歳にしてアカデミー賞主演男優賞にもノミネートされ、数々の賞を受賞した。相手役オリヴァーは『コードネーム U.N.C.L.E.』のアーミー・ハマーが演じる。2人の間に起こる化学反応は必見だ。監督は『ミラノ、愛に生きる』のイタリアの俊英ルカ・グァダニーノ。長編映画第5作となる本作で、いよいよその才能を成熟させた。脚色は『日の名残り』の名匠ジェームズ・アイヴォリー。エリオの父が息子に語り返る台詞は、誰もが涙する本作のハイライトのひとつである。アイヴォリーは89歳にしてアカデミー賞脚色賞に輝いた。
裸のランチ 4Kレストア版
Naked Lunch
■監督・脚本 デヴィッド・クローネンバーグ
■原作 ウィリアム・S・バロウズ
■撮影 ピーター・サシツキー
■音楽:ハワード・ショア/オーネット・コールマン
■出演 ピーター・ウェラー/ジュディ・デイヴィス/イアン・ホルム/ジュリアン・サンズ/ロイ・シャイダー
■第57回 NY映画批評家協会賞最優秀脚本賞 ・最優秀助演女優賞/第26回 全米批評家協会賞最優秀監督賞・最優秀脚本賞
© Recorded Picture Company (Productions) Limited and Naked Lunch Productions Limited. 1991.
★当館では2K上映となります。
【2025/10/21(火)~10/24(金)上映】
スキャンダラス、そしてグロテスク。20世紀最強の妄想世界へようこそ。
ニューヨークで害虫駆除員をしているウィリアム・リーは、ドラッグでハイな気分になったまま≪ウィリアム・テルごっこ≫で妻を殺してしまう。彼は麻薬の力に導かれ、謎の都市≪インターゾーン≫へと逃げ込むが、そこは奇怪な人々がうごめく不思議な街だった。混沌と眩惑のなかでリーは次第に自分を見失い、奇妙な“陰謀”に巻き込まれてゆく…。
原作ウィリアム・S・バロウズ×監督デイヴィッド・クローネンバーグ。二人の天才の想像力が誘う信じられない脳内冒険。
『スキャナーズ』『ヴィデオドローム』『デッドゾーン』などの刺激的傑作を数多く手掛けてきたカナダの鬼才デヴィッド・クローネンバーグ監督が、異端の大作家ウィリアム・S・バロウズによるビート文学の最高峰といわれる“禁書”をまさかの映像化。映像化不能といわれた原作を大胆に再構築、バロウズの半生を盛り込みながら現実逃避、依存の先にあらわれる幻想地獄を描き切る。製作は『戦場のメリークリスマス』『ラストエンペラー』のジェレミー・トーマス。主演は『ロボコップ』のピーター・ウェラー。
【レイトショー】バロウズ
【Late Show】Burroughs: The Movie
■監督 ハワード・ブルックナー
■撮影 トム・ディチロ/ジェームズ・A・レボヴィッツ/マイク・サウソン/ニコラス・ストラザース/リチャード・L・キャンプ/キャシー・ドーシー
■録音 ジム・ジャームッシュ/エドワード・ノヴィック/G・オズボーン/ピーター・ミラー/ケヴィン・ゴードン/デヴィッド・E・ハウレ スチール:ポーラ・コート
■出演 ウィリアム・S・バロウズ/フランシス・ベーコン/モーティマー・バロウズ/ウィリアム・S・バロウズ Jr./ルシアン・カー/ジャッキー・カーティス/アレン・ギンズバーグ/ジョン・ジョルノ/ジェームズ・グラウアーズ/ブライオン・ガイシン/ハーバート・ハンケ/ローレン・ハットン/スチュワート・メイヤー/パティ・スミス/テリー・サザーン
© 1983 Citifilmworks / © 2013 Pinball London Ltd. All rights reserved.
【2025/10/18(土)~10/20(月)上映】
やりたい放題に生きぬいた、この問題爺の生きざまを見よ!!!
アレン・ギンズバーグやジャック・ケルアックらと並びビート・ジェネレーションを代表する作家であり、発禁騒ぎにもなった「裸のランチ」はじめ衝撃的な実験小説を発表、<カットアップ>の手法で言語世界に新たな地平を示した文学界の極北ウィリアム・S・バロウズ。同性愛者にして麻薬中毒者、ウィリアム・テルごっこで内縁の妻を射殺するという驚愕の事件を起こし、晩年には画家や俳優としても活躍、ナイキのCMに出演するなど、破天荒過ぎる生き様そのものが20世紀最大のカルト・アイコンだ。
映画『バロウズ』はバロウズ本人が全面協力し、自らの人生や文学スタイル、創作の秘密を語る最初で最後のドキュメンタリー。83年の製作当時高く評価されたものの、その後フィルムが紛失、2011年にデジタルリマスター化が実現するも、我が国ではソフト化も配信もされなかった伝説の作品がついに日の目を見ることになった。<妻殺し>の真相や銃への執着、強烈なブラックユーモア、詩の朗読、無機質な自宅の公開、そして常にスーツ姿の飄々と異様なたたずまい…。ギンズバーグやハーバート・ハンケといった友人の作家たちやフランシス・ベーコン、ブライオン・ガイシンらが出演、さらには兄や息子も登場し、謎につつまれたバロウズの複雑な肖像が浮き彫りとなる。死の国から手をふる偉大なる作家ウィリアム・S・バロウズ────21世紀になっても、まだ世界は彼を忘れることができない。



























