ちゅんこ
第一次世界大戦下、イギリス人でありながら、アラブの人々のため、オスマン帝国からのアラブ独立闘争を率いたイギリス陸軍将校トマス・E・ロレンスの冒険と波乱の生涯を描いた『アラビアのロレンス』。常識に囚われず、「運命などない」と明言したその姿は、一見すると“砂漠の英雄”と讃えられたロレンスの冒険と活躍を描いた英雄譚にも思えるが、映画が描くのは残酷なほどにまで理想と現実の間で引き裂かれる男の姿だ。
ロレンスがアラブ独立闘争を率いた時代から約20年後。第二次大戦下で、世界初の原子爆弾の開発を指揮し、「原爆の父」として知られる天才科学者オッペンハイマーの栄光と没落を描いた『オッペンハイマー』。本作はオッペンハイマーの視点により、学生時代から原子爆弾開発の経緯まで、彼の半生が描かれたカラーパートと、米国における核開発の重要人物の一人ルイス・ストローズの視点により、1959年に開かれた自身の商務長官就任をめぐる公聴会の様子を描いたモノクロパートでできている。1945年、トリニティ実験で成功を収め、計画の成功を喜んだのも束の間、同年8月に広島と長崎へ実際に原爆が投下されると、その惨状を聞いたオッペンハイマーは、深く苦悩するようになる。その後、ホワイトハウスにて当時の大統領トルーマンに面会した彼は、原爆を推し進めようとするトルーマンに対して、「私の手は血塗られたように感じます」と答える。その言葉こそが何よりも彼の思いを、代弁しているのではないだろうか。
1960年代末期、泥沼化するベトナム戦争の闇と狂気を描いた『地獄の黙示録』は、名匠フランシス・フォード・コッポラによる壮大な戦争映画だ。冒頭、高らかに鳴り響くワーグナー作曲「ワルキューレの騎行」と共に、ヘリから放たれるナパーム弾によって、南ベトナム解放民族戦線が潜む森林地帯を焼き払っていく光景は、一度目にしたら忘れられないほどの衝撃を覚える。アメリカ陸軍のウィラード大尉は、カンボジア奥地のジャングルで軍規を無視して自らの王国を築くカーツ大佐の暗殺の密命を受ける。意外なことに、カーツ大佐は後半40分を切らないと登場しない。それなのに、その存在感はこの映画の全編を通して滲み出ているように思う。私がこの映画で何よりも印象的だったのが、“悪”の象徴として描かれているはずのカーツ大佐が、ある意味魅力的な、そして弱さも抱える人間味あふれた人物として描かれていることだ。その一方で、アメリカ兵たちの一般人に対する残虐行為や、冒頭のナパーム弾による攻撃のシーンなど、映画は余すことなく戦争の抱える狂気と闇を映し出す。
今回上映する三作を観る前は、きっとこの作品はこんな映画なのだろうという思い込みがあった。例えば『アラビアのロレンス』は、ロレンスの正義感と、彼の持つカリスマ性に魅了された男たちが成し遂げる壮大な冒険を描いた物語なのだろうと。それが実際に映画を観た後は、ある意味勝手に抱いていたイメージが裏切られ、正直とても驚いた。ロレンスの破天荒ぶりに目を瞠り、圧倒的な砂漠の美しさに息を呑んだ。『地獄の黙示録』では戦争の恐ろしさに恐怖し、人間の欲深さと弱さに、観終えた後もしばし呆然としてしまった。『オッペンハイマー』もそうだ。この映画は世界初の原子爆弾の開発を描いているが、爆撃のシーンは一度もないのが意外だ。唯一トリニティ実験での場面があるだけなのだが、そのときの爆風と光線の強さに、その後の広島と長崎に落とされた原爆の被害が恐ろしいほどに伝わってくる。
映画館で観てこそ楽しめる映画があると思う。“現代の黙示録”と題された今特集、ぜひスクリーンでご覧ください。
【1本立て】オッペンハイマー
Oppenheimer
■監督・脚本 クリストファー・ノーラン
■製作 エマ・トーマス/チャールズ・ローベン/クリストファー・ノーラン
■原作 カイ・バード/マーティン・J・シャーウィン「オッペンハイマー」(ハヤカワ文庫刊)
■撮影 ホイテ・ヴァン・ホイテマ
■編集 ジェニファー・レイム
■音楽 ルドウィグ・ゴランソン
■出演 キリアン・マーフィ/エミリー・ブラント/マット・デイモン/ロバート・ダウニー・Jr./フローレンス・ピュー/ジョシュ・ハートネット/ケイシー・アフレック/ラミ・マレック/ケネス・ブラナー/ディラン・アーノルド/デヴィッド・クラムホルツ/マシュー・モディーン/ジェファーソン・ホール/ベニー・サフディ/デヴィッド・ダストマルチャン/トム・コンティ
■第96回アカデミー賞作品賞・監督賞・主演男優賞ほか6部門受賞・6部門ノミネート/第81回ゴールデングローブ賞最優秀作品賞・最優秀主演男優賞ほか5部門受賞・3部門ノミネート/第48回日本アカデミー賞最優秀外国作品賞受賞
© Universal Pictures. All Rights Reserved.
【2025/9/27(土)~10/3(金)上映】
この男が、世界を変えてしまった
第96回アカデミー賞®作品賞含む最多7部門受賞、クリストファー・ノーラン監督最新作。
第二次世界大戦下、アメリカで立ち上げられた極秘プロジェクト「マンハッタン計画」。これに参加したJ・ロバート・オッペンハイマーは優秀な科学者たちを率いて世界で初となる原子爆弾の開発に成功する。しかし原爆が実戦で投下されると、その惨状を聞いたオッペンハイマーは深く苦悩するようになる。冷戦、赤狩り―激動の時代の波に、オッペンハイマーはのまれてゆくのだった―。
【1本立て】地獄の黙示録 ファイナル・カット
Apocalypse Now: Final Cut
■監督・製作 フランシス・フォード・コッポラ
■脚本 ジョン・ミリアス/フランシス・フォード・コッポラ
■撮影 ヴィットリオ・ストラーロ
■編集 リチャード・マークス
■音楽 カーマイン・コッポラ/フランシス・フォード・コッポラ
■ナレーション マイケル・ハー
■出演 マーロン・ブランド/ロバート・デュヴァル/マーティン・シーン/ローレンス・フィッシュバーン/ハリソン・フォード/デニス・ホッパー
■1979年アカデミー賞撮影賞・音響賞受賞、ほか作品賞含む6部門ノミネート/1979年カンヌ国際映画祭パルムドール・国際映画批評家連盟賞受賞/1979年ゴールデン・グローブ賞助演男優賞・監督賞・音楽賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート
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【2025/9/27(土)~10/3(金)上映】
ここが、終着点。
1960年代末、ベトナム戦争が激化する中、アメリカ陸軍のウィラード大尉は、軍上層部から特殊任務を命じられる。それは、カンボジア奥地のジャングルで、軍規を無視して自らの王国を築いているカーツ大佐を暗殺せよという指令だった。ウィラードは4人の部下と共に、哨戒艇でヌン川をさかのぼる。
コッポラ監督が再編集と新たなデジタル修復を施した最終版が公開! CGなしの衝撃を体感せよ!
アカデミー賞受賞監督フランシス・フォード・コッポラが、ベトナム戦争の闇を壮大なスケールで描いた戦争大作『地獄の黙示録』。製作40周年を記念して、コッポラ監督自ら、1979年の劇場公開版より30分長く、全てを盛り込んだ2001年の特別完全版より20分短いバージョンに再編集し、新たなデジタル修復を施した。映像は撮影時のオリジナル・ネガフィルムを初めて使用、音声は劇場公開版のプリントマスターを使用したことで、コッポラが長年望んでいた没入感や臨場感を実現。細部までくっきりと映し出される明るくクリアな映像と、ヘリコプター、投げ槍、ナパーム弾、爆発などの超低音が内臓を揺さぶる、迫力あるサウンドとなっている。
【1本立て】アラビアのロレンス/完全版
Lawrence of Arabia
■監督 デヴィッド・リーン
■製作 サム・スピーゲル
■原作 T・E・ロレンス「知恵の七柱」(平凡社刊)
■脚本 ロバート・ボルト
■撮影 フレデリック・A・ヤング
■編集 アン・V・コーツ
■音楽 モーリス・ジャール
■出演 ピーター・オトゥール/オマー・シャリフ/アレック・ギネス/アンソニー・クイン/ジャック・ホーキンス/ホセ・フェラー/クロード・レインズ/アーサー・ケネディ
■第35回アカデミー賞作品賞・監督賞・撮影賞・作曲賞含む7部門受賞・主演男優・助演男優ノミネート/第20回ゴールデングローブ賞最優秀作品賞・助演男優賞・監督賞受賞ほか3部門ノミネート
© 1962, renewed 1990, © 1988 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
【2025/9/27(土)~10/3(金)上映】
自分を、信じろ
1916年、英陸軍カイロ司令部に勤務するロレンス少尉は、敵国ドイツと同盟を結ぶトルコに対して反乱を起しつつあるアラブ民族の情勢を探るため、3か月の休暇を得た。元考古学者で現地の情勢に詳しいロレンスは、トルコの圧政に苦しむアラビア人たちに深く同情していた。反乱軍の指導者フェイサル王子に会うため旅立ったロレンスは、途中、ハリト族首長アリと出会う―。
悠久の砂漠で繰り広げられる一大叙事詩
第一次大戦下のアラビア半島を舞台に、英国陸軍将校でありながらアラブ民族の独立闘争を率いたトマス・エドワード・ロレンスの冒険と、その苦悩と波乱に満ちた生涯を描いた壮大なスペクタクル・ロマン。美しくも過酷な砂漠の描写が圧倒的だ。
原作は実在の人物であるロレンス自身が書いた「知恵の七柱」。エジプトのカイロから始まり、驚愕の砂漠横断を成し遂げて、エルサレム、ダマスカスへと至るロレンスの行軍は、映像不可能だと言われた。しかし、『逢びき』『大いなる遺産』などで知られる英国の名匠デヴィッド・リーンが、『戦場にかける橋』でもコンビを組んだプロデューサー、サム・スピーゲルと共に数々の難題に挑戦、映画史に燦然と輝く金字塔を打ち立てた。
心を揺さぶる旋律を手がけたのは、映画音楽界の第一人者で、リーン監督の『ドクトル・ジバゴ 』『インドへの道』と本作で、アカデミー賞を受賞したモーリス・ジャール。ロレンスを演じたピーター・オトゥールと、彼を崇拝するアリに扮したオマー・シャリフも、本作でアカデミー賞にノミネートされた。