牛
ロベール・ブレッソン(1901年-1999年)とエドワード・ヤン(1947年-2007年)。2人の生まれた国や年代は違えど、彼らの作品はいつだって世界中の人々を魅了してきた。遺した作品はそう多くはないが、何一つそのフィルモグラフィから欠けていい作品はない。今回上映する『白夜』と『カップルズ』は、どちらも日本では長らく上映の機会がなかった貴重な作品だ。
『白夜』と『カップルズ』では、どちらの作品にも「マルト」というヒロインが登場する。ドストエフスキーの短編小説を下敷きに、当時の1970年代のパリに生きる『白夜』のマルト。一方、高度成長を遂げ、多国籍の街となった1990年代の台北にやってきた『カップルズ』のマルト。「マルト」を通して映し出されるその街の空気はまるで昨日のことのように瑞々しい。
レイトショーで上映するソフィア・コッポラ監督の『ロスト・イン・トランスレーション』でもまた、2000年代初頭の東京の姿が映し出される。私たちに馴染みのある景色だからこそ、カメラを通して見る街はドラマチックだ。
人はみな幸福になるため生きているはずだ。彼らの作品を観てそんな当たり前のことを思った。登場人物たちの生きる都市の一角で起こる小さな物語は、決して美しいことだけではない。人と人が交差し、偶然か運命か、様々な出会いと別れがある。人生が残酷だけど美しいのは、未知なる出会いに希望を見いだせるからかもしれない。都市は冷たくも平等に、光も闇も包み込んでくれている。
白夜 4Kレストア版
Four Nights of a Dreamer
■監督・脚本 ロベール・ブレッソン
■原作 ドストエフスキー「白夜」(角川文庫刊)
■撮影 ピエール・ロム
■編集 レイモン・ラミ
■出演 ギヨーム・デ・フォレ/イザベル・ヴェンガルテン/ジャン=モーリス・モノワイエ
© 1971 Robert Bresson
なぜ、あなたをとても好きなのかわかる? 私に恋してないからよ
画家のジャックは、ある夜、ポンヌフで思い詰めた表情をしている美しい女性マルトに出会う。翌晩、お互いの素性を語り合うジャックとマルト。ジャックは孤独な青年で、理想の女性との出会いを夢見ていた。一方のマルトは恋した相手に「結婚できる身分になったら一年後に会おう」と去られていた。そして今日がちょうどその一年後。マルトに熱い気持ちを抱きながらも、彼と出会えるよう献身するジャック。だが三夜目になっても男は現れず、マルトの心もジャックに惹かれ始めていた。そして運命の第四夜……。
ポンヌフの宵闇に心を通わせるジャックとマルト。恋と愛にうつろう四夜の物語。
世界の映画作家たちに絶大なる影響を与え続けている巨匠ロベール・ブレッソンの『白夜』。近年ではフランスでさえ上映不可能であったが、その美しさと儚さは多くの映画ファンの心の中で大切に育まれてきた。その幻の逸品が、ついに4Kレストアされいっそうの輝きを纏い、いまスクリーンによみがえる。
原作はドストエフスキーの短篇。撮影当時のパリに舞台を移し、セーヌ河岸とポンヌフを背景に若き二人の男女を見つめていく。全篇を軽やかな空気が吹き抜け、一度見たら忘れられないシーンで胸がいっぱいになるみずみずしい恋の映画。
カップルズ 4Kレストア版
Mahjong
■監督・脚本 エドワード・ヤン
■プロデューサー ユー・ウェイエン
■撮影 リー・ロンユー
■出演 ヴィルジニー・ルドワイヤン/クー・ユールン/チャン・チェン/タン・ツォンシェン/ワン・チーザン
■1996年ベルリン国際映画祭 アルフレッド・バウアー名誉賞受賞/1996年台湾金馬奨 助演男優賞受賞/1996年シンガポール国際映画祭監督賞受賞/1996年ナント三大陸映画祭ナント市賞受賞
© Kailidoscope Pictures
それでも、愛は存在できる?
急激な経済成長を遂げ、多国籍の街となった台湾の首都・台北。レッドフィッシュ、ホンコン、トゥースペイスト、そして新人のルンルンは、4人組の青年ギャング団として“アジト”に集い、すべてみんなで分け合うというルールで行動している。リーダー格のレッドフィッシュの指揮のもと、ホンコンは女性をもてあそび、トゥースペイストは通称“リトルブッダ”としてニセ占いで稼いでいる。
彼らがいつものようにハードロックカフェで飲んでいると、フランスからやってきたマルトという女性と出会う。彼女はイギリス人デザイナーのマーカスを追っかけてきたのだった。マルトに恩を売って、金儲けをしようと企むレッドフィッシュ、ひそかに彼女に心を寄せるルンルン。レッドフィッシュの父の借金返済を迫るヤクザが、レッドフィッシュとルンルンを間違えたことをきっかけに、彼らの関係は大きく変わっていくのだった――。
エドワード・ヤンが描く現代社会の行きつく先の悲劇と希望
エドワード・ヤンの<新台北3部作>の第2作にあたる『カップルズ』は、前作『エドワード・ヤンの恋愛時代』と同様に90年代の台北を舞台にしているが、コメディタッチの前作と異なり、本作では喜劇と悲劇が表裏一体となっている。現代社会において欲望を追い求めることに夢中となった先にある、悲劇と希望を描き出す本作は、約30年前の製作ながら、ますます現代性を帯びてきている。
フランス人女性マルトを演じるのは、オリヴィエ・アサイヤス、クロード・シャブロル作品などに出演し、『8人の女たち』でベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞したヴィルジニー・ルドワイヤン。青年ギャング団には、『牯嶺街少年殺人事件』のチャン・チェン、クー・ユールン、ワン・チーザンといったエドワード・ヤン組が再結集し、ヴィルジニー・ルドワイヤンと見事なアンサンブルを見せている。
【レイトショー】ロスト・イン・トランスレーション
【Late Show】Lost in Translation
■監督・製作・脚本 ソフィア・コッポラ
■製作 ロス・カッツ
■製作総指揮 フランシス・フォード・コッポラ/フレッド・ルース
■撮影 ランス・アコード
■プロダクション・デザイン アン・ロス/K・K・バレット
■編集 サラ・フラック
■音楽 ブライアン・レイツェル
■出演 ビル・マーレイ/スカーレット・ヨハンソン/ジョヴァンニ・リビシ/アンナ・ファリス/林文浩/マシュー南(藤井隆)/田所豊(ダイアモンド☆ユカイ)/竹下明子/HIROMIX/藤原ヒロシ/桃生亜希子
■2003年アカデミー賞脚本賞受賞・主要3部門ノミネート/ゴールデン・グローブ賞作品賞・脚本賞・主演男優賞/インディペンデント・スピリット・アワード主要4部門受賞/英国アカデミー賞(BAFTA)主要3部門受賞 ほか多数受賞・ノミネート
© 2003 LOST IN TRANSLATION INC.
幸せなはずなのに、ひとりぼっち トーキョーであなたに会えてよかった。
ウィスキーのコマーシャル撮影のため来日したハリウッド・スターのボブ。今ひとつ歯車がうまくかみ合わない妻から逃れる口実と、2万ドルのギャラのために、なんとなく仕事を引き受けて東京へやってきたものの、言葉も通じず、コミュニケーションのとれない人々に囲まれて疎外感を強めていく。
一方、フォトグラファーの夫の仕事に伴って来日した若妻のシャーロット。しかし、夫は仕事に明け暮れるばかりで、彼女はひとりホテルの部屋に取り残されてしまう。「自分の居場所がない」と、同じように心に空洞を抱えた二人が、同じホテルで偶然に出会った。急速に打ち解けた二人は、トーキョーの街の目もくらむようなネオンと雑踏の中に繰り出していく・・・。
数々の映画賞に輝くインディペンデント映画史上最高の快挙! ソフィア・コッポラ監督からトーキョーへのラブレター
全米で公開されるや瞬く間に話題が広がり、4週連続興行ランキングベスト10入りを果たすという快挙を成し遂げた『ロスト・イン・トランスレーション』。ソフィア・コッポラ監督は、数日の来日ののち“トーキョー”という街に強くインスパイアされ脚本の執筆を始めた。そして監督2作目となる本作で、見事アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。ゴールデングローブ賞のほか、世界中の映画賞を総ナメにし、その才能を世に知らしめた。
ソフィアの熱いラブコールを受けてキャスティングされたビル・マーレイは、哀愁、色気、包容力をも感じさせる演技を見せ、ゴールデン・グローブ賞主演男優賞を受賞。そんなベテランに引けを取らず、うつろう女心を自然な演技で醸し出すのはスカーレット・ヨハンソン。若さ特有の将来への不安や期待をはかなく表現する一方で、時に成熟した女性の魅力をも発揮した。
見慣れたはずの東京の風景。しかし、ソフィアの視点、そしてランス・アコードのカメラを通して見る“トーキョー”は、魔法のように美しい街として映り、私たちを驚かせてくれる。