ぽっけ
「Make America Great Again」
ドナルド・トランプ大統領が標榜するこのスローガンが最初に使用されたのは、高い失業率とインフレを脱却しようと1980年にロナルド・レーガンが選挙に出馬したときのことでした。当時アメリカでは、ベトナム反戦運動、ヒッピームーヴメント、カウンターカルチャーが隆盛をきわめ、旧世代の考えに反抗した若い世代は多様な価値観を創出しましたが、保守層はこうした運動に反発する感情を持つものも多く、ベトナムに敗北したアメリカは、内外の問題を残したまま大きなトラウマを抱え込むことになりました。
そうした雰囲気を払拭しようとして作られたこのスローガン・・・一見すると魅力的な言葉に見えますが、現在のトランプ政権のLGBTQ+の多様性政策の撤廃や、移民排斥の政策を見ていると、「アメリカ・ファースト」なだけでなく、カウンターカルチャーが打ち壊そうとした古い考え方を強固にしようとするものに見えます。アメリカンドリームは悪夢へと変貌してしまったのでしょうか。
「ポスト・アメリカン・ニューシネマ」と名付けた今回の特集では、アメリカン・ニューシネマの最後期にデビューし、インディペンデント映画世代への橋渡し的な役割をはたした作家たちの作品を特集します。
ベトナム戦争後のアメリカでの敗戦ムードは、若い世代の心にも大きな影を落としました。商業主義に飲まれてコマーシャル化し、形骸化していくカウンターカルチャーの例に漏れず、アメリカン・ニューシネマも勢いを失っていきました。しかし70年代後半にデビューした作家たちは、こうした変化の波をとらえながらアメリカン・ニューシネマの精神を引き継ぐような作品を生み出していきました。
ベトナム戦争終結直後に封切られたテレンス・マリック監督のデビュー作である『バッドランズ』(1973)、この世代の作品でも屈指の名作として名高い『天国の日々』(1978)。テレンス・マリック監督は人々の抱く理想と空虚な現実との境目を、アメリカの原風景を巡る光と闇のあわいで描きだそうとします。反発や批判精神という、いわゆるアメリカン・ニューシネマ的な振る舞いを見せることなく観照的に登場人物たちを見つめ続ける態度は確信的です。
のちに『ディア・ハンター』や『天国の門』を発表するマイケル・チミノ監督のデビュー作『サンダーボルト』(1974)は朝鮮戦争の帰還兵とベトナム戦争世代の銀行強盗たちを描いた作品です。冒頭の牧師に扮するイーストウッドが逃げ出すシーンから、旧世代への揶揄やアンチヒーロー型の犯罪映画、アメリカン・ニューシネマが得意とする典型的かつ潔いストーリーを描きながらも、異なった戦後世代の社会における希望のなさと美しい友情を複雑かつ繊細に描いています。
1980年に封切られた『セコーカス・セブン』では、反戦運動に明け暮れ、今は離れ離れに暮らす同志たちの「再会」を描いています。ジョン・セイルズは、ジョン・カサヴェテスやジム・ジャームッシュ同様、インディペンデントの作家として有名ですが、日本では紹介されて久しいのが残念です。ベトナム戦争の時代をいち早く「過去」として描きながら、俳優たちの会話のひとつひとつや演技から引き出されるグルーヴ感と、葛藤を抱えたままの仲間たちとの交流との言い知れない連帯感は、一度触れると魅了されてしまいます。
『メルビンとハワード』はもっともユニークかつ正直に労働者と、生活の夢との関係を描き出した作品です。本作の大ファンであるポール・トーマス・アンダーソン監督の言葉を紹介します。
「ジョナサン・デミは私の一番好きな監督だ。彼の映画には粗削りなところがあり、時には微妙にずれているところもあるけど完璧に調整されている。この作品は、ただ感情を揺さぶられるだけではない。最初の20分、二人の男が車の中で話している! 私にとってこれは天国だ。何が起きても受け入れるように仕向けられているのがすごい。まるでカモにされたようだよ。僕の処女作『ハードエイト』の多くは『メルビンとハワード』の構成にならったものなんだ。僕はちょっとうまくできなかったけどね」
アメリカン・ニューシネマは反体制的な映画として知られていますが、今回ベトナム戦争後終結以降に封切られた彼らの映画を並べてみることで、その流れにあるアメリカ映画がどのように変化していったかを肌で感じることができると思います。この世代特有と言ってしまうのはもったいないですが、私は傷ついたアメリカの夢が人々を苦しめる姿を強く感じています。そこには、アメリカンドリームの元々の意味であるところの移民たちの夢や、いつか成り上がることができるだろうという欲望が抱いた夢、このカウンターカルチャー世代が抱いたアメリカを変革していくことの夢。多くの夢の終わりと、空虚な現実と対峙する作家たちの視点と出会うことができます。ぜひ、お見逃しなく。
バッドランズ
Badlands
■監督・製作・脚本 テレンス・マリック
■製作総指揮 エドワード・R・プレスマン
■撮影 ブライアン・プロビン/タク・フジモト/ステヴァン・ラーナー
■美術 ジャック・フィスク
■編集 ロバート・エストリン
■音楽 ジョージ・ティプトン
■出演 マーティン・シーン/シシー・スペイセク/ウォーレン・オーツ/ラモン・ビエリ
■1974年度サン・セバスチャン国際映画祭・金の貝殻賞・最優秀男優賞受賞
©︎2025 WBEI
【2025/8/23(土)~8/29(金)上映】
夢の終わりが、はじまる
1959年、サウスダコタ州の小さな町。15才のホリーは、学校ではあまり目立たないが、バトントワリングが得意な女の子。ある日、ゴミ収集作業員の青年キットと出会い、恋に落ちるが、交際を許さないホリーの父をキットが射殺した日から、ふたりの逃避行が始まった。ある時はツリーハウスで気ままに暮らし、またある時は大邸宅に押し入り、魔法の杖のように銃を振るっては次々と人を殺していくキットの姿を、ホリーはただ見つめていた――。
明日なき若者と少女の逃避行を、鮮烈かつ詩情豊かに描いたロードムービー
1950年代末アメリカ、ネブラスカ州とワイオミング州で約2ヶ月間に11人もが殺害された連続殺人事件。罪を重ねながら逃避行を続けた犯人のチャールズ・スタークウェザーとその恋人キャリル・アン・フューゲートはまだ十代だった―。全米を騒然とさせたこの事件を基に、当時無名のテレンス・マリックが脚本・製作・監督を兼任した『バッドランズ』は、後の『天国の日々』と『シン・レッド・ライン』によって巨匠の地位を確立し、『ツリー・オブ・ライフ』でカンヌ映画祭パルム・ドールを受賞したマリックの監督デビュー作であり、現在では米国国立フィルム登録簿へ保存されるなどアメリカ映画史上の最重要作の一本と見なされる作品である。
キットを演じるのは後に『地獄の黙示録』に主演するマーティン・シーン。ホリー役に『キャリー』でタイトルロールを演じたシシー・スペイセク。そして、ホリーの父親役を『デリンジャー』の名優ウォーレン・オーツが演じている。作品の抒情性を際立たせるのが、マリンバの音色が優しく印象的な本作のテーマ曲、ドイツの著名な作曲家カール・オルフによる「ムジカ・ポエティカ」。本作の大ファンだったトニー・スコット監督は、自作『トゥルー・ロマンス』でこの楽曲を引用している他、『スリー・ビルボード』のマーティン・マクドナー、『ムーンライズ・キングダム』のウェス・アンダーソン、『リバー・オブ・グラス』のケリー・ライカートら気鋭の監督たちにも本作は大きな影響を与えている。
銃声が轟き、無意味な殺生が繰り返される荒涼たる大地―バッドランズ。銃を手にその地を駆け抜けるふたりの姿は、今なお絶望的なまでにロマンティックだ。
サンダーボルト
Thunderbolt and Lightfoot
■監督・脚本 マイケル・チミノ
■製作 ロバート・デイリー
■撮影 フランク・スタンリー
■編集 フェリス・ウェブスター
■音楽 ディー・バートン
■出演 クリント・イーストウッド/ジェフ・ブリッジス/ ジョージ・ケネディ/ジェフリー・ルイス /キャサリン・バック
■第47回 アカデミー賞助演男優賞ノミネート
Images courtesy of Park Circus/MGM
【2025/8/23(土)~8/29(金)上映】
愛銃マグナム44から20m/mキャノン砲に強力パワー・アップ!
銀行の金庫を20ミリ機関砲で破壊して金を奪うという派手な手口で名を馳せたサンダーボルトは、かつて一緒に大金を強奪した仲間たちから、その金を持ち逃げしたと思われ追われていた。そんな時、サンダーボルトはライトフットという若者と出会い、コンビを組むことになる。
ある日、むかし強奪した大金を隠した小学校へ向かうも、学校は新校舎に変わっていた。そしてかつての仲間に拘束された彼らは、皆で過去に襲撃した銀行を同じ手口で襲う計画を立てるが…。
隠れたアメリカン・ニューシネマの傑作として名高いマイケル・チミノ監督デビュー作
『ダーティハリー2』の脚本をジョン・ミリアスとともに共同執筆し、クリント・イーストウッドに抜擢されたマイケル・チミノ監督デビュー作。当時『ダーティハリー』シリーズの大ヒットにより、マネーメイキングスター2年連続1位を獲得して押しも押されぬ大スターの地位を確立したイーストウッドが、『真夜中のカーボーイ』や『スケアクロウ』などを彷彿させる男の友情とロマンを描くドラマに挑戦した一篇。
やはり<イーストウッド主演>からか、本国、日本ともにアクション映画として宣伝されたが、内容はまさにアメリカン・ニューシネマのそれであり、共演陣の好演、タイトな脚本、手堅い演出、美しいロケーション撮影も相まって傑作と呼ぶに相応しい作品となった。『ラスト・ショー』で注目を浴びていたジェフ・ブリッジスがイーストウッドの相棒を演じ、アカデミー助演男優賞にノミネート。主題歌はポール・ウィリアムスの「故郷への道を教えて」が起用された。
セコーカス・セブン
Return of the Secaucus 7
■監督・脚本・編集 ジョン・セイルズ
■製作 ウィリアム・エイドロット/ジェフリー・ネルソン
■撮影 オースティン・デ・ブッシュ
■音楽 メイソン・ダーリン
■出演 ブルース・マクドナルド/マギー・レンジー/アダム・ル・フェヴル/マギー・クージノ=アーント/マーク・アーノット/ジーン・パッサナンテ/カレン・トロット/ゴードン・クラップ
【2025/8/23(土)~8/29(金)上映】
7人の仲間は10年ぶりに再会した——
60年代末、反戦運動を通して知り合った7人の仲間「セコーカス・セブン」が、10年後のとある週末に再会することになった。仲間を迎える準備に追われるマイクとケイティのカップルはともに高校教師だ。ふたりの家に向かうのは、成功の夢を捨てきれないカントリー歌手のJ.T.、心ならずも自由党議員のもとで働くアイリーン、医者として充実した日々を送りながらも良きパートナーに出会えていないフランセス。残るメンバーはジェフとモーラ夫妻だが、遅れてきたモーラがジェフと別れることになったと仲間たちに告げた…。
ニュージャージーからの新しい「風」 ジョン・セイルズ鮮烈のデビュー作
80~90年代アメリカインディペンデント映画運動の中心的人物ジョン・セイルズの記念すべきデビュー作。セイルズの学生時代の友人や無名の俳優たちとともに、撮影期間28日、制作費6万ドルで製作されたこの作品は、「60年代をテーマにした最初の傑出した作品」と評価された。
“本作の偉大さは60年代の吟味ではなく、その時代に生きた人間たちを鋭い洞察力で描き出したことだろう。7人の友情と愛、そして大人になって年をとっていくことの期待と不安、口調や歩き方まで、人それぞれの異なったキャラクターをセイルズは、暗示的なセリフ廻しとやさしいユーモアを交えて生き生きと表現した”
——公開当時のチラシより抜粋
メルビンとハワード
Melvin and Howard
■監督 ジョナサン・デミ
■製作 アート・リンソン/ドン・フィリップス
■脚本 ボー・ゴールドマン
■撮影 タク・フジモト
■音楽 ブルース・ラングホーン
■出演 ポール・ル・マット/ジェイソン・ロバーズ/ダブニー・コールマン/パメラ・リード/メアリー・スティーンバージェン
■第53回アカデミー賞助演女優賞・脚本賞受賞・助演男優賞ノミネート/第38回ゴールデン・グローブ賞最優秀助演女優賞受賞・作品賞・主演男優賞・助演男優賞ノミネート
Images courtesy of Park Circus/MGM
【2025/8/23(土)~8/29(金)上映】
ジョナサン・デミ初期の傑作コメディ!
メルビン・デュマーは、不運続きの負け犬で、仕事を長続きさせることができない男である。ある日、砂漠で起きたバイク事故の被害者を助けるも、その男が自称する「風変りな大富豪ハワード・ヒューズ」であることを疑っていた。しかし、ハワードが亡くなり、メルビンが1億5600万ドルを相続することになり…。
ポール・トーマス・アンダーソンをはじめ多くの映画作家たちに多大な影響を与えてきたジョナサン・デミ監督の初期の傑作であり、大富豪のハワード・ヒューズの遺産相続人となったメルビンの体験談の実話化。
【モーニング&レイトショー】天国の日々 4K
【Morning&Late Show】Days of Heaven
■監督・脚本 テレンス・マリック
■製作 バート・シュナイダー/ハロルド・シュナイダー
■撮影 ネストール・アルメンドロス/ハスケル・ウェクスラー
■美術 ジャック・フィスク
■音楽 エンニオ・モリコーネ
■出演 リチャード・ギア/ブルック・アダムス/リンダ・マンズ/サム・シェパード/ロバート・J・ウィルク/スチュアート・マーゴリン
■第32回カンヌ国際映画祭監督賞受賞/米アカデミー賞撮影賞受賞・ほか3部門ノミネート/ニューヨーク映画批評家賞監督賞受賞/ロサンゼルス映画批評家協会賞撮影賞受賞/ほか多数受賞
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【2025/8/23(土)~8/29(金)上映】
天国は、すぐそこに見えていた
20世紀初頭のテキサス。青年ビルはシカゴでトラブルを起こし、妹のリンダ、ビルの恋人アビーとともに広大な麦畑に流れ着く。3人は裕福な地主のチャックのために麦刈りの仕事をすることになった。秋が近づくころチャックは不治の病に侵されていることを医師から告げられる。麦刈りの時期が終わると労働者たちはそれぞれの故郷に帰ることになっていたが、チャックはアビーを見初め周囲の反対も聞かず結婚を申し込む。自分が身を引いた方がいいと悟ったビルは一人その地を去っていく。しかし翌年彼が再びテキサスに戻ってきたことからビル、チャック、アビーの3人は思わぬ展開を迎えた。
あまりに美しく、情感あふれる永遠の名作
自然光にこだわり徹底したリアリズムで描かれた本作は、公開当時から高く評価されてきた。“マジック・アワー”と呼ばれる日没間近の柔らかい光の中で撮影するために、1日の撮影時間は日没前のわずか20分間。テレンス・マリック監督と撮影監督ネストール・アルメンドロスは「グリフィスやチャップリンの時代を思わせるような」、「屋内はフェルメールの絵画のような」と映像のイメージを共有し合った。2人の狙い通り、美しい画面づくりには成功したが、一方でその極度なこだわりのため、スケジュールや予算は予定を大きく超過。プロデューサーのバート・シュナイダーは自宅を抵当に入れたという。
次回作のあったアルメンドロスは最後まで撮影監督を務めることが出来ず、途中でハスケル・ウェクスラーに引き継ぎ完成させた執念の一作。この作品に全てを注いだマリックが次回作の『シン・レッド・ライン』までの20年間、1本も映画を撮らなかったことは長年にわたり映画界の伝説として語られている。 音楽は巨匠エンニオ・モリコーネ。オープニング曲はマリックの希望でサン=サーンスの「動物の謝肉祭」が使用され、モリコーネはこの曲に合うように劇中の音楽を作曲した。彼にとって初めてのアカデミー賞作曲賞ノミネート作品となり、第33回英国アカデミー賞で作曲賞を受賞している。