「ヨン・サンホって一体何者?」
初めて聞く名前に、そう怪訝な表情を浮かべる方も多いかと思います。映画に詳しい方なら、キム・ギドクの初期作品をもっと鋭くしたような劇風と言うと、大体想像がつくでしょうか。キレイとかカワイイとはイマイチ思えない、どちらかといえば不安になる画風だけれど、グロテスクさに見ずにはいられないような気持ちにさせられるところも、ヨン・サンホタッチの中毒的一面でしょう。監督が好きな漫画家に挙げているのが「行け!稲中卓球部」「ヒミズ」などの不条理漫画の雄・古谷実というのも、絵柄を見ると納得がいきます。2013年、校内暴力の果てに起きた青春残酷絵巻『豚の王』がひっそり日本で上映されたのをきっかけに、この知る人ぞ知る異才はファンを獲得していたのです。
アニメーターとして一定の評価を得ていたヨン・サンホが、実写映画に乗り出したきっかけは、実写を3本撮ることを条件に、新作アニメへの出資契約を結んだことでした。そして韓国アニメシーンの、あまり活況とはいえない現状を鑑み、より興行収入が見込める一本を、その後日譚として製作することを考えました。こうして誕生したのが『新感染 ファイナル・エクスプレス』と、そのプロローグ『ソウル・ステーション/パンデミック』。日暮れ迫るソウル駅を舞台に拡大した謎のウイルスと感染者の暴動、そして凶暴な感染者たちの巣窟となった韓国高速鉄道(通称:KTX)が血で血を洗う死闘の場となり、プサン駅まで駆け抜けるサバイバル・アクションムービーです。
ゾンビ映画として認知されるこの2本ですが、背後にあるのは、ヨン・サンホが執念深く追い続ける「家族」というテーマです。人間が経験し得る最小限の社会が家族であり、家族と社会を対比させることで多くのことを描けるのだと、あるインタビューで語っています。家族という結び目は、簡単にほどけるものではありません。だからこそ起こる皮肉な悲劇が『ソウル・ステーション/パンデミック』なら、『新感染 ファイナル・エクスプレス』は絆の強さが力として発揮されます。この「家族」という概念の解釈の違いが、2作品を全く異なる映画にしつつ、驚くことに両方とも傑作に仕上がっています。
原因不明の感染者の襲撃に遭ったとき、警告を聞かない不届き者、性悪な輩が真っ先に餌食になるとは限りません。みんなに親切で正直であることは、生き残るためには一切関係がないのです。現実は時に荒涼としていて、逃げ場も容赦もありません。それでも酷薄な生の中で希望をたぐり寄せようと必死になるからこそ、登場人物たちの闘いは胸を打つのです。
さて、気になる「3本の実写」の残り2本について。次回作として、ごく普通の銀行員の男が超能力を身に付け娘を守るために闘う映画『念力』が、今月中にも韓国で公開されるのだとか。汲めども尽きぬ、この非凡なセンス。まだまだヨン・サンホからは目が離せません。
ソウル・ステーション/パンデミック
SEOUL STATION
(2016年 韓国 92分 ビスタ)
2018年1月6日から1月12日まで上映
■監督・製作・脚本・編集 ヨン・サンホ
■製作 イ・ドンハ/ソ・ヨンジュ
■美術監督 ビョン・キヒョン
■編集 イ・ヨンジュン
■音楽 チャン・ヨンジュン
■声の出演 シム・ウンギョン/イ・ジュン/リュ・スンリョン
■ブリュッセルファンタスティック国際映画祭シルバー・クロウ賞受賞/アジア・パシフィック・スクリーン・アワード最優秀長編アニメ賞受賞/アヌシー国際アニメーション映画祭招待作品/モントリオールファンタジア国際映画祭招待作品
©2015 NEXT ENTERTAINMENT WORLD INC.& Studio DADASHOW All Rights Reserved.
すべての事の始まりは、とある夏の夜、ひとりの年老いたホームレスが首に大ケガを負い、誰にも助けてもらえずソウル駅で息絶えたことだった。すると、そのホームレスは地獄の淵から甦ったかのように凶暴化して復活。それをきっかけに未知のウイルスに感染して豹変した人々が、街のあちこちで正常な市民に猛スピードで襲いかかり、無差別に噛みつく事件が続発する。
その異常な状況に巻き込まれた元風俗嬢のヘスンは、感染者の数が急激に膨れ上がる深夜のソウルの街をあてどなく逃げまどうはめに。その頃、へスンの恋人と父親は必死に彼女を探し回っていたが、警察はまったく事態を把握できず、遅ればせながら出動した軍隊は一般市民を暴徒と見なして発砲。やがて、ただ「家に帰りたい」と願うヘスンの身に、さらなる非情な運命が降りかかるのだった…。
日本では『新感染 ファイナル・エクスプレス』で鮮烈な実写長編デビューを飾ったヨン・サンホ監督は、もともと知る人ぞ知る気鋭の社会派アニメーション作家。校内暴力を題材にした『The King of Pigs』、新興宗教を扱った『我は神なり』で国内外の高い評価を得てきた。そのヨン監督が長編アニメ第3作として完成させたのが、『新感染 ファイナル・エクスプレス』の前日譚にあたる『ソウル・ステーション/パンデミック』である。
本作は単独の長編アニメとしても並々ならぬ完成度の高さを誇っている。このジャンルの巨匠ジョージ・A・ロメロの一連の作品が鋭い文明批評をはらんでいたように、借金を抱えた元風俗嬢、勤労意欲をなくしたヒモ男、さらには路上生活者を主要キャラクターに設定し、彼らを取り巻く残酷な現実をスリリングかつ容赦なく描いていく。社会の底辺であえぐ主人公たちの孤独と絶望をあぶり出す、ヨン・サンホ監督の巧妙にしてリアルなストーリーテリングに引きこまれずにいられない。
新感染 ファイナル・エクスプレス
TRAIN TO BUSAN
(2016年 韓国 118分 ビスタ)
2018年1月6日から1月12日まで上映
■監督 ヨン・サンホ
■製作 イ・ドンハ
■脚本 パク・ジュソク
■撮影 イ・ヒョンドク
■編集 ヤン・ジンモ
■音楽 チャン・ヨンギュ
■出演 コン・ユ/キム・スアン/チョン・ユミ/マ・ドンソク/チェ・ウシク/アン・ソヒ/キム・ウィソン
■2016年カンヌ国際映画祭ミッドナイト・スクリーニング部門特別招待作品/ファンタジア国際映画祭最優秀作品賞受賞
©2016 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & REDPETER FILM. All Rights Reserved.
ある早朝、ソウル駅を発車したプサン行きの特急列車KTX101号で、謎のウイルスに冒された女が突然凶暴化し、近くの女性乗務員に襲いかかった。それをきっかけに感染者が爆発的に増殖した車内で凄まじいパニックが発生し、偶然この列車に乗り合わせていたファンドマネージャーのソグと幼い娘スアン、妊娠中の女性ソンギョンとその夫サンファ、野球部員の高校生ヨングと恋人ジニらは力を合わせ、阿鼻絶叫の車内を生き抜こうと奮闘する。しかしあらゆる車両を占拠した感染者のみならず、エゴを剥き出しにした他の乗客までが彼らの命を脅かす。果たして彼らは安全な終着駅にたどり着くことができるのか――?
カンヌ国際映画祭をはじめ、世界各国の映画祭で喝采を浴びた『新感染 ファイナル・エクスプレス』は、批評サイト“ロッテントマト”で96%もの支持を獲得。アメリカでのリメイクも決定し、各国で大ヒットを記録している。日本の新幹線にあたる韓国の高速鉄道KTXの車内で発生した恐るべきパンデミック・パニックを映像化した本作は、いわば“時速300キロで疾走する密室”を舞台にしたサバイバル・アクションだ。
監督は韓国アニメ界を代表するクリエイターで、国内外で多くの受賞歴を誇るヨン・サンホ。実写初挑戦となった本作でダイナミックな映像感覚と繊細かつドラマチックな語り口を披露し、興行と評価の両面で画期的な成功を収めた。観る者の涙さえ誘うそのエモーショナルなドラマと、ノンストップのサスペンスやスペクタクルを完全融合させた圧倒的なカタルシスは、まさに“究極の映画体験”と呼ぶにふさわしい。
主人公ソグを演じた『トガニ 幼き瞳の告発』のコン・ユをはじめ、『3人のアンヌ』のチョン・ユミ、『殺されたミンジュ』のマ・ドンソクらが迫真のアンサンブルを見せるキャストも充実。ソグの娘に扮した子役キム・スアンのあまりにも健気な熱演には、誰もが心揺さぶられるに違いない。