監督■ホン・サンス
1961年ソウル生まれ。映画制作を韓国中央大学で学んだ後、アメリカに留学を経てフランスに滞在し、映画制作をはじめる。
1996年の長編デビュー作『豚が井戸に落ちた日』が批評家や国際映画祭で絶賛され、2004年の『女は男の未来だ』は初のカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品となる。翌年『映画館の恋』も同コンペティション部門に出品され、ヨーロッパでの人気は不動のものとなる。2008年以降は、『アバンチュールはパリで』から7年連続で作品をカンヌ、ヴェネチア、ベルリンの3大映画祭に正式出品している。
2016年、『正しい日 間違えた日』が第68回ロカルノ国際映画祭グランプリと主演男優賞をダブル受賞。2017年、『夜の浜辺でひとり』の主演女優キム・ミニが第67回ベルリン国際映画祭主演女優賞(銀熊賞)に輝き、以降はキム・ミニを主演に作品を発表し続けている。
最新作『Hotel by the River』(18)でも第71回ロカルノ国際映画祭の主演男優賞を受賞。男女の恋愛を会話形式で描く独創的なスタイルで、韓国映画界のみならず世界で最も確立された映画作家の一人である。
・豚が井戸に落ちた日(96)
・カンウォンドの恋(98)<未>
・秘花~スジョンの愛(00)※DVDのみ
・気まぐれな唇(02)
・女は男の未来だ(04)
・映画館の恋(05)
・浜辺の女(06)※DVDのみ
・アバンチュールはパリで(08)
・よく知りもしないくせに(09)
・Vistors:Lost in Moutains※短編(09)<未>
・ハハハ(10)
・教授とわたし、そして映画(10)
・次の朝は他人(11)
・リスト※短編(11)<未>
・3人のアンヌ(12)
・ヘウォンの恋愛日記(13)
・ソニはご機嫌ななめ(13)
・“Hong Sang-soo”: Venice 70: Future Reloaded※短編(13)<未>
・自由が丘で(14)
・正しい日 間違えた日(15)
・あなた自身とあなたのこと(16)<未>
・夜の浜辺でひとり(17)
・それから(17)
・クレアのカメラ(17)
・Grass(草の葉)(18)<未>
・Hotel by the River(川沿いのホテル)(18)<未>
ホン・サンスとキム・ミニ。今、このふたりほど映画を撮る歓びに満ちた監督と女優が、世の中に存在するでしょうか。名匠のほまれ高き映画作家ホン・サンスが、若手から実力派俳優まで虜にした“モテ女”キム・ミニ嬢と恋に落ちたのは一昨年のこと。ふたりの抜き差しならない恋愛事件は、韓国映画界で大きな話題とバッシングを巻き起こしました。しかし『夜の浜辺でひとり』が、2017年のベルリン国際映画祭で主演女優賞を受賞するという韓国人俳優初の栄冠に輝き、その後ふたりは高らかに熱愛を宣言。多くの海外映画祭で高く評価されながら意外にも大きな賞にはあまり縁が無かったホン・サンスにとって、キム・ミニは女神(ミューズ)に違いないということにもはや異論はないでしょう。もともと多作で定評のあったホン・サンスですが、「彼女は創造の源」の言葉通り、これまで以上に創作にまい進しているのです。
ホン・サンスは近年、自分の胸のうちを誰にも理解させられない女性の寂しさや失望をメインテーマにしており、現在地を見失った女性のためのコンパスのような作品が続々と生まれつつあります。そうした中で現代女性を等身大に演じきるキム・ミニは、毎作品でベスト・アクトを更新する快演をみせています。以前から演技力は評価されていたとはいえ、韓国映画界では芸達者のワン・オブ・ゼムに過ぎなかった彼女もまた、ホン・サンスとの運命の出逢いで花も実もある役者へ見事に脱皮していったのです。映画の神様に祝福されたふたりに、これからもシネフィルから喝采が送られることでしょう。
早稲田松竹では初めての特集上映となるホン・サンス監督です。同じ出来事の微妙な食い違いと反復による新たな発見、会話劇による“くすぐり”など、ホン・サンス映画のエッセンスを感じ取る4作品を一挙に上映いたします。
それから
The Day After/그 후
(2017年 韓国 91分 ビスタ)
12/1(土)・3(月)・5(水)・7(金)上映
■監督・脚本 ホン・サンス
■撮影 キム・ヒョング
■編集 ハム・ソンウォン
■出演 クォン・ヘヒョ/キム・ミニ/キム・セビョク/チョ・ユニ/キ・ジュポン/パク・イェジュ/カン・テウ
■第70回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品
© 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.
妻に浮気を疑われているボンワン社長の出版社に勤めることになった新入社員アルムは、出勤初日に妻から不倫相手だと勘違いされ、大迷惑。さらに元社員の愛人もひょっこり戻り、思わぬ騒動に巻き込まれるが――。
小出版社社長ボンワンと新入社員アルムが、酒席で哲学的やりとりを交わす印象的なシーンがあります。アルムの「人はなぜ生きるのか」という問いに対し、見逃してしまいそうなささやかで美しい瞬間のために生きていけるのだと、この映画が証明してくれます。不倫に走る男女の小賢しさと、その周縁で起こるいざこざを見ていると、人間とは実に愚かで、みっともない生き方しか選べないということを痛切に感じます。しかしホン・サンスのまなざしは、だからこそ誰もがいとおしい存在だということを教えてくれるのです。
夜の浜辺でひとり
On the Beach at Night Alone/밤의 해변에서 혼자
(2017年 韓国 101分 ビスタ)
12/1(土)・3(月)・5(水)・7(金)上映
■監督・脚本 ホン・サンス
■撮影 キム・ヒョング/パク・ホンニョル
■編集 ハム・ソンウォン
■出演 キム・ミニ/ソ・ヨンファ/クォン・ヘヒョ/チョン・ジェヨン/ソン・ソンミ
■第67回ベルリン国際映画祭銀熊賞(主演女優賞)受賞/第18回釜山映画評論家協会賞大賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート
© 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.
舞台は二つの海岸都市、ハンブルクと江陵(カンヌン)。不倫スキャンダルにより、キャリアを捨て異国に逃げてきたヨンヒは、訪ねてくると言ったまま姿を見せない恋人を待ちながら、自分の真意が分からずにいる。本当に男を待っているのか、それとも彼の言葉をもう信じないのか、答えは出ない。
月日は流れ、韓国へ戻ったヨンヒは、旧友たちと再会したことで女優復帰を考え始める。そしてひとり江陵の浜辺を訪れ、意外な方法で自分の心に向き合うことになる…。
本作の主人公は、映画監督とのスキャンダルで多くを失った女優ヨンヒ。絶望は時に、苦痛へとヨンヒを暴力的に連れ去ろうとします。しかし、彼女はむしろ喪失をよりどころにして自分をみつめ、「私に合った方法で生きたい」と模索し続けます。その巡礼者のようなたたずまいは、スクリーンの前の私たちを厳粛な気持ちにさせてくれます。ホン・サンスのフィルモグラフィには、過去にも彼らしいすぐれた女性映画がありましたが、本作は新機軸にあふれた1本として、一層ホン・サンス映画の偏愛家たちをときめかせてくれるのです。
クレアのカメラ
Claire's Camera/클레어의 카메라
(2017年 韓国 69分 ビスタ)
12/2(日)・4(火)・6(木)上映
■監督・脚本 ホン・サンス
■撮影 イ・ジングン
■編集 ハム・ソンウォン
■音楽 タルパラン
■出演 キム・ミニ/イザベル・ユペール/チャン・ミヒ/チョン・ジニョン
■第70回カンヌ国際映画祭アウト・オブ・コンペティション出品
© 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.
映画会社で働くマニは、カンヌ国際映画祭への出張中に、突然社長から解雇されてしまった。一人カンヌに残ったマニは、ポラロイドカメラを手に観光しているクレアと知り合う。クレアは一度シャッターを切った相手はもう別人になるという自説を持つ、不思議な人物だった。
カンヌ国際映画祭の裏側をそのまま作品の舞台にしてしまうとは、さすが映画祭を知り尽くしたホン・サンス監督です。ストーリーはいつも通りの男女の恋愛沙汰なのですが、そこにはある深遠さが隠されています。イザベル・ユペール扮するどこか浮き世離れした旅行者クレアがささやく「写真だけが状況を変えることができる」の言葉にはもちろん根拠はないけれど、失意の淵にいる者には福音のように響きます。時として同工異曲のそしりをまぬがれないホン・サンスの映画がいつまでもファンを引きつけるのは、こうして閃光のように放たれる場面を心待ちにするからなのです。
正しい日 間違えた日
Right Now, Wrong Then/지금은맞고그때는틀리다
(2015年 韓国 121分 ビスタ)
12/2(日)・4(火)・6(木)上映
■監督・脚本 ホン・サンス
■撮影 パク・ホンニョル
■編集 ハム・ソンウォン
■音楽 チョン・ヨンジン
■出演 チョン・ジェヨン/キム・ミニ/コ・アソン/チェ・ファジョン/ソ・ヨンファ/ユン・ヨジョン
■第68回ロカルノ国際映画祭グランプリ・主演男優賞受賞
© 2015 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.
映画監督のハム・チュンスは特別講義で水原(スウォン)にやってくる。予定より一日早く到着してしまった彼は、とある観光名所で魅力的な女性ヒジョンを見かけ声をかける。絵を描いて暮らしているという彼女を誘い、二人はコーヒーを飲み、人生について語らい、お酒も入ってほろ酔い加減でいい雰囲気になるのだが…。
「あの時は正しく今は間違い」「今は正しくあの時は間違い」という二部構成で、同じ出来事の中で起こったボタンの掛け違えに左右されるふたりの男女の顛末が提示されます。誰かに恋をした記憶が心にひっかき傷を残すのは、恋愛がかくまで不思議で繊細な営みだからだということを、ホン・サンスの作劇はあざやかに示してみせます。そして観客は、予想し得なかった幸福な一瞬を目撃することになるのです。ホン・サンスとキム・ミニの“始まり”となった本作は、今世紀屈指と言い切ってもよいほどの極上の恋愛映画です。
(ミ・ナミ)