今週お届けする作品は、同性愛がテーマの二本立てです。 しかし、どちらもセクシャリティがどうだとか、差別や偏見を無くそうなど、 ジェンダーのあり方を問うような内容ではありません。 淡い初恋がはっきりと熱を帯びてゆく、ごく自然な“性の目覚め”を描いています。 ここで描かれる初恋は「好き」と一言で済まされるような単純なものではなく、 喜びや悲しみ、時には痛みを感じるような… 一生に一度の、忘れられない恋なのです。
『彼の見つめる先に』の主人公は盲目の少年レオ。 ダニエル・ヒベイロ監督は、「盲目の人間が恋に落ちたらどうなるか?」という着想がこの物語の出発点だと語ります。 確かに、恋愛(特に性)において、視覚(外見)によって左右されることは誰にでも経験があることでしょう。 それが、生まれつき盲目で、男性も女性もどちらも見たことのない人は、どうやって自身のセクシャリティを定義するのか… という点からレオのキャラクターを盲目でありゲイであるという設定にしたのだそうです。
自身もゲイだと公言するヒベイロ監督ですが、彼の語り口には悲壮感はなく、 むしろ性に目ざめたことに対して喜びを感じさせるような、温かい光を灯しています。 そして、レオが恋に落ちる転校生ガブリエルと、幼なじみの女の子ジョヴァンナ、この3人の友情も重要です。 お互いの恋心を知り、それぞれが今まで経験したことのない感情を抱くことで変わっていく三角関係を丁寧に紡いでいます。 誰もがレオの経験や感情を重ね合わせて観ることができる、とてもさわやかな青春映画に仕上がっているのです。
『君の名前で僕を呼んで』は17歳の少年エリオと24歳の青年オリヴァーとの、ひと夏の燃える恋を描きます。 旬な俳優ティモシー・シャラメとアーミー・ハマーの共演は公開時から話題でした。 美しく官能的に映るショットに息を呑んでしまいますが、それは彼らの容姿が美しいからだけではなく、 彼らの内から出る感情が魅力的に引き出されているからに他なりません。 気になる相手の気を引く行為や、つい目で追ってしまう熱い視線、 恋に落ちたとき特有のあれこれが繊細に、時にセクシーに映し出されます。
そして、この物語の核心は、エリオとオリヴァーでなければこの関係が成立していないところにあります。 他の誰でもない、君と僕。同性愛であることに違いありませんが、そのことが二人が交わる理由ではありません。 本作は「ゲイ・ロマンスではない」とルカ・グァダニーノ監督が語るように、 エリオがひと夏の恋を通して、自分の欲望を、相手を想う気持ちを、そして別れの苦しさや悲しみを経験し、 大人の世界へ一歩踏み出す、成長物語なのです。 物語終盤で父親からエリオへ語られる「痛みを葬るな。感じた喜びも忘れずに。」という優しくも力強い言葉は、 エリオだけでなく観ている私たちの胸にも響くはず。
思春期の感情というのはとても大切で忘れられない宝物。それがたとえ遠く小さな記憶でも、なくなることはありません。 幸せに満ちたり、悲しみが押し寄せたり、彼らの感情の満ち引きに身をゆだねて、 心にそっとしまっておいた記憶に寄り添ってみませんか。
彼の見つめる先に
The Way He Looks / Hoje Eu Quero Voltar Sozinho
(2014年 ブラジル 96分 シネスコ)
2018年11月10日から11月16日まで上映
■監督・製作・脚本 ダニエル・ヒベイロ
■撮影 ピエーリ・ヂ・ケルショービ
■出演 ジュレルメ・ロボ/ファビオ・アウディ/テス・アモリン/ルシア・ホマノ/エウシー・デ・ソウザ/セウマ・エグレイ
■第64回ベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞・テディ賞受賞
目の見えない少年レオは、ちょっと過保護な両親と、優しいおばあちゃん、いつもそばにいてくれる幼なじみのジョヴァンナに囲まれて、はじめてのキスと留学を夢見るごく普通の高校生。でも何にでも心配ばかりしてくる両親が最近ちょっと鬱陶しい。
ある日、クラスに転校生のガブリエルがやってきた。レオとジョヴァンナは、目が見えないことをからかったりしない彼と自然に親しくなっていく。レオはガブリエルと一緒に過ごす時間の中で、映画館に行ったり自転車に乗ってみたり、今まで経験したことのない新しい世界を知っていくのだが、やがてレオとガブリエル、ジョヴァンナ、それぞれの気持ちに変化がやってきて…。
大人の入り口に立つティーンエイジャーの揺れ動く感情をサンパウロの降り注ぐ日差しの中でみずみずしく映し出した青春映画『彼の見つめる先に』。監督はブラジル映画界の新鋭ダニエル・ヒベイロ。サンパウロで生まれ育った自身の高校時代の体験も投影させたという本作で長編映画デビューした。
本作の元になったのはヒベイロ監督が2010年に手掛けた短編『今日はひとりで帰りたくない』。これが各国の映画祭で熱狂的な人気を博し、監督自らの手で同じキャストを起用して長編映画化となった。ベルリン国際映画祭では国際批評家連盟賞とテディ賞に輝き2015年のアカデミー賞外国語映画賞のブラジル代表にも選ばれている。
日本で公開されるブラジル映画といえば、社会問題を扱った映画の印象が強い中で、本作は同性愛や盲目といったテーマを扱いながらも、誰もが登場人物に共感できるような、世界に通じる普遍的な感覚を持った新世代のブラジル映画と言えるだろう。
君の名前で僕を呼んで
Call Me by Your Name
(2017年 イタリア/フランス/ブラジル/アメリカ 132分 ビスタ)
2018年11月10日から11月16日まで上映
■監督 ルカ・グァダニーノ
■脚色 ジェームズ・アイヴォリー
■原作 アンドレ・アシマン「君の名前で僕を呼んで」(オークラ出版刊)
■製作 ピーター・スピアーズ/ルカ・グァダニーノ/ジェームズ・アイヴォリー/ハワード・ローゼンマン ほか
■撮影 サヨムプー・ムックディープロム
■編集 ウォルター・ファサーノ
■挿入歌 スフィアン・スティーヴンス
■出演 ティモシー・シャラメ/アーミー・ハマー/マイケル・スタールバーグ/アミラ・カサール/ビクトワール・デュボワ/エステール・ガレル
■2017年アカデミー賞脚色賞受賞、作品賞・主演男優賞・歌曲賞ノミネート/ゴールデン・グローブ賞作品賞・主演男優賞・助演男優賞ノミネート ほか多数受賞・ノミネート
©Frenesy, La Cinefacture
1983年夏、北イタリアの避暑地。17歳のエリオは、アメリカからやって来た24歳の大学院生オリヴァーと出会う。彼は大学教授の父の助手で、夏の間をエリオたち家族と過ごす。はじめは自信に満ちたオリヴァーの態度に反発を感じるエリオだったが、まるで不思議な磁石があるように、ふたりは引きつけあったり反発したり、いつしか近づいていく。やがて激しく恋に落ちるふたり。しかし夏の終わりとともにオリヴァーが去る日が近づく…。
17歳と24歳の青年の、初めての、そして生涯忘れられない恋の痛みと喜びを描いた本作。男女を問わず、世代を問わず、たとえ今は忘れてしまっていても、誰もが胸の中にある柔らかな場所を思い出すような、まばゆい傑作だ。全米公開されると大ヒットを記録し、一大センセーションを巻き起こした。
主人公エリオには本作が初主演のティモシー・シャラメ。弱冠22歳にしてアカデミー賞主演男優賞にもノミネートされ、数々の賞を受賞した。相手役オリヴァーは『コードネーム U.N.C.L.E.』のアーミー・ハマーが演じる。2人の間に起こる化学反応は必見だ。監督は『ミラノ、愛に生きる』のイタリアの俊英ルカ・グァダニーノ。長編映画第5作となる本作で、いよいよその才能を成熟させた。脚色は『日の名残り』の名匠ジェームズ・アイヴォリー。エリオの父が息子に語り返る台詞は、誰もが涙する本作のハイライトのひとつである。アイヴォリーは89歳にしてアカデミー賞脚色賞に輝いた。