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今週は『ブルーに生まれついて』『シーモアさんと、大人のための人生入門』という、二人のミュージシャンについての映画を上映します。

一人はウエストコーストジャズシーンを代表するトランぺッターであるチェット・ベイカー。甘いルックスとクールな演奏で多くの人を魅了しつつも、彼には数々のドラッグによるトラブルが付きまとっていました。口元に怪我を負い、トランペットが吹けなくなってしまうほど再起不能な状態に陥りながらも、必死に技術を取り戻そうとします。無軌道な本人の生活スタイルに端を発しているとはいえ、演奏の合間に痛みをこらえるために顎や頬を押さえる様子は、とても痛ましいです。しかし痛ましく惨めでありながらも、その中にどこか退廃的な魅力を感じてしまうのは、彼を演じるイーサン・ホークの持つ人間としてのかわいらしさがあるのかもしれません。とぼけているような、愛嬌のあるイーサン・ホークのチェット・ベイカーになぜだか惹きつけられてしまうのです。

もう一人はピアニストとして名声を得ながらも50歳で演奏活動を引退し、人に「教える」ことと自分の時間を大切にしてきたシーモア・バーンスタイン。まるで仙人のような落ち着き、穏やかな口調の背後には、音楽への隠しきれない情熱が存在しています。彼が会得した音楽への深い考察は、そのまま私たちが直面する様々な悩みへの助言として受け取れるほどの、普遍的な哲学を示唆してくれるはずです。こちらでは初のドキュメンタリー映画の監督を務めるイーサン・ホークが、シーモアさんの静かな凄みを私たちに伝えてくれます。

異なる音楽ジャンル、対照的な人柄であるにも関わらず、彼らの音楽そして人間性は、同じように私たちを魅了します。それは彼らの波乱万丈な人生に興味をそそられるからでしょうか。はたまた彼らの言動の率直さや奥深さに、ハッとするからなのでしょうか。この二つの映画には、まさに「共鳴」としかいいようのない心の動きを、私たちに引き起こしてくれるはずです。

『ブルーに生まれついて』でチェット・ベイカーを演じ、『シーモアさんと〜』の監督を務めたイーサン・ホークも彼らに心動かされた一人だといいます。この映画を通して出会う二人のミュージシャンに寄り添うように、イーサン・ホークは慎ましく彼らの魅力を引き立てます。チェット・ベイカーとして一喜一憂し、あるいは本人としてシーモアさんと語り合う様子を観ていると、映画の題材になっている二人のミュージシャンと同じように彼の人物像も浮き彫りになっていくようです。そんな彼もまた、魅力的な人間の一人なのだと思います。今週の二本立ては二人のミュージシャンと一人の俳優を巡る、素敵な音楽の時間なのです。

(ジャック)

ブルーに生まれついて
Born to Be Blue
(2015年 アメリカ・カナダ・イギリス 97分 DCP R15+ ビスタ) pic 2017年5月20日から5月26日まで上映 ■監督・製作・脚本 ロバート・バドロー
■製作 ジェニファー・ジョナス/レナード・ファーリンジャー/ジェイク・シール
■撮影 スティーブ・コーセンス
■編集 デビッド・フリーマン
■音楽 デヴィッド・ブレイド/トドール・カバコフ/スティーヴ・ロンドン

■出演 イーサン・ホーク/カルメン・イジョゴ/カラム・キース・レニー/スティーヴン・マクハティ/ジャネット=レーヌ・グリーン/ダン・レット/ケダー・ブラウン/ケヴィン・ハンカード

©2015 BTB Blue Productions Ltd and BTBB Productions SPV Limited. ALL RIGHTS RESERVED.

痛いほどの音楽と、愛
ウエストコーストJAZZシーンを駆け抜けた
伝説的トランペッターの愛と孤独

pic 1950年代に一世を風靡したジャズ・トランペット奏者チェット・ベイカーは、 ドラッグ絡みのトラブルをたびたび起こし、スポットライトから久しく遠ざかっていた。1966年、公演先のイタリアで投獄されたのちにアメリカへ帰国したチェットは、俳優として自伝映画の撮影に参加するが、麻薬の売人から惨たらしい暴行を受け、病院送りの憂き目に遭ってしまう。アゴを砕かれ、前歯を全部失う重傷を負い、キャリア終焉の危機に直面したチェットの心のよりどころは、映画で共演した女優ジェーンの存在だった。

ジェーンの献身的な愛に支えられ、ドラッグの誘惑を絶ったチェットは、場末のピザ屋でライブを行うようになるが、ケガの影響で思うような演奏ができない。それでもトランペットを手放さなかったチェットは徐々に輝きを取り戻し、 ビバップの巨匠ディジー・ガレスピーの計らいでニューヨークの“バードランド”への出演が決定するが…。

甘いマスクのジャズ界の異端児、チェット・ベイカー
その波乱の人生をイーサン・ホークが渾身の演技で挑み
絶賛を浴びた話題作!

pic1950年代のウエストコースト・ジャズシーンを代表するトランペッターにしてシンガーのチェット・ベイカー。黒人アーティストが主流のモダン・ジャズ界において、あのマイルス・デイヴィスをも凌ぐ人気を誇ると言われ、一世を風靡。甘いマスクとソフトな声で多くのファンを魅了したが、麻薬に身を滅ぼし過酷な日々を送っていた…。本作は一人の天才ミュージシャンの転落と苦悩を描くとともに、ある一人の女性との出会いによって再生する姿を描いたラブストーリーである。

主演のイーサン・ホークは6カ月に及ぶトランペットの集中トレーニングを受け、歌も披露。迫力の演技で批評家から絶賛された。劇中にはイーサン・ホークが歌う「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」をはじめ、「レッツ・ゲット・ロスト」「虹の彼方に」「ボーン・トゥ・ビー・ブルー」など数々の名曲が登場し、しっとりと本編を彩っている。

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シーモアさんと、大人のための人生入門
Seymour: An Introduction
(2014年 アメリカ 81分 DCP ビスタ)
pic 2017年5月20日から5月26日まで上映 ■監督・出演 イーサン・ホーク
■製作 ライアン・ホーク/グレッグ・ルーザー/ヘザー・ジョーン・スミス
■撮影 ラムジー・フェンドール

■出演 シーモア・バーンスタイン/マイケル・キンメルマン/アンドリュー・ハーヴェイ/ジョセフ・スミス/キンボール・ギャラハー/市川純子

■第39回トロント国際映画祭観客賞ドキュメンタリー部門3位

©2015 Risk Love LLC

89歳のピアノ教師、シーモア・バーンスタインが教える、
深い愛とこころざし。

pic人生の折り返し地点――アーティストとして、一人の人間として行き詰まりを感じていたイーサン・ホークは、ある夕食会で当時84歳のピアノ教師、シーモア・バーンスタインと出会う。たちまち安心感に包まれ、シーモアと彼のピアノに魅了されたイーサンは、彼のドキュメンタリー映画を撮ろうと決める。

悲しみの音色はいずれ、美しいハーモニーになる。
イーサン・ホーク初のドキュメンタリー監督作品。

pic シーモアは、50歳でコンサート・ピアニストとしての活動に終止符を打ち、以後の人生を「教える」ことに捧げてきた。ピアニストとしての成功、朝鮮戦争従軍中のつらい記憶、そして、演奏会にまつわる不安や恐怖の思い出。決して平坦ではなかった人生を、シーモアは美しいピアノの調べとともに語る。彼のあたたかく繊細な言葉は、すべてを包み込むように、私たちの心を豊かな場所へと導いてくれる。

じぶんの心と向き合うこと、シンプルに生きること、成功したい気持ちを手放すこと。 積み重ねることで、人生は充実する。
――シーモア・バーンスタイン

シーモアのピアノ・レッスンは、人はいかに生きるべきかという奥深い教えに満ちている。彼のシンプルな生き方から学べることは、あまりにも多い。
――イーサン・ホーク

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