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●→深田監督●→蔦監督●→司会

まずは、2013年の東京国際映画祭を皮切りに全国での公開、その後も上映が続くロングラン、おめでとうございます!

ありがとうございます。

あ、もうこれ(衣装)には触れなくていいですか?(笑)

あ、そうですよね! せっかく…(笑) 劇場からわがままを言って、衣装を着ていただきました。

まだ『祖谷物語』ご覧になってない方もいらっしゃるんですよね。まあ、劇中衣装なんです。

これ、実際に劇中で使っていた衣装なんですか?

そうです。お爺役を演じた田中泯さんが着ていたものです。祖谷の倉庫で眠っていたようなやつを借りたんです。
ちなみにズボンはお母ちゃんに作ってもらった手作りです(笑)

それはそれで貴重な…(笑)

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はい、おかげさまで、『ほとりの朔子』は最初は東京国際映画祭のコンペティション部門で上映させていただいて、そのあとナント三大陸映画祭にいきました。お客さんの反応は国によって大きく違うということはないんですけど、やっぱりいわゆる社会的・政治的なテーマに対して、海外の人のほうが敏感かなと感じることはありますね。あとは、評価という点でいえば、東京国際映画祭ではコンペで何も賞をいただけず、そのあと行ったナントでグランプリをいただいて、そのままはしごして行ったエストニアのほうでも監督賞をいただいたりして、うーんなんか、複雑な気持ちになりましたね(笑)

『祖谷物語』も『ほとりの朔子』と同じ年に、東京国際映画祭のアジアの未来部門で選ばれて、そこから海外の方にいろいろ行ったんですけど。僕も深田さんと一緒で海外の人の反応は変わらないという印象ですね。祖谷という徳島の山奥で撮った映画なんですけど、日本三大秘境と言われるようなところなので、まずそこの秘境ぶりに驚かれてるという印象が一番強いです。

あ、そういえば『祖谷物語』ほどではないですけど『ほとりの朔子』も、三浦の海とか山の中とかを舞台にしていて、フランス人のお客さんから、日本っていったら渋谷とか新宿とか都会のイメージが強いらしくて、東京の近郊にこんなに自然があるなんてと驚かれました。あの程度の自然で驚いてたので『祖谷物語』観たらびっくりしますよね。

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僕はもともと地元っていうのがあったので。祖谷に住んでいたわけではないんですけど、祖谷から車で30分くらいのところに住んでいたので、祖谷にはよく夏休みに山登りや川遊びに行っていたんです。いつか撮りたいなという思いがありました。

私の場合は、脚本段階でこの場所っていうイメージはなくて、東京近郊で避暑地になるような、海と山の、まぁ『ほとりの朔子』っていうのは「海のほとり、山のほとり」てゆうことでもあるので。あとは地方ロケって普通はすごくお金がかかってしまうので、東京近郊に…。だから神奈川の三浦あたりと千葉の木更津あたりで撮影しています。

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ヒットするな! 的なやつですか?(笑) 深田監督そんなの思うことあります?(笑)

どうでしょう(笑) そうゆう蜃気楼みたいなものは制作過程で何回か見えるんですね。たいていプロットを書いている段階で「これは傑作になる!」と思えて、脚本に起こすとそれが幻だったって気が付くという。で、撮影が始まってまた何度か「傑作になる!」と思うんですけど編集の時にまた蜃気楼だったと気が付く。その繰り返しで作品が完成します。

僕は一回、秋編で、お爺役の田中泯さんが畑を耕している時に、山の神の声が聞こえて山の方を見るというシーンを撮影したんですが、急に突風が吹いて落ち葉がすごい舞って泯さんに降り注ぐという神がかったカットが偶然撮れて、その時は「これ、きたかな」と思いました。

あれはすごいシーンでしたね。(深田監督は『祖谷物語』初回をご覧になっていました。)
(『祖谷物語』は)まずおもしろかったという気持ちがたつ前に「これよく撮ったな。」という方が強かったですね。自分はいわゆる自主映画からはじめていて、いまは、(今回のトークショータイトルでもある)【インディペンデント映画のほとりで】というより、この2人は【インディペンデント映画どストレート】みたいな感じで、むしろ【インディペンデント映画のおくのひと】がしっくりくると思うんですけど(笑)、まぁその感覚でいったら、インディペンデントで『祖谷物語』を撮ることがどんだけ途方もないものかと思ってとにかくびびりました。噂には聞いていたんだけどここまでやってるかと。

そこだけが本当にモチベーションで、ストーリーどうこうというよりも、これだけのことを映画界の人たちに突きつけてやろうみたいに思ってたんで。その一番の核が、デジタル時代に35mmで撮るということでしたね。こんな若い子が頑張ってお金集めて35oで撮るっていうことを知ってもらいたかった。そのエネルギーが映画に出たのかなって思います。深田さんはフィルムとかは撮らないんですか?

いや〜私は世代的に引き裂かれた世代で、10代の時から50年代以前の古典映画を観まくって育って、フィルムの映画に憧れて学校に入って、映画を作り始めた時にはデジタル全盛になっていたんです。だから私はフィルムで映画を撮ったことがないんです。学校の課題で16mmで撮ったくらいです。

フィルムで撮りたいという願望はあるんですか?

あるんですけど、やっぱり予算的にハードルが高いですね。蔦監督がそれを成し遂げているのであれなんですが…。デジタルでいかにフィルムっぽく撮るかというところに、たいていの自主映画監督って苦労するんですけど、結局、フィルムにはなれないですよね。だからいまは、デジタルで撮ることのおもしろみや良さを考えてみようと思っています。まぁいずれフィルムでやってみたいなとは思うんですけどね…。

偉そうであれなんですが、深田監督は絶対フィルムで撮った方がいいと思います(笑)

同じことを先日フランスのパリで『ほとりの朔子』を上映した時にも言われました(笑)

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以前、二階堂さんがたまたま『歓待』(2011年公開の深田監督の作品)を映画館で観てくださっていて、雑誌の「映画批評」のベストで1位にあげてくれていたんです。嬉しいなぁと思っていたら、多摩映画祭の授賞式の控室でお会いして、なにか一緒にやりましょうということになったところから始まりました。

へぇ〜。僕も去年の多摩映画祭に呼ばれて行ったんですけど、そんな出会いは全く無かったですね(笑)
武田梨奈さんに関しては…みなさんご存知ですか? 『祖谷物語』を撮っている時にはまだそんなに知名度はなかったと思うんですけど、最近、瓦を頭で割るCMで話題になっています。もともとアクション女優さんなんです。キャスティングの時、20〜30名くらいオーディションをしたんですけど、どうしてもみなさん綺麗で都会的な方が多くて。野性味みたいなのを求めている時に、武田さんの『女忍 KUNOICHI』を偶然観て、忍耐力や体の動き方がすごい、と。あと、一番は純粋さですかね。

アクション女優の武田さんがアクション抜きで出てるっていうのを聞いてたんですけど、今日観たら、あれ、体力ないと無理ですよね(笑)

はい(笑) 山を登るだけでも動き方が違いますからね。同じシーンを何カットか繰り返すことができるかっていったら、普通の女優さんだとなかなか厳しいと思います。武田さんに関しては、もう何言っても大丈夫だなと…(笑) 当初は予定のなかった、雪の中で崖から転がり落ちるだとか、どんどん無理なお願いをしてしまいました。

私は基本的に役者さんの素材を活かす作り方なので、二階堂さんの初対面の印象に近いものを脚本に書いたんです。まぁでも、比較的二階堂さんってエキセントリックだったり虚構性の強い役柄が多いので、そういった意味では映画ファンの人があまり見たことのない彼女を撮れたんだじゃないかなと思います。

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10代の女の子を描くのは今回の映画が初めてなんですけど、まずひとつはバカンス映画を作りたいということが最初のモチベーションであって。でも、ヨーロッパだとバカンスがありますけど、それをバカンス自体がない日本でやろうとするとどうしてもモラトリアムな映画になってしまうんですね。で、いつまでも成長できない幼児性の強い大人の話みたいなのは避けたいなぁと思って、でもそういう期限付きの何をしてもいい時間ってなんだろうなっと思ったら、浪人生なのかなぁと、それで18才の女の子を題材にしたんです。
あともうひとつは、映画って完成されたものを描くよりかは、完成に向かっていく過程をモチーフにした方が面白いっていう気持ちがあって。例えば恋愛映画にしたってラブラブな新婚夫婦の話なんかそんなに観たくないですよね。それがカップルが成立するまでの過程や、あるいはそのカップルが壊れていく過程の方が面白いわけで。そういうどっちに転ぶか分からない成長過程の進退を撮ることができればなぁという気持ちがあり、最初に二階堂さんに会った時、すごく大人びてるんだけどもう仕事してるし、だけど17歳の女子高生でもあるアンバランスな感じが面白くて決めました。

僕はやっぱり女の子を撮りたいと漠然とありましたね。『祖谷物語』で描いていた少女は僕のイメージでは山奥でおじいちゃんに拾われる、かぐや姫とかのジブリ的要素もあるので、そういった昔話的な事をやりたかったんです。

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『ほとりの朔子』は10日間で撮影したので、とにかく忙しかったのが一番の印象です。やっぱり二階堂さんに驚かされたっていうか、彼女の演技のカンの良さというものを日々発見しながら撮っていったという印象が強いです。

何を撮っているかという事以前に、自分たちは死ぬかもしれないという状況だったので(笑) 慣れない中で雪道とか山道とかを運転して。実際スタッフが崖から落ちたりすることもあって、本当に生きることに精一杯でしたね。泊まっているのもキャンプ場のバンガローのようなところだったので、映画を撮っている気があまりしなかったですね(笑)

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多分これって脚本教室とかだとやっちゃいけないと言われる事が多いと思うんですけど、私はラストシーンから思い浮かぶことが多くて、どうやれば一番豊かにおもしろく余韻が残る形で終われるかを考えて構成しています。『ほとりの朔子』は朔子が去って行ってそこで関わっていた2人の大人が逆方向に走っていくようなシーンに辿り着くことを目標にして書いたんです。

僕もラストをイメージしていて、祖谷の集落を空撮で引いていくラストなんですけど、集落自体を撮りたいというのがずっとありました。お爺と春奈が生活している茅葺の家があるんですけど、あの家は山奥で見つけてここで撮りたいと思ったんです。だから、ロケハンをしている時にイメージを膨らませていって書いたかんじですかねぇ。深田監督はそういうのはないですか?

ロケ場所は重要ですね。僕の場合はプロット書いて、脚本書いて、ロケハン、という映画の作り方なんですけど、やはり紙の上で書いている物がロケハンで撮影場所を見ているうちにこれもできるあれもできると膨らんでくることはあります。今回もほとりの朔子に関してなら主人公たちが住む家っていうのが、あまり選択肢がなくて、結局チーフ助監督のご実家をお借りしてたんですが、そこで新しいアイディアが湧くことも多かったです。

現地に行ってから脚本を変えたりするんですか?

それはしますね。たいていは脚本に「え?」とか「うん」とかまで書き込むタイプですが。今回の映画では2つのシーンで完全にアドリブでテーマだけ与えて自由に喋ってもらっています。蔦監督は?

僕はセリフはあんまり気にしないですね(笑) どちらかというと背景の、立ち込める霧とか雪とかにこだわって、あとは役者さんにお任せする感じが多いですね。


sub Q1

『祖谷物語』は、地元の方、90歳越えるおばあちゃんや、鹿撃ちのシーンでは地元猟友会の方に出てもらったりとか、祖谷に住んでるっていう感じは意識しながら演出しました。

私の場合は、平田オリザさんが主宰している劇団青年団の演出部に入っていまして、あ、といっても演劇は一本も作ったことがなくて、映画しか撮っていないという変わり種なんですが(笑) 青年団の役者さんってテレビとか映像に出ていなくてもすごい面白い人がたくさんいるので、そうゆう役者さんをスクリーンに引っ張り上げるっていうことを趣味としています(笑)

Q2

ありがとうございます。構成というのは、もしかしたら僕自身一番注意している点かもしれないです。指揮取りや進行のモチベーションにそって物語が進むというよりは、登場人物の関係性と状況を見せていくなかで、なにか物語になっているような、観ているお客さんが、人間関係の推移だけで、この人がいま嬉しいのか悲しいのか想像できるようにするっていうのを一番気を付けています。お客さんに感情移入してもらえるような脚本構成というよりは、理想を言ったら百人の人が見たら百通りの見方に分かれるように書いています。

Q3

そこについては、ある種確信をもって描いているところがありますね。なんでいきなり原発の要素をいれるんだと言われることもあるんですが、避暑地で恋愛ごっこに興じる十代の若者たちが立つその地面は、例えば福島の問題だったり津波の被災地だったり、あるいはインドネシアとかどこかの遠くの国で起きている虐殺とか、そういった社会問題とも、全部地続きであるという、そういった世界観を売りたいなという気持ちがあります。

Q4

クリス・フジワラさんは日本に住まれていて、前作の『歓待』を観て褒めていただいたんです。それから交流があって、たまたま撮影現場に遊びに来ていたので、「じゃぁ出てよ」っていう…(笑) 現場のノリです。

僕は河瀬さんの映画が好きで、奈良という地元を舞台に撮られていたり自分と環境が似ているっていうので、いろいろテクニックを学びたかったんです。河瀬さんのシーンはほぼもうお任せしていたので、河瀬さんの演出ってどんな感じだろうという、本当に勉強もかねてオファーした感じですね。


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最後に、本日お集まりの皆さまへ監督から、一言ずつお願いします!

この上映はこれから一週間続きます。『ほとりの朔子』はDVDも出ていますので、今日観て面白いと思った方もつまんないなと思った方も、ぜひ感想とかツイッターなんかに呟いたり、ご家族ご親戚にこんな映画があったよって言ってくれるたりしたら嬉しいです。ありがとうございました!

僕に関しては本当に、このバイトしていた早稲田松竹で上映できるっていうのはかなり感慨深いというか、個人的にはかなり想いがこもっているんですけど…。ほんと皆さんよくしてくださって、感謝しております。皆さんも、今日は来ていただいてありがとうございます。次回作は、自分の祖父が池田高校野球部っていう甲子園で監督をしていた人間なんですけども、その祖父のドキュメンタリーを制作していまして、夏頃東京で公開できたらなと思ってます。そちらの方もぜひ注目していただきたいです。今日は本当にありがとうございました!

本日はありがとうございました!

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