■ジョン・カサヴェテス
1929年アメリカ、ニューヨーク市生まれ。大学卒業後は演劇アカデミーに進み、地方劇団で俳優としてスタートを切った。映画俳優デビューは54年。アカデミー時代に知り合った女優のジーナ・ローランズとこの年に結婚している。
59年、低予算映画『アメリカの影』を初監督。ハーレムに16ミリカメラを持ち込んで行った即興演出が、従来のハリウッド映画にはなかった新鮮さとして評価され、ニューヨーク派の先駆者となった。
以後も性格俳優として活躍する一方で、個人的な映画作りを継続。『こわれゆく女』('74)ではアカデミー賞監督賞にノミネート。『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』('76)、『オープニング・ナイト』('77)などインディペンデントでの映画作りが続いたが、80年の『グロリア』はハリウッドメジャーで監督した作品で、ヴェネチア映画祭金獅子を受賞した。続く『ラヴ・ストリームス』('84)ではベルリン国際映画祭のグランプリと国際批評家連盟賞をダブル受賞。
ほとんどの作品で夫人のジーナ・ローランズが主演を務め、カサヴェテス自身も出演を兼ねる場合が多い。ハリウッドのスタジオシステムに背を向けたこうした低予算の手作り感は、のちのニューヨーク・インディーズ派の若手監督たちにも大きな影響を与えた。
89年2月、59歳で肝硬変のため死去。
【監督・脚本作品】
・アメリカの影('59)
・よみがえるブルース('61)
・愛の奇跡 ('63)
・フェイシズ('68)
・ハズバンズ('70)
・ミニー&モスコウィッツ('71)
・こわれゆく女('74)
・チャイニーズ・ブッキーを殺した男('76)
・オープニング・ナイト('77)
・グロリア('80)
・ラヴ・ストリームス('84)
・ジョン・カサベテスのビッグ・トラブル('86)
【主な出演作品】
・暴力の季節('56)
・殺人者たち('64)
・デビルズ・エンジェル('67)
・特攻大作戦(67)
・ローズマリーの赤ちゃん('68)
・俺はプロだ!('68)
・明日よさらば('69)
・火曜日ならベルギーよ('69)
・ハズバンズ ('70)
・ビッグ・ボス('75)
・マイキー&ニッキー ('76)
・パニック・イン・スタジアム('76)
・オープニング・ナイト ('77)
・フューリー('78)
・ブラス・ターゲット('78)
・この生命誰のもの('81)
・死霊の悪夢 ('82)
・テンペスト('82)
・ライク・ファーザー・アンド・サン('83)
・ラヴ・ストリームス('84)
今回上映する『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』『オープニング・ナイト』は、カサヴェテス監督中期の傑作中の傑作だ。前者はラスベガスの場末のストリップバー、後者はブロードウェイの芝居が物語の中心に据えられている。両者の質や規模の違いこそあれ、ショウビジネスの疑似家族的なコミュニティに向けるカサヴェテスのあたたかい眼差しに、差異はない。
だが、共同体のほのぼのしたバランスは、あるきっかけで崩壊の危機にさらされる。『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』のコズモも、『オープニング・ナイト』のマートルも、愛するショウと仲間たちのため、そしてなにより自らが生き残るために、満身創痍になりながら戦っていく。
この2作の特筆すべき点は、『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』はフィルムノワール、『オープニング・ナイト』はバックステージものといったように、カサヴェテスには珍しく娯楽映画のジャンルを意識的にとりこんでいることだろう。そのおかげで、見過ごされがちなことだが、カサヴェテスが紛れもなく優れたストーリーテラーでもあることがより明確にわかると思う。とはいえ、物語が進むにつれ、映画はジャンル分け不能の異様な領域にどんどん突入していくのだけど。
他のカサヴェテス作品と同じく、この2本を普通の映画のように安穏と鑑賞することは不可能に近い。私たちは映画を観ながら、彼ら(彼女ら)と人生の時間を共に生きていくことになるのだから。スクリーンに映される喜びと不安、愛と憎しみといった振れ幅の激しいエモーション、あるいは言葉では表せない微細な想いが、ダイレクトにわたしたちのものになる。観終った時には何とも言いようのない感情の濁流にもみくちゃにされてしまっているはずだ。
カサヴェテスの作品との出会いは、間違いなく一生ひきずる体験になる。この機会に、ぜひスクリーンの暗闇で対峙してほしい。
チャイニーズ・ブッキーを殺した男
THE KILLING OF A CHINESE BOOKIE
(1976年 アメリカ 134分 ビスタ)
2015年11月14日-11月20日上映
■監督・脚本 ジョン・カサヴェテス
■製作 アル・ルーバン
■撮影 フレッド・エルムス/マイク・フェリス
■編集 トム・コーンウェル
■美術 フェドン・パパミッシェル
■音楽・録音 ボー・ハーウッド
■出演 ベン・ギャザラ/ミード・ロバーツ/ティモシー・アゴリア・ケリー/シーモア・カッセル/ロバート・フィリップス/モーガン・ウッドワード/マーティ・ライツ
コズモが経営する場末のクラブは、小さいながらも繁盛している。長年高利貸しから借金をしていたが 、それもようやく返済し終えた。だが、クラブのストリッパーたちを連れて盛大に街へと繰り出したコズモはポーカー賭博に大負けし、マフィアに借金を作ってしまう。返済の目処がたたないコズモに、マフィアは借金を帳消しにする話をもちかけた。それは、暗黒街のボス、チャイニーズ・ブッキーの殺害計画だった・・・。
常に、身近で日常的な題材を扱ってきたカサヴェテスの映画において、やや特異なフィルム・ノワール的テーマをもつ本作。暗黒街のマフィア、ストリッパー、ナイト・クラブ、そして犯罪。「コズモと彼のクラブは、アーティストとしてのジョンのメタファーだと思う」と、コズモを演じたカサヴェテスの友人でもあるベン・ギャザラが語るように、カサヴェテスの関心は、誇りを失うことなく続けられてきたクラブの舞台とそこに関わる人々にあり、それは彼が自らの映画に託した思いと重なる。それゆえに、カサヴェテスらしからぬテーマにも関わらず、虚構の世界に人が抱く真実を突いた作品に仕上がっている。
オープニング・ナイト
OPENING NIGHT
(1977年 アメリカ 144分 ビスタ)
2015年11月14日-11月20日上映
■監督・脚本・出演 ジョン・カサヴェテス
■製作・撮影 アル・ルーバン
■製作総指揮 サム・ショウ
■編集 トム・コーンウェル
■音楽 ボー・ハーウッド
■出演 ジーナ・ローランズ/ベン・ギャザラ/ジョーン・ブロンデル/ポール・スチュアート/ゾラ・ランパート/キャサリン・カサヴェテス/レディ・ローランズ
■1978年ベルリン国際映画祭主演女優賞
有名な舞台女優マートルは、新作の舞台に取り組んでいた。ある夜、公演が終わり外に出ると、熱狂的な女性ファンがいきなり抱きついてきた。激しい雨が降り始める中、ただひたすらマートルにしがみつき「アイラブユー」と繰り返す彼女。だが、走り出したマートルの車を見送っていたその女は、対向車線から来た車にはねられて死亡してしまう。
この事件をきっかけにマートルの日常は揺らぎはじめた。以前から飲んでいた酒の量はますます増え、神経過敏のあまり稽古も度々中断するようになる。さらに死んだはずの女の幻覚が現れるようになり、マートルは精神のバランスを失っていく・・・。
「以前ほど人から求められなくなり、自分の能力に対する自信を失い、エネルギーも衰えてきたと感じる時に、どのように自身を取り戻せば良いのか。これが『オープニング・ナイト』の第1のテーマだった。そして第2の目的は、芸術家という、ものを創る人々の生活を観客に見せることだった」と、カサヴェテスは言う。そしてカサヴェテスは、それらを舞台女優である主人公の生き方に託した。
この映画の製作費はほとんどカサヴェテス本人の出資によるもので、ハリウッド資本の援助を受けずに作られたため、途中で製作費が底をつき、止む無く中断したこともある。本作でジーナ・ローランズはベルリン国際映画祭主演女優賞を受賞した。なお、自作の映画の中で何度も共演しているローランズとカサヴェテスだが、本作では劇中劇「2番目の女」において、唯一“夫婦役”として共演している。