■ヤン・シュヴァンクマイエル
1934年、チェコスロバキアのプラハで生まれる。父は陳列窓装飾家、母は熟練の裁縫婦。8歳のクリスマスに父親から人形劇セットをもらう。これは彼のその後の世界観・芸術観の形成に決定的な役割を果たす。1954年プラハの芸術アカデミー演劇学部(DAMU)人形劇科に入学。その後、短期間、リベレツの国立人形劇場で演出と舞台美術を担当。映画監督エミル・ラドクと出会い、彼の短編映画「ヨハネス・ドクトル・ファウスト」に人形遣いとして参加。義務兵役に就いた後、1960年、エヴァと結婚。プラハのセマフォル劇場で仮面劇のグループを組織し、上演活動を開始。1962年セマフォル劇場との契約が切れ、仮面劇団とともにラテルナ・マギカへ移る。1964年最初の作品「シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル死の最後のトリック」を発表。
翌年「J.S.バッハ―G線上の幻想」がカンヌ映画祭で短編映画賞を受賞する。1973年「オトラントの城」の準備をはじめるが、当局側から映画製作禁止を命じられ、1980年までバランドフ映画スタジオで特殊撮影と美術を担当して生計を立てる。1975年、論文「未来は自慰機械のもの」を執筆。翌年フランスで刊行されたヴァンサン・ブヌール編集の論文集「シュルレアリスム文明」に収録される。
1983年「対話の可能性」がベルリン映画祭で短編映画部門金熊賞と審査員賞を受賞。1989年ニューヨーク近代美術館で映画の回顧展。1990年、ベルリン映画祭で「闇・光・闇」が審査員特別賞。1991年プロデューサーのヤロミール・カリスタと共に古い映画館を買い取り、映画スタジオ<アタノル>を創立する。(アタノルとは錬金術師が物を蒸して柔らかくするときに使うかまどのこと)1997年サンフランシスコ映画祭で「伝統的な映画製作の枠組みにとらわれないで仕事をしている」映画監督の業績に対して授与されるゴールデンゲート残像賞を受賞。
・水の話/プチ・シネマ・バザール(57〜89)
・シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック(64)<未>
・J.S.バッハ - G戦上のアリア(65)<未>
・ヤン・シュワンクマイエル短編集(65〜94)<未>
・エトセトラ(66)<未>
・棺の家(66)<未>
・シュワンクマイエルの不思議な世界(67〜89)<未>
・庭園(68)<未>
・家での静かな一週間(69)<未>
・ドン・ファン(70)<未>
・コストニツェ(70)<未>
・ジャバウォッキー(71)<未>
・レオナルドの日記(72)<未>
・オトラントの城(73〜79)<未>
・アッシャー家の崩壊 (80)<未>
・アリス(88
・セルフポートレート(88)<未>
・ファウスト(94)
・悦楽共犯者(96)
・オテサーネク 妄想の子供(00)
・シュヴァンクマイエルのキメラ的世界(01)出演
・ルナシー(05)
・サヴァイヴィング ライフ -夢は第二の人生-(10)
芸術の国・チェコが生んだシュルレアリスムの巨匠、ヤン・シュヴァンクマイエル。
多種多様な素材を奇想天外に組み合わせた驚異のストップモーション・アニメーション。恐怖や欲求といった人間の本質に鋭いメスを入れ、時として痛烈な政治批判を盛り込んだストーリー。どこまでもえげつなく、キモ可愛く、斬新で、狂気に満ち、しかし言い知れぬ快楽へと私たちを誘ってくれる作品の数々は、世界はもちろんここ日本でも熱狂的な支持を集めています。
そんなヤン監督の前作『ルナシー』から約6年。妻のエヴァ・シュヴァンクマイエロヴァーが亡くなったのは、この作品の公開を目前に控えた2005年10月のこと。『ルナシー』はもちろん、『オテサーネク 妄想の子供』『ファウスト』『アリス』等の衣装や美術を手がけ、ヤン作品に欠かせない存在だったエヴァの訃報に、ショックを受けたファンの方も多かったことでしょう。そして、こう心配された方も少なくなかったはずです。「ヤンの映画はこれからどうなるんだろう」と。
どうぞ皆さま、待望の最新作『サヴァイヴィング ライフ -夢は第二の人生-』をご覧ください。そして冒頭からヤン監督本人がぬけぬけと登場し、「皆さん、今回は予算が不十分でした」と弁解してみせるとぼけた態度をご覧ください。
やっぱり最高ヤン!(おっと…失礼しました)
ファンの心配を一瞬で吹き飛ばす自虐的おとぼけコメントから始まる『サヴァイヴィング ライフ -夢は第二の人生-』。3DやCGの時代にあっても、ヤン監督にはどこ吹く風。カットアウトアニメを主に用いた映像の切れ味、半端じゃありません。これを観れば、戦闘的シュルレアリスト(自称)の戦闘力や、鈍るどころかますます磨きがかかっていることがおわかりいただけるでしょう。しかしながら、エヴァがいないからなのか(だとしたら少し寂しいのですが)本作はやや男臭く(主人公がおじさんだし)、装飾も実にシンプルです。
シンプル? いえいえ、ご心配には及びません。お話は夢見る男のラブ・ロマンスということですが、食べ物・舌・えげつない口のアップ・鶏・卵などのお馴染みアイテムは当然とばかりにせっせと登場します。食べ物はより不味そうに、エロはよりエロに、舌はねちょねちょと絡み合い、ヤン作品に欠かせない異常で過剰な美しさはますますパワーアップ! その堂々たる佇まいは、もはや限界を突破したような清々しさと洗練された大人の風格を感じさせます。常にアートの最前線を闘い続けてきた御年77歳のシュルレアリスト、その映像世界は踊るように軽やかです。
併映作品には、母性が呼び起こした妄想の狂気を描いた『オテサーネク 妄想の子供』をチョイスしました。前回早稲田松竹で特集時に上映した『アリス』と並んで人気が高い長編映画です。木の切り株を生きた赤ん坊のように溺愛するお母さんの妄想の暴走っぷりは見事ですが、彼女に負けない勢いなのがその「オティーク」という切り株。これがとんでもないモンスター! 赤ん坊時代のルックスには誰もが目を奪われるでしょう。ミルクをちゅーちゅー吸ってる口元なんて、キモい、キモすぎる…なのに、あれ? ちょっとだけ可愛い? そう思ったら、あなたもハマってしまった証拠! 実写とアニメを組み合わせた本作では、大道具から小道具まで、ヤンとエヴァの美意識がキラリと光ります。2人が織りなす究極のキモカワ、とくとご堪能ください。
さあ、準備はいいですか? 一度観たら忘れられない、華麗に不愉快な快楽の世界。
ヤン・シュヴァンクマイエルの夢と妄想へ、ようこそ!
オテサーネク 妄想の子供
OTESANEK
(2000年 チェコ/イギリス 132分 スタンダード/SRD)
2012年1月14日から1月20日まで上映
■監督・原案・脚本・美術監督 ヤン・シュヴァンクマイエル
■美術監督 エヴァ・シュヴァンクマイエロヴァー
■アニメーション ベドジフ・グラセル/マルティン・クブラーク
■撮影 ユライ・ガルヴァーネク
■音響 イヴォ・シュパリィ
■出演 ヴェロニカ・ジルコヴァー/ヤン・ハルトゥル/ヤロスラヴァ・クレチュメロヴァー/パヴェル・ノヴィー/クリスティーナ・アダムツォヴァー
■ピルゼン映画祭グランプリ/ベルリン国際映画祭アンジェイ・ワイダ賞受賞/チェコ・ライオン賞多数受賞&ノミネート
ホラーク夫妻には子供がなく、今日も産婦人科から二人は失意を抱えて帰る。妻を慰めようと思ったホラークは、木の切り株を赤ん坊の形に削って妻にプレゼントした。すると妻は狂喜し、切り株を抱きしめ、本物の赤ん坊にするように世話し始めた。
次の日、ホラークは隣人に「おめでとう」と言われる。妻が妊娠したことを告げたというのだ。慌てたホラークは妻を問いただすと、彼女は平然としてお腹に入れるためのクッションを夫に見せる。なんと、9ヶ月分のクッションを用意しているのだ。さらにエスカレートした偽装妊娠で、なんと本当につわりや陣痛まで起こす妻。言葉を失うホラークだったが、更に異常な事態が待ち受けていた。「オティーク」と名付けたその切り株は、今や生命を持ち、恐ろしい食欲であらゆるものを平らげてしまうのだった。ついには猫や人間まで食べてしまったオティークは、誰にも見つからないよう地下室に閉じ込められる。事の真相を理解していたのは、民話『オテサーネク』を読んでいた少女アルジュビェトカだけ。彼女はオティークの世話をしようと、ひとり地下室へ降りていく――。
映画『オテサーネク』は、チェコでは「桃太郎」並みにポピュラーだという民話を題材にした作品。子宝に恵まれない夫婦が我が子として育てる木の切り株が、底なしの食欲を発揮して次々に人々を飲み込みながら巨大に成長していく様を、幼い少女の視点を通して時にユーモラスに、時に残酷に描く。
監督のヤン・シュヴァンクマイエルは、クレイ・アニメやコマ撮り手法を多用したシュール&グロテスクな作風で日本でも熱狂的なファンを持つチェコの巨匠。『アリス』同様、実写を多用した本作ではアニメーションは控えめだが、悪趣味なまでにエロとグロを追究する姿は相変わらず。強烈だがどこかアートの香り漂う独特のシュヴァンクマイエル・ワールドを存分に楽しむことができ、かつ初めての人にもお勧めしやすい作品に仕上がっている。シュヴァンクマイエル作品に欠かせない存在だった今は亡き妻・エヴァの美術にも要注目!
サヴァイヴィング ライフ -夢は第二の人生-
PREZIT SVUJ ZIVOT
(2010年 チェコ 108分 ビスタ/SRD)
2012年1月14日から1月20日まで上映
■監督・脚本 ヤン・シュヴァンクマイエル
■撮影 ヤン・ルジチュカ/ユライ・ガルヴァーネック
■アニメーション マルティン・クブラーク/エヴァ・ヤコウプコヴァー/ヤロスラフ・ムラーゼック
■音響 イヴォ・シュパリ
■出演 ヴァーツラフ・ヘルシュス/クラーク・イソヴァー/ズザナ・クロネロヴァー/ダニエラ・バケロヴァー/エミーリア・ドシェコヴァー
■チェコ・ライオン賞最優秀アートディレクション賞受賞
エフジェンは、うだつのあがらない中年の勤め人だ。彼の楽しみといえば寝る事ぐらい。家に帰ると口うるさい妻の愚痴を聞かなければならない。ある日 彼は夢の中でエフジェニエという名の若く美しい女と出会う。彼女に誘われ、抱き合っていると彼女の息子ペトルにみつかり、気まずい思いをしてしまう。
夢の記憶が気になるエフジェンは、夢の操作法に関する本を探し、自分の意志で夢の世界に入っていく方法をみつける。誰にも邪魔されないよう小さなスタジオまで借りたエフジェンは、妻には会社に行くふりをして毎日夢の中へ出かけ、エフジェニエに会うのだった。だがある日、エフジェニエの夫でペトルの父であると主張する自分にそっくりなミランという若い男が現れる――。
シュルレアリスム(超現実主義)は、人間の精神世界に目を向け、心理学や精神分析の影響を受けながら心の奥にある不可解な“何か”に想像の源泉を見出そうとした20世紀最大の芸術運動である。詩人のアンドレ・ブルトンを理論的指導者とし、ダリ、キリコ、マグリットら先鋭的な芸術家たちが世界中に衝撃を与える作品を生み出した。その中で、当時最先端のメディアであった映画を用いた映像表現を確率したのが、今年77歳になるアートアニメーションの巨匠、ヤン・シュヴァンクマイエルである。
フィルムのひとコマひとコマに執着するパラノイア的な創作姿勢や実写と写真をたくみに組み合わせたカットアウトアニメで、デジタル技術によるCGや3D映画をはるかに凌駕する映像作品を作り出すマエストロ、シュヴァンクマイエルは、映画の王道をいく作家。アルフレッド・ヒッチコックさながらに本人が登場し、自虐的なコメントを述べ、人を喰ったオープニングで始まる本作は、メタモルフォーゼ、夢の具象化、エロスとタナトス、胎内回帰願望等、シュヴァンクマイエルが繰り返し表現してきたモチーフを随所に散りばめ、老境にさしかかった作家が“人の一生”をシニカルに見つめた作品でもある。「サヴァイヴィング ライフ」と名づけられたこの映画は、夢をみることが生きていく支えになるという彼からのメッセージ。映像の錬金術師は、21世紀もアートの最前線にいます。