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■イエジー・スコリモフスキ

1938年5月5日ポーランド、ウッチ生まれ。
建築家の父スタニスワフは、第二次世界大戦中ユダヤ人の妻の一家を守るためレジスタンスに身を投じるが、ナチスに処刑されてしまう。学生時代は問題児となるも、大学では民俗学、歴史、文学を専攻し、ボクシングにも興じる。一方、ジャズにも魅せられ、クシシュトフ・コメダと知り合い、彼の紹介で俳優ズビグニェフ・ツィブルスキと出会い、更にアンジェイ・ムンク、ロマン・ポランスキーとも出会った。

また、詩集、短編小説、戯曲などを意欲的に発表し、アンジェイ・ワイダが注目し、彼が監督した「灰とダイヤモンド」('58)の原作者が書いた台本を見せられるが、それに興味を持たず、その代わりに「夜の終わりに」('60)を共同執筆すると共にボクサー役で登場。この後、監督をめざしてウッチ国立映画大学に入学して、次々と短編を監督し、62年にはポランスキーの長編デビュー作「水の中のナイフ」で台詞を執筆。そしてムンクの指導のもと自らの主演で完成させた長編監督第1作「身分証明書」('64)で評判となり、65年アーンヘム映画祭グランプリを受賞。

その後、同作のキャラクターを主人公にした「不戦勝」('65)、「手を挙げろ!」('67)を監督・出演すると共に、ベルガモ映画祭グランプリとなった「バリエラ」('66)で評判となるも、「手を挙げろ!」でのスターリン批判で上映禁止処分となり、これにより国を離れてベルギーを舞台にジャン=ピエール・レオー主演「出発」('67)を監督。以後、チェコスロバキアでオムニバス「Dialogue」('68)の1編を手掛け、イタリアロケでコナン・ドイル原作による英国映画「勇将ジェラールの冒険」('70)、ジョン・モルダー=ブラウン主演でカルト的人気となった「早春」('71)、ナボコフ原作「キング、クイーンそしてジャック」('72)などを意欲的に撮るが、続く「ザ・シャウト/さまよえる幻響」('78)で難航しブランクが生じ、その間久しぶりにポーランド映画の脚本と出演にも参加した。

81年にはフォルカー・シュレンドルフの「偽造」に俳優として出演、役者としても広く認知されるようになると共に、英国に移りロンドンで暮らすポーランド人不法労働者を描いたジェレミー・アイアンズ主演「不法労働」('82)を監督する。「連帯」事件により帰国が不可能な状態となり、英国に留まりマイケル・ヨーク出演「成功は最高の復讐」('84)、クラウス・マリア・ブランダウアー主演「ライトシップ」('85)を監督。ロシア・ダンサーの軟禁と亡命を描いた大ヒット作「ホワイトナイツ 白夜」('85)では当局側の役人を見事に演じて役者としての存在感もアピール。以来、ロバート・マンテルの「ビッグショット」('87)、ティム・バートンの「マーズ・アタック!」('97)、ミカ・カウリスマキの「GO!GO!L.A.」('98)、ジュリアン・シュナーベルの「夜になるまえに」('00)、デイヴィッド・クローネンバーグの「イースタン・プロミス」('07)にも登場。

ツルゲーネフ原作「春の水」('89)、ゴンブローヴィチ原作「フェルディドゥルケ」の映画化「30 ドア 鍵」('91)という監督作が興行的な成功を収めることが出来ず、監督業から遠ざかると共に、80年代半ばより、アメリカの大学で講師としても活動しながら、画家として活動。その後、幾つかの映画の企画が頓挫、中断するなか、日本のニュースを読んでヒントにした「アンナと過ごした4日間」で17年ぶりに監督復帰。これで世界的に注目されて数々の映画賞を受賞し、日本公開でも絶賛された。この後、俳優としてポーランドのTVシリーズに役者として出演。2010年はヴィンセント・ギャロ主演で「エッセンシャル・キリング」に取り組み、ヴェネチア映画祭でも絶賛され二冠に輝き、続くマル・デル・プラタ映画祭でも三冠となるなど、数々の栄誉に輝いた。

filmography

・夜の終りに(1961)脚本
・水の中のナイフ(1962)脚本
・身分証明書(1964)監督/脚本/出演
・不戦勝(1965)監督/脚本/出演
・バリエラ(1966)監督/脚本
・出発(1967)監督/脚本
・手を挙げろ!(1967/1985)監督/脚本/出演
・Dialogue 20-40-60(1968)監督/脚本
・勇将ジェラールの冒険(1969)監督
・早春(1970)監督/脚本
・キング、クイーンそしてジャック(1972)監督
・ザ・シャウト/さまよえる幻響(1978)監督/脚本
・不法労働(1982)監督/脚本
・成功は最高の復讐(1984)監督/脚本
・ライトシップ(1985)監督
・春の水(1989)監督/脚本
・30 ドア 鍵(1991)監督/脚本
・ホワイトナイツ/白夜(1985)出演
・ヴィクトリア(1985)脚本
・ビッグ・ショット(1987)出演
・マーズ・アタック!(1996)出演
・GO!GO!L.A.(1998)出演
・イースタン・プロミス(2007)出演
・アンナと過ごした4日間(2008)監督/脚本/製作
・エッセンシャル・キリング(2010)監督/脚本/製作


“伝説の監督”、“幻の巨匠”、“謎の映像作家”
ポーランドの鬼才、イエジー・スコリモフスキ。彼の数々の呼び名は、真っ黒いサングラスに眉間の深い横皺をたたえた、ややインパクトのありすぎる風貌に負けじと怪しげだ。

そもそも彼が伝説とか、幻とか言われるのにはわけがある。スコリモフスキの長編第一作目は、監督・脚本・主演をこなした64年の『身分証明書』。ポーランドの他の巨匠たちとさほど変わらない時期にデビューし、監督人生は順風満帆かと思われたが、67年の『手を挙げろ』でスターリン批判をしたことから、共産党独裁だった当時のポーランドで、上映禁止のレッテルを貼られてしまう。

祖国で映画が撮れなくなってしまったスコリモフスキは外国に渡ったが、金儲け主義の業界に嫌気が差し、85年の『ライトシップ』以降監督業をすっぱりやめてしまった。そしてなんと突然、画家になったのだ。画家だけではない、彼には色々な顔がある。ジャズドラマー、ボクサー、そして近年は個性派俳優としても活躍している。こうした意表を突く経歴が、彼を”謎”と呼ばせる一つの所以だ。

さて、今週上映する2本は、そんなスコリモフスキが実に17年ぶりに、しかも祖国ポーランドに戻って創り上げた作品『アンナと過ごした4日間』と、それからわずか2年での公開となった『エッセンシャル・キリング』である。

17年という月日は決して短くない。けれどスコリモフスキは映画作りを、“一度覚えたら二度と忘れることはない、自転車に乗るようなもの”とさらりと言う。そして言葉通り、17年という沈黙をものともしない、軽やかとも言えるほどの華麗なる復活をしてみせた。

『アンナと過ごした4日間』はあまりに哀れな恋する中年男、『エッセンシャル・キリング』は敵から逃げまくるテロリストが主人公。ともすると、かなり不気味な変質的ストーカーと、自らの信じるもののため捨て身で生きる戦士の話になりそうだ。が、決してそんなことにはならないのがスコリモフスキ流。

恋する中年男は恋する中年男だし、逃げまくるテロリストは逃げまくるテロリスト。限りなくシンプルなテーマで勝負をしかけてくる。背景の歴史とか、政治的問題とか、そんな情報はたいして必要ではない。

そう、スコリモフスキの映画は果てしなく純粋で、潔い。無駄なものは削ぎ落とし、ひたすら本質を見つめている。ゆえに極めて職人的で、紛れも無い芸術作品なのである。(ファンキーなロベール・ブレッソンと呼んだら映画ファンの皆さまに怒られるでしょうか…。)

ともあれ、この純文学のような美しい二つの新作をまずはご覧ください。
そして描かれる孤独な男たちの彷徨に、心ゆくまで酔いしれましょう。


アンナと過ごした4日間
Cztery noce z Anna
(2008年 フランス・ポーランド 94分 ビスタ/SRD)
2012年1月21日から1月27日まで上映
■監督・脚本・製作 イエジー・スコリモフスキ
■製作 パウロ・ブランコ
■脚本 エヴァ・ピャスコフスカ
■撮影 アダム・シコラ
■音楽 ミハウ・ロレンツ

■出演 アルトゥル・ステランコ/キンガ・プレイス/イエジー・フェドロヴィチ/バルバラ・コウォジェイスカ

■第21回東京国際映画祭審査員特別賞受賞/カンヌ映画祭監督週間オープニング作品

愛、愛、愛、
すべては、愛ゆえに。

picポーランドの地方都市。人影もまばらで、雲が重くたちこめたこの町に住む男レオンは、病院の火葬場で働きながら年老いた祖母と2人で暮らしている。彼は、病院の若い看護師アンナに恋をしている。レオンの家からはアンナの部屋がよく見えるので、夜になると双眼鏡で彼女の部屋を覗くことがレオンの日課だ。

やがて病院をリストラされ、祖母も亡くなって1人になってしまったレオンは、大胆な行動に出る。アンナが就寝前に飲むお茶の砂糖にこっそり睡眠薬をいれ、彼女が熟睡している間に部屋に忍び込むのだ。アンナの服のボタンのほつれを直し、足指にペディキュアを塗ってみたり…。孤独で不器用だが、心優しい中年男レオンの想いはアンナに届くのだろうか?

レオンが購入する大斧、川に流れる牛の死体、切断された人間の腕…冒頭から"いかにも"がわんさか出てくる。これは恐ろしい物語が始まるとぞくっとする一方で、あまりに直接的な小道具の数々に思わず笑いがこぼれてしまう。そして画面の隅々から聴こえる、音。奇怪だが妙に心地良い音響は、どこかもよくわかならいポーランドの寂れた街の画に妙に溶け合っている。

レオンのアンナに対する恋心は、ひたすら一途だ。自宅の小さな窓からアンナの生活を覗く、一見ただの変質者であるこの主人公を、いつしか私たちは愛おしく感じるようになってゆく。祖母の形見のアコーディオンを夜中に一人爪弾くこの男に、同情せずにはいられないだろう。

極端に省略されたセリフ、絵画的な映像美で完璧に構築されたこの映画は、スコリモフスキ監督の詩的感性が遺憾なく発揮され、彼がいまだ映画界の最前線にいることを内外にしらしめた。


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エッセンシャル・キリング
ESSENTIAL KILLING
(2010年 ポーランド/ノルウェー/アイルランド/ハンガリー 83分 ビスタ/SRD)
2012年1月21日から1月27日まで上映
■監督・脚本・製作 イエジー・スコリモフスキ
■プロデューサー ジェレミー・トーマス
■撮影 アダム・シコラ
■音楽 パヴェウ・ミキェティン

■出演 ヴィンセント・ギャロ/エマニュエル・セニエ

■ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞・最優秀男優賞/東京国際映画祭審査員特別賞/マル・デル・プラタ国際映画祭グランプリ・主演男優賞/アルゼンチン撮影監督協会最優秀作品賞

逃げろ!逃げろ!!逃げろ!!!
セリフなし、83分逃げまくる男をひたすら描いた
怒涛のノンストップ・アクション!!

picアフガニスタンの荒涼とした大地。上空を米軍のヘリコプターが飛行し、地上ではアメリカ兵が偵察活動を行っている。ムハンマドはひとり洞窟の影にひそんでいた。彼は手にもったバズーカでアメリカ兵を吹き飛ばす。逃げるムハンマドにヘリコプターは容赦なく攻撃をしかけ、ついに彼は捕虜として収容所に連行されてしまう。しかし、別の場所に護走車で移送される途中、思わぬアクシデントによって逃亡に成功。森に逃げ込むムハンマド。上空にはヘリが旋回し、追手はすぐそこまで迫っている。雪に閉ざされたどこまでも続く深い森の中、彼はどこに向かうのか――。

picなんといっても、テロリストの主人公ムハンマドを演じているのが『バッファロー'66』で一世を風靡したあのヴィンセント・ギャロである。"アラブ人じゃないじゃん!"とつっこみを入れたくなるが、これがまぁ彼以外にいないと思わせるほどのはまり役だ。そもそもスコリモフスキは、ムハンマドから言葉を奪っている。よって、明確には彼が何人なのかもわからないのだ。

"わからない"――この映画の肝である。まず、舞台がどこなのかよくわからない。場所も、時も、人も、全部が不透明だ。そしてムハンマド自身、自分がどこに行けばいいのかわかっていない。ただただ、人間という名の動物となって逃げ続ける。そして生きる為だけのために、目の前の人を殺す。蟻を食べる。女の母乳を貪る。かなりショッキングだが、『アンナ〜』同様なぜか笑いがこみあげてくる。

長いブランクを経た復帰からわずか2作目で、ベネツィア国際映画祭で2冠の座に輝いた本作。スコリモフスキの自宅の近所でCIAの極秘作戦が展開されたという、嘘のような本当の話が映画を作るきっかけとなったのだという。そして監督いわく、スタローンの『ランボー』とアンドレイ・タルコフスキーの映画を足して割ったような作品、らしい。(すごい例えだが、なんだかわかる気がするのがさらにすごい…。)極限状態のギャロ×大自然という、史上最高のパフォーマンスで見せる、いまだかつてないサバイバル・アクションは、とにかく必見だ。

(パズー)


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