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愛とはなによりもまず、沈黙のなかで耳を傾けることである
               アントワーヌ・ド・サン=テグジュベリ 「城砦」より 

今週の上映は『サラの鍵』『灼熱の魂』
大きな事件。そしてそこに隠れた小さな物語。
戦争や紛争といった人類の歴史の影で、苛酷な境遇を背負って生きた人々。
その個々の運命に光を当てた両作を“語られざる真実”と題してお送りします。

サラとジュリア(『サラの鍵』)。ナワルとジャンヌ(『灼熱の魂』)。
女性は強い。両作は、改めてそう思えるような過去/現在の2人のヒロインが、
それぞれの作品で、闇夜の中の月光のように、強く柔らかな輝きを放っている。

『サラの鍵』の女性ジャーナリストのジュリア。
彼女には、家族があり、やりがいのある職もある。
傍目から見ればそれは“幸福”と言える生活だろう。

しかし、夫の祖父母から譲り受けたアパートの、
そのかつての住人は、アウシュヴィッツに送られたユダヤ人の家族だった。
納戸の鍵、行方を絶ったサラという少女…。
秘密に満ちた空白が至る所にあることに気付くジュリア。
ジュリアは45歳にして待望の第二子を身ごもって(夫の思わぬ反対に失望するも)喜び、
謎の真相を突き止めようとする。その彼女の深く澄んだ眼差しはとても素敵だ。

『灼熱の魂』は双子の姉弟ジャンヌとシモンの母、ナワル・マルワンの死から物語が始まる。
公証人が読み上げる謎めいた母の遺言。
その内容は死んだはずの父と、存在すら知らなかった兄を
探し出し、手紙を渡すことだった。

「イカれてる!」
弟のシモンは、母の約束を守る事をためらっている。
生前の母は、子供たちにさえ心を開かず、寡黙に生きた人だった。
その姿は、二人の子供にとって決して理想の母親とは映らなかったかもしれない。
けれど、ジャンヌは母の真意を知るために、若き日の母の写真一枚を持って、母の祖国を訪ねる決意をする。
“母の真実”に傷つき涙しながら、なお前に進むジャンヌの芯ある優しさは、瑞々しく輝いている。

そして、語られることのなかった二人の女性の過去。

「すぐ帰るからね」
「いつか必ず捜しに来るわ」

サラは弟との、ナワルは子供との、それぞれが交わした再会の約束。
彼女たちはその約束を胸に、アウシュヴィッツの監獄で、あるいは紛争の最中で、
共に絶望的な状況の中、決して諦めることなく闘い抜いた。 
その光景は壮絶で、異様な緊張感を孕み、時に痛々しく無情だ。

戦争・紛争・虐殺・弾圧…。重ねて来た人間の狂気の歴史に目を覆いたくなってしまう。
だが他方で、信じられないような愛の深さが、路傍の花のように咲いていることに気付く。
全てを受け入れ、許し、包み込むような腹の底からの、強さ。それは諦めとは違う。

ジュリアとジャンヌがほんのわずかな囁きに耳を傾けたことから、
固く閉ざされた蕾は、2つの物語として花開いてゆく。
周囲の人々の沈黙と無理解と反発は、自己を、あるいは家族を、守るためだったのかもしれない。
それでもひた向きに、かそけき声を追った、彼女たちの強さに敬服したい。

「死で物語は終わらない」
2つの作品を観た今、このフレーズが頭から離れない。
花は枯れてしまうかもしれない。けれど、また新たな花が咲き誇るだろう。
これは私の祈りのようなものなのかもしれない。
だが2つの結末に直面したとき、確かにそう思ったのだ。

(ミスター)

灼熱の魂
INCENDIES
(2010年 カナダ/フランス 131分 PG12 ビスタ/SRD) pic
2012年7月14日から7月20日まで上映 ■監督・脚本 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
■原作(戯曲) ワジディ・ムアワッド
■撮影 アンドレ・トュルパン
■音楽 グレゴワール・エッツェル

■出演 ルブナ・アザバル/メリッサ・デゾルモー=プーラン/マキシム・ゴーデット/レミー・ジラール

■第84回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品/カナダ・アカデミー賞主要8部門受賞

■オフィシャルサイト http://www.shakunetsu-movie.com/

お母さん、
あなたが生き続けた
理由を教えてください。

pic初老の中東系カナダ人女性ナワル・マルワンは、ある日プールサイドで原因不明の放心状態に陥り、入院後しばらくして息絶える。彼女はこれまでずっと世間に背を向けるようにして生き、実の子である双子の姉弟ジャンヌとシモンにも心を開くことはなかった。そんなどこか普通とは違う母親であったナワルは、姉弟に謎めいた遺言と二通の手紙を遺していた。それはふたりが存在すら知らされていなかった兄と父親に宛てられたもの。遺言に導かれ、初めて母の祖国の地を踏んだ姉弟は母の数奇な人生と家族の宿命を探り当てていくことになる…。

カナダと中東を舞台に、時を超えて紡がれる
あまりにも恐ろしい秘密と、その残酷な真実。
そして、魂をも焼かれた母親の崇高な愛の物語。

pic日本を含め世界各国で上演されている、レバノン出身の劇作家ワジディ・ムアワッドの戯曲を、カナダの気鋭監督ドゥニ・ヴィルヌーヴが映画化した本作。カナダのアカデミー賞たるジニー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞など主要8部門を独占し、米国アカデミー賞の外国語映画賞にもノミネートされた。ダイナミックな映像と緻密に練られた脚本に加え、主演のルブナ・アザバルの傑出した演技も、作品に並々ならぬ迫真性を吹き込んでいる。

pic1970年代半ばのレバノン内戦に想を得ているストーリーは、民族や宗派間の抗争、社会と人間の不寛容がもたらす血塗られた歴史を背景に、その理不尽な暴力の渦中にのみ込まれていったヒロインの魂の旅を映像化している。過去と現在を行き来してあぶり出される物語は、あまりにも重い十字架を背負ったひとりの母親の肖像である。さながらギリシャ悲劇にも比肩しうる衝撃性と深みを宿し、胸を裂かれるほどの圧倒的なインパクトをもつ至高のヒューマン・ミステリーが 誕生した。


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サラの鍵
ELLE S'APPELAIT SARAH
(2010年 フランス 111分 シネスコ/SRD) 2012年7月14日から7月20日まで上映 ■監督・脚本 ジル・パケ=ブレネール
■脚本 セルジュ・ジョンクール
■原作 タチアナ・ド・ロネ「サラの鍵」(新潮クレスト・ブックス刊)
■撮影 パスカル・リダオ
■音楽 マックス・リヒター

■出演 クリスティン・スコット・トーマス/メリュジーヌ・マヤンス/ニエル・アレストリュプ/フレデリック・ピエロ/エイダン・クイン

■第23回東京国際映画祭最優秀監督賞・観客賞受賞

■オフィシャルサイト http://www.sara.gaga.ne.jp/

ただ、伝えたい。
決してあなたを忘れはしないと。

pic夫と娘とパリで暮らすアメリカ人女性記者ジュリアは、45歳で待望の妊娠を果たす。が、報告した夫から受けたのは思いもよらぬ反対だった。そんな人生の岐路に立った彼女は、ある取材で衝撃的な事実に出会う。夫の祖父母から譲り受けたアパートのかつての住人は、1942年のパリのユダヤ人迫害事件で、アウシュビッツに送られたユダヤ人家族だったのだ。さらにその一家の長女、10歳のサラが収容所から逃亡したことを知る。一斉検挙の朝、サラは弟を納戸に隠して鍵をかけた。すぐに戻れると信じて――。果たしてサラは弟を助けることができたのか?二人は今も生きているのか?

事件を紐解き、サラの足跡をたどる中、次々と明かされる秘密が、ジュリアを揺さぶり、人生さえも変えていく。そしてすべてが明かされた時、ジュリアが見出したひとすじの光とは――?

新たな人生を歩き出そうとする全ての人へ――
過去の悲しみと痛みを、未来の光に変える感動作。

pic原作はフランス在住の作家タチアナ・ド・ロネの小説。1942年にパリで起きた、ユダヤ人一斉検挙(ヴェルディヴ事件)の悲劇を描き、全世界で300万部突破、「ニューヨーク・タイムズ」紙のベストセラーリストに64週間入るベストセラーとなった。ハリウッドからもオファーが殺到した映画化権を獲得したのは、37歳の若手新鋭監督ジル・パケ=ブレネール。主演のジュリアには『イングリッシュ・ペイシェント』のクリスティン・スコット・トーマスが扮した。

綿密なリサーチに基づいた緊迫の映像で、ユダヤ人迫害の真実に迫りながらも、歴史ものではなく今を生きる私たちの物語として描き切った本作。原作者タチアナからの感謝の言葉を贈られたというブレネール監督は第23回東京国際映画祭で、最優秀監督賞と観客賞の二冠に輝いた。



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