ヴェルナー・ヘルツォーク監督の「アギーレ/神の怒り」と「フィツカラルド」は、
まるで子供が宝物を探しているかのようだ。
ここには何か貴重な宝が埋まっているに違いないとか、
この道を通ってここにテントを張ろうだとか、
ここは原住民がでるから要注意だとか、
どこからか拾ってきた宝の地図を大きく広げた子供が、今から冒険に出かけようとしている。
もちろん地図に記された宝も重要だが、なによりそこまでの道程が一番重要なんだ、とでも言いたそうだ。
この両作品の根底には幼いころに感じていた夢や希望に溢れているように思う。
それにもかかわらず、この両作品は照れてしまうような青臭さが一切ない。
筏での川下りが妄想していたよりどれだけ危険で、どれだけ命に関わってくるのか。
まるでドキュメンタリーを観ているかのような錯覚を覚えるほど真に迫る映像には、
宝の地図を握り締めた子供時代には見えなかった、過酷な現実があるばかりだ。
それでも引き返そうとはしない。
大人になった今でさえ、夢を追いかけてしまえるほど愚かであるに違いない。
しかしその愚かさこそが、現実と妄想を掛け合わせ、この狂気に満ちた事態を招きいれるのだ。
アギーレを取り囲む、大量に発生した子ザルと「フィツカラルド」の山を登る船は、
現実と妄想の境界線の映像だ。
どう考えても妄想の世界のお話としか思えないのに、
そこには現実としての説得力が備わってしまっている。
「これって本当に現実?」と疑問を持った瞬間に、
私たちの現実までもその異様な妄想に吸い込まれていってしまうのである。
フィツカラルド
FITZCARRALDO
(1981/1982年 西ドイツ・ペルー 157分 ビスタ/MONO)
2012年3月17日から3月23日まで上映
■製作・監督・脚本 ヴェルナー・ヘルツォーク
■製作 ルッキー・シュティペティック
■撮影 トーマス・マオホ
■音楽 ポポル・ヴー
■出演 クラウス・キンスキー/クラウディア・カルディナーレ/ホセ・レーゴイ/ポール・ピッチャー
■1982年カンヌ国際映画祭パルムドールノミネート・監督賞受賞/1982年英国アカデミー賞外国映画賞ノミネート
★製作から長い年月が経っているため、本編上映中お見苦しい箇所、お聞き苦しい箇所がございます。ご了承の上、ご鑑賞いただきますようお願いいたします。
19世紀末ブラジル・マナウス。アマゾンの奥地イキトスから、稀代のテナー、エンリコ・カルーソーのオペラ公演を聴きに来たアイルランド人フィツカラルドは、感激のあまりイキトスにもオペラハウスを建てようと決意する。もちろんそれには多額の資金が必要だった。フィツカラルドは当時ブームとなっていたゴム園経営で大金を稼ごうと画策する。しかし、条件のいい土地はすでに入手不可能で、のこされていたのは船で遡ることができない危険な奥地だけだった。
それでもフィツカラルドは諦めなかった。彼はそばに流れる別の川から遡り、船ごと山を越えようと思いつく。なんとか乗務員を集め、いよいよ船は出発した。途中の寄港地で、以前訪れた宣教師の一行が首狩り族の犠牲になったことを知る。そしてほどなくフィツカラルド一行の耳にも首狩り族らしい太鼓の音が聞こえてきた。乗務員の間に恐怖が走る。フィツカラルドはカルーソーのアリアを大きく響かせながら船を進ませるが…。
この作品の撮影は1977年、ペルーとエクアドルの国境付近でロケーションをスタートさせ、さまざまな紆余曲折を経て、4年後にやっと完成した。ジャングル地帯の過酷な自然、言葉のわからない数百人のインディオのエキストラたち、危険をともなう川下り…普通の撮影現場では想像もつかないようなトラブルが次々に起こり、撮影は困難を極めた。主役のフィツカラルド役には当初ジャック・ニコルソンが予定されていたが、撮影直前に降板。その後もウォーレン・オーツやジェーソン・ロバーツなどが起用されたがいずれもジャングルでの撮影に耐えきれず役を降り、最後には『アギーレ/神の怒り』のクラウス・キンスキーに辿り着いたのだった。
ミニチュアや特殊撮影などのゴマカシに頼らず、実際のジャングルで、熱帯材を伐採し山をくずし、アマゾンの上流から山の急斜面に数トンの巨船を引き揚げ反対側の川に下ろした驚愕の“船の山越え”は、映画史に名を残す名シーンである。謎と神秘に満ちたアマゾン河と、熱気あふれるジャングルの佇まい。そして、未開の地を己の意のままにしようとする男の狂気にも似た行動力を、壮大な一大エンターテインメントに仕上げた本作。欧米で公開されるや絶賛をあび、82年のカンヌ映画祭で監督賞を受賞、ヘルツォークの名を一躍世界的なものにした。
アギーレ/神の怒り
AGUIRRE, DER ZORN GOTTES
(1972年 西ドイツ 93分 スタンダード/MONO)
2012年3月17日から3月23日まで上映
■製作・監督・脚本 ヴェルナー・ヘルツォーク
■撮影 トーマス・マオホ
■音楽 ポポル・ヴー
■出演 クラウス・キンスキー/ヘレナ・ロホ/ルイ・グエッラ/セシリア・リヴェーラ
■1972年ベルギー映画批評家協会年間最優秀作品賞/1977年全米批評家協会賞撮影賞受賞/「タイム」誌が選ぶ<歴代映画100選>選出
1560年末、南米インディオの言い伝えにある黄金郷(エルドラド)を目指して、ピサロ総督指揮のスペイン人が、多くのインディオを奴隷として引き連れて、アマゾン奥地に進んでいた。だが、アンデス山脈の最後の峠を越えたところで、厳しい自然に阻まれ食料も底をついてしまう。総督は食料調達と情報収集のために分遣隊を出すことを決意する。その隊の副官に任命されたのが、ドン・ロペ・デ・アギーレであった。
一行は二艘の筏で川を下るが、一艘は渦に巻き込まれ全滅。更にもう一艘の筏も野営中に流されてしまう。陸路の本隊に戻るという総督の命令を無視して、水路突破を強行しようとするアギーレ。コルテスがメキシコでアステカの富を手中にしていたことを知っていた彼は、黄金郷への野望を諦められず、分遣隊隊長を拘束し、新たに作らせた筏を先に進ませる。だが、前途には熱病やインディオの襲撃など、予想もつかない困難が待ち受けていた…。
ヘルツォーク監督長編映画第6作であるこの作品は、ニュー・ジャーマン・シネマの金字塔といわれている。ピサロ率いるスペインの探検隊に同行した司祭ガステル・デ・カルバハルの手記を題材に作られた本作。未踏のジャングルで行われた実際の撮影も困難を極め、アマゾンを行軍する一行が運んでいたのは、重い撮影機材や自分たちの食糧だった。人の手による以外に輸送手段がなかったからだ。そのような厳しい自然条件で敢行された撮影は、画面に十分な緊迫感を出すのに成功。加えて言葉を失うほどのクラウス・キンスキーの狂演!!類まれなる個性を遺憾なく発揮している。権力や黄金への渇望が、キンスキー演じるアギーレを通して描かれ、鬱蒼と茂った処女林や果てしなく流れ続ける河は、せそれ自体が生命をもって画面を埋め尽くす。後年、「タイム誌」が選ぶ<歴代映画100選>の1本に選出された。