監督:ロバート・アルトマン
1925年、ミズーリ州カンザスシティー生まれ。ミズーリ大学を卒業後、第二次世界大戦では空軍パイロットとして従軍したが、ハリウッド近くの町に駐屯していたため映画業界に憧れを抱き、脚本を書き始めたといわれる。除隊後はミズーリでCMディレクターやラジオの脚本を書いていたが、50年代後半、ハリウッドで自主映画を製作。そのうちの1本『ジェームズ・ディーン物語』(57)が巨匠アルフレッド・ヒッチコックの目に留まり、TVドラマ「ヒッチコック劇場」「コンバット」の演出を任された。1963年には独立事務所を設立、68年には初の監督作品『宇宙大征服』を発表。
その後も精力的に作品を製作。メロドラマ風ギャング映画の『ボウイ&キーチ』(74)、フィルムノワールの『ロング・グッドバイ』(73)、伝記映画『ゴッホ』(90)、推理劇『ゴスフォード・パーク』(01)といったジャンルだけでなく、描かれる世界も『M★A★S★H』(70)の朝鮮戦争、『ナッシュビル』(75)のカントリー&ウェスタン、『ポパイ』(80)のコミック、『コール・フォア・ラブ』(85)の現代演劇、『ザ・プレイヤー』(92)のハリウッド、『ショート・カッツ』(94)の文学、『プレタポルテ』(94)のパリコレ、『ゴスフォード・パーク』(01)の貴族社会、『バレエ・カンパニー』(03)のバレエ、『今宵、フィツジェラルド劇場で』(06)のラジオなど、多彩な作品群を次々と生み出す。
70年の『M★A★S★H』でカンヌのグランプリ、93年の『ショート・カッツ』ではヴェネチア国際映画祭金獅子賞、『ビッグ・アメリカン』でベルリン国際映画祭金熊賞と世界の三大映画祭で最高賞を獲得。米アカデミー賞では監督賞史上最多の5度のノミネートに輝くが、惜しくもオスカー受賞はかなわなかった。
2006年、米アカデミー名誉賞を受賞。同年11月、がんによる合併症で死去。
・ジェイムス・ディーン物語(57)監督/製作/編集
・コンバット(62〜67)<TV>監督/脚本/製作
・宇宙大征服(68)監督
・雨にぬれた舗道 (69)監督
・M★A★S★H マッシュ(70)監督
・バード★シット(70)監督
・ギャンブラー(71)監督/脚本
・ロバート・アルトマンのイメージズ(72)<未>監督/脚本
・ロング・グッドバイ(73)監督
・ボウイ&キーチ(74)監督/脚本
・ジャックポット(74)<未>監督/製作
・ナッシュビル(75)監督/製作
・ビッグ・アメリカン(76)監督/脚本/製作
・ロサンゼルス・それぞれの愛(76)<未>製作
・三人の女 (77)監督/脚本/製作
・レイト・ショー(77)<未>製作
・クィンテット(77)<未>監督/脚本/原案/製作
・ウエディング(78)監督/脚本/原案/製作
・無邪気な子供たち(79)<未>製作総指揮
・パーフェクト・カップル/おかしな大恋愛(79)<未>監督/脚本/製作
・ポパイ(80)監督
・ロバート・アルトマンのヘルス(80)<未>監督/脚本/製作
・エンドレス・ラブ(81)出演
・わが心のジミー・ディーン(82)<未>監督
・ストリーマーズ/若き兵士たちの物語(83)監督/製作
・名誉ある撤退〜ニクソンの夜〜(84)<未>監督/製作
・フール・フォア・ラブ(85)監督
・突撃!O・Cとスティッグス/お笑い黙示録(85)<未>監督/製作
・ニューヨーカーの青い鳥(86)監督/脚本
・アリア(87)監督/脚本
・ベースメント(87)<未>監督
・軍事法廷/駆逐艦ケイン号の叛乱(88)<TVM>監督/製作
・ゴッホ(90)監督
・ザ・プレイヤー(92)監督
・ショート・カッツ(93)監督/脚本
・プレタポルテ (94)監督/脚本/製作
・ミセス・パーカー/ジャズエイジの華(94)製作
・カンザス・シティ(96)監督/脚本/製作
・ロバート・アルトマンのジャズ(96)<未>監督/製作
・相続人(97)監督
・アフターグロウ(97)製作
・GUN/焔と弾道(97)<TVM>監督
・GUN/影と照準(97)<TVM>製作総指揮
・GUN/灰と弾丸(97)<TVM>製作総指揮
・クッキー・フォーチュン(99)監督/製作
・Dr.Tと女たち(00)監督/製作
・ザッツ・ハリウッド 時を駆け抜けた名作たち(00)<TVM>出演
・ゴスフォード・パーク(01)監督/原案/製作
・ヒストリー・スルー・ザ・レンズ/M★A★S★H(01)<TVM>出演
・バレエ・カンパニー(03)監督/製作
・アメリカン・ニューシネマ 反逆と再生のハリウッド史(03)<未>出演
・今宵、フィッツジェラルド劇場で(06)監督
ロバート・アルトマン。
その顔に刻まれた皺を、鋭い眼光を、人を遠ざけそうなその表情のことを想像する。
アルトマンの映画を観たことある人ならば誰もが思い浮かべるだろう。彼が徹底してアイロニカルな視点を持ち、またそれに捕まりきれないユニークな発想で、するりするりと文脈をかわしながら音を増し、走り去る。そんな人を煙に巻くような映画をつくりながら、なお「映画作りは飽きない」と語る彼が何を愛し、どこを目指していたのか。
2006年にロバート・アルトマンが亡くなるまで、アメリカ"20世紀最後の巨匠"として、アンチ・ハリウッド、孤高の狼として最晩年には多くの人に愛された(2005年にはアカデミー名誉賞を受賞した)かもしれない。しかし彼はその輝かしい功績ほどには、本国で評価を受けたわけではなかった。
すでにヨーロッパで高い評価(なんとベルリン、カンヌ、ヴェネチア、三大国際映画祭最高賞をすべて制覇!)を受けていたアルトマンだったが、それが最高の喜びではなかったであろうことは想像するに難くない。
あまりにもアメリカ的なアルトマン映画のヴィジュアル。
派手な衣装や登場人物、ショービジネスの世界の華やかさは、かつてアメリカン・ドリームと謳われたあのアメリカの栄華をそのままに誇っているかのように見える。
しかしその夢の衣は、すぐにアルトマン自身の手で剥ぎ取られる。華やかさは解体され、蠢く欲望と政治は剥き出しにされるだろう。そこは劇場の幕一枚向こう側で繰り広げられる、雑多なワンダフルワールド。誰もかれもが宙づりの現実に変えられた夢を見る、まるで大きな事故が起こったあとのようだった。何もない。ナンセンスの極地。風船が割れたあとの公園に響くような叙情だけ。
アメリカの戦場、朝鮮で、ベトナムで、開拓時代を終えた西部、アメリカン・コミックのなかで。カリフォルニア、ハリウッド映画界の内幕で、ナッシュビルのコンサートホールで。ヒューストンのアストロドームの地下で空を夢見る青年、彼の故郷ミズーリ州カンザスシティ。ニュー・メキシコの砂漠のなか、ニューヨークの、フランス、イギリス、世界の至るところで彼の映画は撮られた。
しかし彼が本当の意味でアメリカから離れたことはない。
アメリカ批判を繰り返しながらも、アルトマンが愛した風景はすべてアメリカのものだった。憧れのアメリカ。正義の国。しかし鏡に映したアメリカは華やかな夢でも正義でもなく、ポカンと口を開けた、だだっ広い荒野だった。アルトマンはそこに夢を見た。
…そう書こうとしたところで、私の想像もふいに立ち止まり消える。
もうこれ以上進めることはできない。なぜならこれもわたしの夢かもしれない。
アルトマンはもうこの世を去ったのだ。
(ぽっけ)
バード★シット
BREWSTER McCLOUD
(1970年 アメリカ 105分 シネスコ/MONO)
2012年4月7日から4月13日まで上映
■監督 ロバート・アルトマン
■脚本 ドーラン・ウィリアム・キャノン
■撮影 ラマー・ボーレン/ジョーダン・クローネンウェス
■音楽 ジーン・ペイジ
■出演 バッド・コート/サリー・ケラーマン/シェリー・デュヴァル/マイケル・マーフィ/ステーシー・キーチ/ウィリアム・ウィンダム
アメリカ南部テキサスのヒューストン。ここの名物は完成したばかりのアストロドーム(屋内野球場)だ。このドームの地下の片隅にブルースター・マクラウドはこっそり住んでいた。彼は自分の力で鳥のように空を飛ぶため、翼のついた装置を開発し、トレーニングで体を鍛えている。彼を支えているのは食料調達係のホープという少女と、翼をもがれた背中を持つ謎の守護天使ルイーズ。2人は彼の夢の実現に欠かせない女友達だ。
ブルースターは、人類最初の飛行で知られるライト兄弟の兄アブラハムの運転手を務めているが、彼は意外にも守銭奴の差別主義者だった。あちこちでお金を取り立てては女の尻を触り、品のない行為を繰り返していた。しかしそんなある日、アブラハムが死体で発見される。ヒューストンの政治家ウィークスは腕利き刑事を雇って殺人事件の捜査に乗り出すが…。いっぽう、ブルースターはアストロドームの案内係スザンヌと出会い、その頃から彼の夢は大きな翼となってエスカレートしていくのだった――。
いつの日か鳥のように自由に空を飛ぶことを夢見る少年を主人公に、人間社会の常識と日常の愚かしさをことごとくパロディ化した本作。この映画のなかではあらゆる社会通念が風刺の対象となり、そのアイロニーはさらにバカバカしくもナンセンスな演出で徹底的にやり込められる。まさにロバート・アルトマン監督の真骨頂といったブラック・ユーモア満載の作品であり、アルトマン自身、1976年のプレイボーイ誌のインタビューで「この時期の一番のお気に入り」と応えている。
人類史上初めて空を飛んだアメリカの英雄(ライト兄弟)は、クリスマス・キャロルのスクルージも真っ青な守銭奴と化して品位のない姿をさらし、警官は平気でカツアゲをする。サンフランシスコからやって来たスタイリッシュでハードボイルドな刑事は姿形に似合わず間抜けなドジを踏まされ、女たちは貞操観念も乏しく裸になって少年に迫る…。強烈な風刺、そして狂気と笑い。世界的な大ヒットとなった『M★A★S★H』の勢いにのって、アルトマンが創意と想像力を思う存分に爆発させ作り上げた作品といえるだろう。
ナッシュビル
NASHVILLE
(1975年 アメリカ 160分 シネスコ/SR)
2012年4月7日から4月13日まで上映
■製作・監督 ロバート・アルトマン
■脚本 ジョーン・テユークスベリー
■撮影 ポール・ローマン
■音楽編曲・監修 リチャード・バスキン
■出演(ABC順) デビッド・アーキン/バーバラ・バックスリー/ネッド・ビーティ/カレン・ブラック/ロニー・ブレークリー/ティモシー・ブラウン/キース・キャラダイン/ジェラルディン・チャップリン/ロバート・ドキ/シェリー・デュヴァル/アレン・ガーフィールド/ヘンリー・ギブソン/スコット・グレン/ジェフ・ゴールドブラム/バーバラ・ハリス/デビッド・ヘイワード/マイケル・マーフィ/アラン・ニコルズ/デイブ・ピール/クリスチナ・レインズ/バート・レムゼン/リリー・トムリン/グエン・ウェルズ/キーナン・ウィン And エリオット・グールド/ジュリー・クリスティ
■ニューヨーク映画批評家協会賞作品賞・監督賞/全米映画批評家協会賞作品賞・監督賞/ナショナル・ボード・オブ・レヴュー作品賞・監督賞/アカデミー賞主題歌賞「アイム・イージー」
アメリカで最も保守的な土地柄で知られるカントリー&ウェスタンの聖地、テネシー州の首都ナッシュビル。今日もガレージからハル・ウォーカー大統領候補のキャンペーン・カーがメイン・ストリートへ走り出し、音楽スタジオではナッシュビルの大スター、ヘブン・ハミルトンがレコーディングの最中だ。オープリーという有名なフェスティバルを5日後に控えたナッシュビルの街は、ミュージシャンとしての成功を夢見るたくさんの男女や、オープリーに出演するため帰ってきた地元出身のシンガー、取材に来たレポーター、家出してきた青年など、さまざまな人々が全米から集まってくる。総勢24人の登場人物たちは、それぞれの思いを抱えながら、次第に騒々しくなってゆくナッシュビルでの数日間を過ごすのだが…。
カンヌ・ベネチア・ベルリンの世界三大映画祭を制し、“20世紀最後の巨匠”とも称されたロバート・アルトマンが、黄金期ともいえる70年代中盤に製作した幻の傑作『ナッシュビル』。遺作となった『今宵、フィッツジェラルド劇場で』や『カンザスシティ』に先立つ、アルトマンの音楽ドラマの原点といえる。24人ものオールスター・キャスト、カントリーミュージックという音楽の力、「グランド・ホテル形式」でありながらそれぞれのエピソードがクライマックスへと結実する驚くべきスタイル、ドラマの中で描かれるアメリカの政治への風刺など、全編にアルトマン節が炸裂している。
撮影はナッシュビルで10週間にわたって行われ、その間スタッフ・キャストは全員同じモーテルに泊まり、ほとんどの時間を一緒に過ごすというアルトマンのいつもの撮影スタイルで行われた。この独特のアルトマン・スタイルによって生まれるドキュメンタルな作品の魅力が、ギャラに関係なく、俳優達が彼の映画に出演を渇望する所以である。(本作の主演俳優たちのギャラは一律1000ドル前後だったといわれる。)映画の全編を彩るカントリー&ウェスタンの歌のほとんどは、カレン・ブラック、キース・キャラダインをはじめとする主演俳優自身が作詞作曲したもので、キースの歌った「アイム・イージー」はアカデミー賞最優秀歌曲賞を受賞した。