西アジアの南東部に位置し、北はカスピ海、南はペルシャ湾の海域に面した国。イスラム教シーア派が人口の9割を占める。
●首都 テヘラン
●公用語 ペルシャ語
●面積 1,648,195km2(日本の約4.4倍)
●人口 約7200万人(09年)
★若者の国、イラン
イランは世界的にも若年層の人口比率が高く、人口の約7割を30歳未満が占めている。男女共に教育の質は高く、大学生の女性比率は65%を超えている。識字率は90%を超え、これは地方でも変わらない。
★IT技術・欧米文化の浸透
IT技術の普及が急速に進んでおり、若者の間にはインターネット、携帯電話、衛星テレビなどが日常生活に浸透している。特にフェイスブックやツイッターなどは男女間の交流にもよく使われている。イランではテレビ、ラジオ、新聞などは全て検問が入り、ニュースの内容も全て政府よりであるため、人々にとって真実の内容を手に入れる唯一の場がネット空間になっている。
★ヘジャーブ
イスラムの教えでは、女性は親族以外の男性の前で肌や髪の毛を見せてはいけない。またイランでは、女性は外国人も含め、外出時には必ず髪や体の線を隠すことが法律で義務付けられている。一般にムスリム女性が頭部を覆う布類の総称を「ヘジャーブ」という。ただし、都市部の若い女性たちはカラフルなブランド物のスカーフなどで体裁程度に髪を隠し、前髪をスカーフの下で持ち上げたり、染めたり、いろいろとチャレンジしている。
★息苦しさを抱える国民、新政権下の厳しい検問
09年6月、大統領に再選したマフムード・アフマディネジャド大統領の不正開票疑惑を講義するデモが世界的なニュースとなった。このような大衆行動はイランでは珍しくなく、街頭に出る若者の大半は知識階級や中流階級以上のどちらかといえば西欧的民主主義を求める国民であり、法学者(聖職者)の統治やイスラム体制そのものに反感を募らせている。最近でもアフマディネジャド大統領政権下で『オフサイド・ガールズ』のジャファル・パナヒ監督が拘束、アーティストらが厳しい検問を受けたりするなど時代を逆行するような動きも見られ、息苦しさが蔓延している。
★男女交際と結婚
イランでは大学から男女共学となるが、それまでの教育課程では男女別学である。90年代では婚約をしていない未婚の男女が公の場で交際・デートすることは禁止されていた。仕事上であっても男女が公衆の面前で握手をすることも禁止であった。
しかし改革と自由を公約としたハータミー政権(97〜05年)が未婚の男女への取り締まりを緩和したため、現政権下でも取り締まりや処分はかなり減少した。最近では都市部の街中で未婚の男女が仲良く歩いていたり、また婚約者同士や夫婦らしきカップルが手をつないでいることもある。
イスラム社会において、結婚は神が命じたことであり、人間として生まれたものは必ず結婚しなくてはならないと考えられている。婚姻は契約制で、男性は結婚や離婚の際に女性にいくら支払うか、全て契約書に書かれる。離婚とは夫が妻に対して有している権利であり、妻が夫に離縁を要求した場合は、保証金は支払われない。
★イランでも“婚活”
「結婚は道徳的義務」という価値観が一般的なイランだが、近年、女性の社会進出もあって晩婚化や離婚率が上昇(4組に1組が離婚)している。これに対し、政府が若者を対象に結婚に関するオンライン授業を開始するなど、ユニークな試みが行われている。また、国営企業が独身の従業員らに対し、期限を設けてそれまでに結婚しなければ解雇すると通告するなど、政府は若者の“婚活”に苦心している。
★家庭の中での女性
イスラム教は男性中心の宗教であるといわれるように、イスラム家庭法では女性の立場や地位をつねに男性の保護下にあるものと規定している。しかし女性は結婚し母親になると、俄然大きな力を発揮する。特に跡継ぎとなる男児を生むと母親の地位は一挙に頂点にまで上がる。娘の頃は父親や兄弟の庇護下で大人しく過ごしてきた女性も、母親になると心身ともにたくましく大変身を遂げる場合が多い。
ソマリアは、東アフリカのアフリカの角と呼ばれる地域を領域とする国家。ジブチ、エチオピア、ケニアと国境を接し、インド洋とアデン湾に面する。イスラム教スンナ派が人口の9割を占める。
●首都 モガディシュ
●公用語 ソマリ語 アラビア語
●面積 637,657km2
●人口 913万人(08年)
★宗教と人権
イスラム教が国教であり、国民の95%がムスリムである。サウジ・イエメン・イラン・アフガニスタンなどと同様ブラジャーを着用した女性に対し公開鞭打ちが執行されていた。 9歳くらいでも婚約が認められる。
★政治・経済
91年勃発の内戦により国土は分断され、事実上の無政府状態が続き、依然として内戦状態が続いている。現在は人口の40%以上に当たる約320万人が人道援助に依拠し、約140万人が国内避難民、約59万人が近隣諸国に難民として生活している。世界最貧国の一つで、平和基金会が発表した失敗国家ランキングでは3年連続で第1位に位置している。 主産業はバナナを中心とする農業、ラクダ(飼育数世界1位)・羊・ヤギなどの畜産業。畜産業の経済に占める比率はGDPの40%、輸出収入の65%に達する。また、ソマリア周辺海域は海賊行為が頻発しており、1隻あたり100万ドルといわれる海賊業も主要な外貨獲得源になっている。
★FGMについて
FGM(女性器切除/Female Genital Mutilation/Female Genital Cutting)または女子割礼(Female Circumcision)とは、主にアフリカを中心に行われる、女性虐待とされる批判のある慣習。思春期までの女児の外性器を切り取る、一部に傷をつける、また膣口を縫いつけて封鎖したりする社会的慣習で、現在もアフリカや中東などを中心に、イスラム圏、土着宗教、キリスト教徒においても行われている。欧米においては、この慣習の存在する地域から移民した人々の間においてもFGMが広く行われていることが昨今の調査で明らかになり、それに対して法的な規制を制定する国も増えてきている。
この慣習は貞操・純潔の象徴とされるが、出血や激烈な苦痛を伴うだけでなく、長期的にも排尿、性行為、出産時の痛み、感染症の危険、難産や不妊、トラウマといった弊害をもたらし、死に至る場合も少なくない。何らかの形でFGMを受けている女性は約1億〜1億4000万人とも言われ、現在も推計で毎年300万人の女児に切除が施されている。
★目的
・大人の女性への通過儀礼。
・結婚の条件。
・結婚まで純潔・処女性を保つ。
・女性の性欲をコントロールする。
・ソマリアでは、「女性は二本の足の間に悪い物をつけて生まれた」と言われており、陰部封鎖させる。
★方法
一般に土地の伝統的助産婦によって、剃刀やナイフ、鋭い石などが使われ、母親や親族の女性に押さえ付けられて行われる。 不衛生な状況下で麻酔や鎮痛剤無しで行われることが多いが、エジプトなどでは医療関係者が行っていることが分かり問題となった。
★国際的世論、廃絶へ向けて
国際社会において、特に1970年代頃から著しい女性虐待であるとして非難の声が強く上がっていた。『デザート・フラワー』で描かれたワリス・ディリーや、女性団体“La Palabre(ラ・パラーブル)”の運動等により、07年頃からアフリカの14の国々では法律上FGMを廃止するようになった。しかし今もなお、当事国や欧米のアフリカ男性からは「自国の文明を否定する」「伝統を守るべき」といった意見が根強く、なかなか廃絶を法制化できずにいる場合や、法制化されても実行されない場合が数多くある。 最近の動向では、西アフリカの指導者や、ケニアでは性器切除を禁止しているものの、その後まったく実効が上がっていない。
ワリス・ディリーは現在もFGM廃絶を訴える“デザート・フラワー・ファウンデーション”の活動を続けている。 「FGMは文化・伝統・宗教のいずれの側面も持ち合わせていません。それは正義を得ようとする犯罪なのです。」――ワリス・ディリー
私は彼女たちのことをよく知らない。
世の女性たちのこともそうだし、とりわけここ日本からは遠い国で生まれ、古来からの慣習や規律と、開かれようとしている時代の変化の狭間で引き裂かれそうになっている彼女たちのことを。
写真のモデルにスカウトされて、一躍有名になった女性。砂漠の花、ワリス・ディリー。“エリ”という愛称だけを残して、本名も、出生も、目的も、なにもわからないまま浜辺から突然消えた女性。彼女たちがヘジャーブと呼ばれるスカーフで蔽って(おおって)いたものは、一体何だろうか?
日本は世界にも珍しい無宗教国家だと言われる。冠婚葬祭・クリスマス(?)など、なにかの名残のようなものは一応はあっても(それも一層まとまりのないものなっている様子はあるが)、今でも信心深く守っている人がどれほどいるのか実状はよくわからない(この信心という言葉も元は仏教の言葉だ)。
もちろん、それによって結婚ができなくなったり、誰かと手をつなげなかったり、語り合うことや友達になることを禁じられることは今では少ない(というのが、現代の日本の若者の一般的な認識だろうと思う)。そんな現代日本人からすれば、この2本の映画の中で起こっていることは、おそらく「そんなこと」だけで驚きだろう。しかし日本が現在そうなったことさえ、歴史が語るようにかなり最近のことなのだ。
実際に、過去には結婚前や就職時に家柄を調べることや、女性の職場への進出、今でも、冤罪やセクシャルハラスメント、もっと表沙汰にならない各シーンで女性や特定の人たちが負わされる役割に至るまで、問題が問題として立ち上がってくるまで、無意識と無関心のなかに放りこまれていた数多くの不平等や不条理がある。私たちはそうやっていくつもの無意識や無関心を、文化と潮流という名の衣にして、肌に纏わせ、身に染みこませてきたのだ。
『彼女が消えた浜辺』で、エリはそんな無意識の匣(はこ)の役目を負っている。イラン映画で初めて観たヴァカンスの風景。気安く弾む会話。携帯電話に(日本製にもみえる)ワゴン車、そこかしこに横溢する自由の気配。時代が変わったのか、イスラムの信徒の姿にしては、そのあまりにも“普通”な行楽の様子。
ところが、エリが消えた途端に堰を切ったように不安感は解き放たれる。そのとき「僕に暴力をふるわせたのは彼女自身だ」と激高する男は自らを正当化した。それは、普段から意識に立ち上らないような旧時代の名残なのか、本性とも言うべきものなのか、そこでは先ほどまでの自由な雰囲気でさえ、まるで虚飾であったかのように、覆い隠されたものが明らかになっていく。演劇さながらの台詞の応酬が舞台を観ているかのように感じるのは、まさにこの浜辺が晒された/剥き出しの場所と化しているからだ。
『デザート・フラワー』で、ヘジャーブを脱いだワリス・ディリーは写真に撮られ、ステージに立つ。年老いた男の四番目の妻として買われることを避け、家を出てロンドンに辿りついた。そこはヘジャーブも戒律もない世界。そしてモデルとして花開いた彼女が、本来の戒律を破り人目に晒した肌の分だけ、ソマリアで行われている女性器切除 (FGM) を初めとする数々の事柄を世界に広く知らせることになったという事実。そのことが、写真家が彼女の美しい横顔を目にしたことをきっかけにして起こるのは、“気品のある目鼻の整った顔立ちが特徴”と言われるソマリア女性にとってなんという皮肉だろうか。
私たちは彼女たちのことをよく知らない。ワリスがヒールの靴を履き、舞台を軽い足どりで歩くときの、エリが空と海の間、浜辺を走りながらあげている凧と交わす、心の明るさ。それは何だろうか。自由への憧れか、規律や慣習への耐えがたさがそうさせたのか。それとも、私たちの無意識に潜んでいる昏さ(くらさ)がその美しさに今まさに開かれ始めているのだろうか。
私の目にはまだ見えない。ヘジャーブに蔽われた彼女たちの素顔はまだ見えないのだ。
(2009年 イラン 116分 ビスタ/SR)
2011年6月4日から6月10日まで上映
■監督・脚本 アスガー・ファルハディ
■撮影 ホセイン・ジャファリアン
■音楽 アンドレア・バーワー
■出演 ゴルシフテェ・ファラハニー/タラネ・アリシュスティ/シャハブ・ホセイニ/メリッラ・ザレイ
■第59回ベルリン国際映画祭銀熊賞(最優秀監督賞)/第27回ファジル国際映画祭最優秀監督賞/2009年トライベッカ映画祭最優秀作品賞・最優秀主演女優賞
ささやかな週末旅行を楽しもうと、テヘランからカスピ海沿岸の避暑地にやってきた大学時代の友人たち。みなそれぞれに事情を抱えるが、長年の友人関係はそんなことも忘れさせるほど、温かい空気を作っていた。しかしエリという女性だけはわずかによそよそしさを醸し出している。旅行を企画したセピデーは、彼女の子供が通う保育園の先生であるエリを誘っていた。実はセピデーには、旅行の参加者であるアーマドとエリを出会わせる目的もあったのだ。
楽しい夜が過ぎ、翌朝も美しい青空のもと、素晴らしい一日が始まろうとしていた。しかし、大人たちが目を離しているすきに、子供が海で溺れたことから事態は一変する。必死の救助で幸いにも子供は息を吹き返すが、今度はエリが見当たらないことに全員が気付くのだった。子供を助けようとして海に溺れたのか。それとも何も言わずにこの別荘を出ていったのか。痕跡はどこにも見当たらない。さらに捜索が進むうちに、実は彼女の正式な名前すら、誰も知らないことが判明していく…。
アッバス・キアロスタミやバフマン・ゴバディなどを輩出し、世界的に極めてユニークかつ野心的な傑作を生み出してきたイランから、新たな驚きをもたらす映画が届けられた。そんな注目の本作はイラン映画にしては珍しく、中流階級の男女がヴァカンスに講じるシチュエーションで幕を開け、巧妙なストーリーテリングで観る者を釘づけにする。恋愛、結婚、離婚、そして秘密と嘘…濃厚な心理サスペンスの果てに浮かび上がるのは、うわべからはうかがい知れない人間という生き物の複雑さだ。
本国イランでは2009年の年間興行収入2位となる大ヒットを記録し、ベルリン国際映画祭最優秀監督賞(銀熊賞)など世界中で数々の賞を受賞した。豊かな娯楽性と作家性を兼ね備えた、イラン映画のニューウェーブ到来を感じさせる本作は、私たちに忘れえぬ映画体験をもたらしてくれるに違いない。
アスガー・ファルハディ監督は、次の監督作「Nader and Simin, A Separation」(英題)が第61回ベルリン国際映画祭で金熊賞(グランプリ)、銀熊賞(女優賞:男優賞)をトリプル受賞という快挙を成し遂げた。
(2009年 ドイツ/オーストリア/フランス 127分 ビスタ/SRD)
2011年6月4日から6月10日まで上映
■監督・脚本 シェリー・ホーマン
■撮影 ケン・ケルシュ
■原作・監修 ワリス・ディリー『砂漠の女ディリー』(草思社刊)
■出演 リヤ・ケベデ/サリー・ホーキンス/ティモシー・スポール/アンソニー・マッキー
アフリカの貧しい家庭で育ったワリス・デイリー。13歳のとき、父親にお金と引き換えに老人と結婚させられそうになったことをきっかけに、彼女は家族のもとを離れることを決意する。広大な砂漠を命からがらたった1人で抜け出し、やがてロンドンへたどり着いたワリスは、故郷とは真逆の刺激に満ちた大都会で孤独にホームレス同然の路上生活を送っていた。
そんなある日、一流ファッションカメラマンにスカウトされたことで彼女はショーモデルへと劇的な転身を遂げる。やがて名実ともに世界的トップモデルとなったワリスだったが、華やかな外見とはうらはらにその胸中にはさらなる衝撃の過去が秘められていた。なぜ、そうしなければならなかったのか。なぜ、自分は“違う”のか。そして、彼女の選択は…。数々の困難を前に、“砂漠の花”が花開く。
本作は「VOGUE」など多くの一流ファッション誌の表紙を飾り、 数々のコレクションで活躍した世界的トップモデル、ワリス・ディリーのベストセラー自伝本 「砂漠の女ディリー」(草思社刊)をワリス本人の監修のもとで映画化した実話である。物語の核となるのは、砂漠から世界的トップ・モデルになるまでの生い立ちと、彼女が人生をかけて廃絶を訴えるFGM(女性器切除)の真実。彼女が歩んできた驚異の物語に世界中が共鳴し、ドイツ・フランス・イギリスなどヨーロッパ主要8カ国以上での上映に加え、 アメリカ・ブラジル・韓国など全世界にて多くの賞賛の嵐を巻き起こした。
圧倒的な輝きでもって主人公ワリスを演じたのは、エチオピア出身で本作が初主演作となる現役トップモデルのリヤ・ケベデ。 現在最も成功しているアフリカ系スーパーモデルの一人である彼女は、モデル業をこなしながら世界保健機構の親善大使としても活動しており、 2010年4月には「TIME誌が選ぶ世界で最も影響力のある100人」に選ばれている。数々の困難が降りかかろうとも力強く前進し、チャンスをつかんでいくワリスのたくましさ。その胸に秘められた衝撃の過去と、立ちはだかる壁にも屈せず世界の女性たちのために立ちあがった勇気。そして今もなお希望の階段を昇りつづけている姿に、あなたは胸を貫かれる。