「闇の列車、光の旅」のキャリー・ジョージ・フクナガ監督がこの映画を撮るキッカケとなったのは、移民の事件を題材にした自身のショートフィルム作品の取材旅行だった。実際に渡ったメキシコで目の当たりにした中南米移民たちの現実に、かなりの衝撃を受けたという。「“移民”がどうあるべきなのかなどの理想、そしてこの現実を、政治や政策に関係なく、観客の皆さんに一人の人間の観点から体験して欲しいと思いました。」と監督は語る。
実際に乗った列車上でも、強盗に襲われた人がいたりとスリリングな体験もしたそうだが、驚くべきはその旅の大部分が普段の生活のように平凡だったという事実。
『良いことであろうが、悪いことであろうが、それはただある日の出来事で、すべて誰もが神の手の中にある』
常に現実と向き合い、何が起ころうと流れに身を任せ、騒がず受け止め、自然体で生きている彼らの姿に、監督はかすかな光を見たのかもしれない。
そして、スウェーデンを舞台にした「ぼくのエリ 200歳の少女」。
テレビを中心に活躍してきたトーマス・アルフレッドソン監督はインタビューでこう答えた。
『観客に不穏な気持ちを与えるのは実は世界で一番簡単。難しいのは、ユーモアを持って、恐怖の本質を感じさせること。』
削ぎ落とされたシンプルなセリフやカットで、静寂・恐怖・不安を煽りつつ、驚くような仕掛けを突然放り込んでくるあたり、コメディやドラマなど、テレビで鍛えた巧みの技が観客のアドレナリンを刺激する。
さらに主人公のオスカー同様、監督自身も過去にいじめられた経験を持っており、「オスカーとエリはコインの表裏のような関係で、不死身のヴァンパイアのエリは、孤独で強くなりたいと願うオスカーの心を写し出した鏡の存在」という解釈に辿りついたと語る。
これはホラー?サスペンス?ラブストーリー?あのシーンの意図は?などいろいろ考えてしまうが、宝石のようなグレーの瞳を持つエリに見つめられたら、そんなことどうでも良くなってしまうに違いない。
闇の列車、光の旅
SIN NOMBRE
(2009年 メキシコ/アメリカ 96分 シネスコ/SRD)
2011年3月26日から4月1日まで上映
■監督・脚本 ケイリー・ジョージ・フクナガ
■製作総指揮 ガエル・ガルシア・ベルナル/ディエゴ・ルナ他
■撮影 アドリアーノ・ゴールドマン
■2009年サンダンス国際映画祭監督賞・撮影監督賞
ホンジュラスに住む少女サイラ。よりよい暮らしを求め、父とアメリカを目指すことにした彼女は、移民たちがひしめきあう列車の屋根の上で、カスペルというメキシコ人少年と運命の出会いを果たす。彼は、強盗目的で列車に乗り込んだギャングの一員だったが、サイラに暴行を加えようとするギャングのリーダーを殺しサイラを救う。裏切り者として組織から追われることになったカスペルと彼に信頼と淡い恋心を寄せ、行動を共にするサイラ。国境警備隊の目をかいくぐり、組織の待ち伏せをかわしながら二人は命掛けで国境を目指すのだが…。
若干32歳、長編初監督にして圧倒的な才能をみせ世界の注目を集めるキャリー・ジョージ・フクナガ。彼のみずみずしい感性が光る本作で、ソダーバーグやタランティーノなどを輩出したサンダンス映画祭にて監督賞を受賞し、様々なメディアから絶賛された。
この映画で彼が伝えたかったのは「リスクを冒しても国境を目指す人々」。不法移民と旅をともにするなど身体を張ったリサーチによって、移民たちの過酷な現実、無邪気な少年を狂暴な殺人者に変貌させる実在のギャング組織をリアルに描く。社会派ドラマとしても一流の輝きを放っている本作だが、一方で、様々な困難があっても固い絆で乗り越えようとするサイラとカスペルの姿は観る者に明日への勇気をもたらし、誰もが深い感動を覚えずにはいられないだろう。
ぼくのエリ 200歳の少女
LET THE RIGHT ONE IN
(2008年 スウェーデン 115分 シネスコ/SRD)
2011年3月26日から4月1日まで上映
■監督・編集 トーマス・アルフレッドソン
■原作 ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト『モールス』(ハヤカワ文庫刊)
■撮影 ホイテ・ヴァン・ホイテマ
■出演 カーレ・ヘーデブラント/リーナ・レアンデション/ペール・ラグナー
■2008年トライベッカ国際映画祭最優秀作品賞
遊び盛りの12歳なのにひとりも友だちがいない少年オスカーは、隣の家に引っ越してきた少女エリに初めての恋をする。ところがエリは知れば知るほど謎めいた少女。ぼさぼさの黒髪に青白い顔をしていて、いつも夜にしか姿を現さない。オスカーと同じ12歳だというのに自分の誕生日さえ知らないのだ。
オスカーがエリと出会った同じ頃、むごたらしい殺人事件が続発し、街には不穏な空気が流れる。そんな中オスカーは重大な秘密を知ってしまう。それは、エリがずっと昔から12歳だったという衝撃の真実。彼女は町から町へと移り住みながら人間の血を吸い、200年も生きながらえてきたヴァンパイアだったのだ…。
原作は<スウェーデンのスティーヴン・キング>との異名を持つヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストのベストセラー『モールス』。監督は、これが本邦初登場となるトーマス・アルフレッドソン。今作で本国スウェーデンのアカデミー賞での5部門受賞はもとより、欧米からアジアにかけて60もの賞を獲得。さらにはハリウッドがリメイクの製作に着手するなど、世界各国で大反響を呼び起こした。
北欧の風土に根ざした愁いを帯びた詩情、ぞっと背筋の凍りつく恐怖とサスペンス、初恋の甘酸っぱいせつなさと痛み――意外性に満ちたエッセンスが繊細に溶け合った本作。この世の孤独を抱いた少年と孤高のヴァンパイアの少女がめぐり合い、永遠の友情を育んていこうとする様を感動的に映し出した珠玉のファンタジーが誕生した。