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ギジェルモ・アリアガ

1958年、メキシコ生まれ。メキシコ・シティの中でも最も治安の悪い地区に育つ。イベロ・アメリカン大学を卒業後、小説家として頭角を表す。

アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督と組み、自らの自動車事故の体験を下書きにした『アモーレス・ペロス』の脚本で映画に進出。時空を自在に操りながら描く個性的なスタイルで世界中の映画ファンを魅了した。

続く『21グラム』では、「ひとつの事故を接点にして、関わるはずのない3人の運命が交錯する」という『アモーレス・ペロス』を踏襲したスタイルに磨きをかけ、英アカデミー賞ほか、数多くの脚本賞にノミネートされた。

さらに、イニャリトゥ監督との三度目のコンビ作となる『バベル』では、壮大なスケールで愛とコミュニケーションの問題を追及。同作を、ゴールデン・グローブ賞の作品賞、カンヌ国際映画祭の監督賞をはじめとする数々の賞の受賞に導いた。また、トミー・リー・ジョーンズが監督と主演をつとめた『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』では、マジックリアリズムの香り漂う西部劇というジャンルに新境地を開拓した。

フィルモグラフィ

<脚本>
アモーレス・ペロス(1999)
21グラム(2003)
・メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬(2005)
・バベル(2006)

<監督・脚本>
・あの日、欲望の大地で(2008)

デビュー作である『アモーレス・ペロス』から、ギジェルモ・アリアガは既にその才を遺憾なく発揮していた。同じくメキシコ出身であるアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督と、以後も『21グラム』、『バベル』と次々と傑作を生み出す。そして、遂に自らメガホンを取ったのが、『あの日、欲望の大地で』である。

アリアガは現実に即して物語を展開する映像作家ではない。 彼の作品は言葉の次元では捉えられないものを物語り、一見バラバラの断片的なストーリーを一つの神話へと紡ぎあげる。 その断片には暴力が溢れ、それぞれが「生」と「死」の狭間を行き来する。 しかしその暴力とは、愛ゆえのものであるように思われる。

picでは「愛」とは何なのか?

愛について正確に答えられる者が果たしているだろうか?それはただ美しいだけのものなのか?時として血が滲むほど激烈なものではないのか?

今週上映の『アモーレス・ペロス』と『あの日、欲望の大地で』の二本は、ギジェルモ・アリアガによる「愛」についての解答なのかもしれない。

『アモーレス・ペロス』(=“犬のような愛”)では、タイトル通り多くの犬が登場する。闘犬、飼い犬、捨て犬…。 境涯を異にする犬たち、中でも闘犬の愛情表現はストレートで、激情的だ。

pic己の牙に自らの命を賭すことが、相手とコミュニケートする手段である闘犬。それはじゃれ合う歓喜の瞬間であると同時に、命を落とすかもしれない恐怖の瞬間でもある。 相手を追い求めれば追い求めるほど、死が溢れるジレンマ。 それは愛を追い求める者全ての映し身ともとれないだろうか。

一方、『あの日、欲望の大地で』では、「土、空気、火、水」の四大元素が人間の内面を表象する。己の存在を相手にぶつけ、時に反発しあい、時に調和へと至る、そのせめぎ合いのなかに身をおく人間。アリアガの作品に共通して言えることだが、この作品でもアリアガは人間の視点で語ると同時に、人間の枠組みを超えて物語を紡いでいる。

時空を跨ぎ、街で、荒野で、あるいは海岸で…。言い知れぬ愛の咆哮が響き渡る。


アモーレス・ペロス
AMORES PERROS
(1999年 メキシコ 153分 ビスタ・SRD) 2010年3月6日から3月12日まで上映 ■監督・製作 アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
■脚本 ギジェルモ・アリアガ
■撮影 ロドリゴ・プリエト
■音楽 グスターボ・サンタオラヤ

■出演 エミリオ・エチェバリア/ガエル・ガルシア・ベルナル/ゴヤ・トレド/アルバロ・ゲレロ/バネッサ・バウチェ/ホルヘ・サリナス/マルコ・ペレス/ロドリゴ・ムライ・プリサント/ホセ・セファミ/ルルデス・エチェバリア/グスターボ・サンチェス・パラ

■カンヌ国際映画祭批評家週間グランプリ/エジンバラ国際映画祭ガーディアン新人監督賞/英国アカデミー賞外国語映画賞/東京国際映画祭東京グランプリ・都知事賞/東京国際映画祭最優秀監督賞/メキシコアカデミー賞11部門 ほか多数受賞

交錯する運命は、決して交わることのない、点と点であるはずだった。

メキシコシティーを暴走する一台の車。車中には、追っ手から逃げる青年二人と痛々しく鮮血にまみれた黒い犬。執拗に追ってくる車からは銃で狙われている。うまく撒いた!と思った瞬間、交差点で別の車と激突し、決して交わることの無かったはずの運命が交錯する…。

『アモーレス・ペロス』が描くのは、死に至るほどの狂おしい愛。兄嫁への報われぬ恋に身を焦がす若者、キャリアも不倫の愛もすべてを勝ち取ったかに見え、一転して絶望のどん底に突き落とされる若い女、捨て去った家族への愛の幻を追い求める老人。境涯の異なる彼らが一様に抱える狂気は「愛」。だが、それはいずれも「許されぬ愛」である。愛と暴力、愛と裏切り、愛とエゴイズム。愛は希望を与え、また苦悩をもたらす。アリアガが描くラテンの愛は、運命を賭けた情熱そのものだ。

「はじめは3つの独立したストーリーだったものを相互作用を持たせたいと考えたんだ。 まったく接点のなかった人たちが、本人の知らないうちに出会っていたり、その後の人生に決定的な影響を与え合ってしまうということが現実にはよくあることだしね」

――ギジェルモ・アリアガ

2000年5月。カンヌ国際映画祭は、ラテンの国からやって来たこの新しい才能に沸き返った。熱い興奮は世界中を駆け抜け、数々の賞を受賞。絡み合う複数のストーリーが怒涛の展開を迎える脚本は、アリアガのオリジナル作品である。本作がデビューとなるイニャリトゥ監督と共に、36回もの推敲を重ね、3年の月日を要して完成させた。本作で長編映画デビューとなったガエル・ガルシア・ベルナルは、繊細な少年が次第に情熱をほとばしらせる青年へ変貌していく様を好演。一躍メキシコを代表するスターとなり、後に『バッド・エデュケーション』『モーター・サイクル・ダイアリーズ』など様々な作品で活躍している。ラテンの新たな才能が結集した一作!


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あの日、欲望の大地で
THE BURNING PLAIN
(2008年 アメリカ 106分 PG-12 シネスコ・SRD) 2010年3月6日から3月12日まで上映 ■監督・脚本 ギジェルモ・アリアガ
■製作 ウォルター・パークス/ローリー・マクドナルド
■製作総指揮 シャーリーズ・セロン ほか
■撮影 ロバート・エルスウィット
■音楽 ハンス・ジマー/オマー・ロドリゲス・ロペス

■出演 シャーリーズ・セロン/キム・ベイシンガー/ジェニファー・ローレンス/ジョン・コーベット/ヨアキム・デ・アルメイダ/ダニー・ピノ/ホセ・マリア・ヤスピク/J・D・パルド/ブレット・カレン/テッサ・イア

■ヴェネチア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)受賞(ジェニファー・ローレンス)

愛が燃えて、秘密が残った。あの日、私は心を封印した。

ニューメキシコ、荒野にポツンとたたずむトレーラーハウスが炎に包まれている。心に傷を負う女性たち。土、風、水、火の四大元素が衝突し、離散し、再び絡み合う。それは映画の風景であると同時に、人間の内に秘められた叫びと呼応している。

picシルビア(シャーリーズ・セロン)は高級レストランのマネージャーとして働いていた。優秀でありながら、ひとたび職場を離れると安易に行きずりの関係を持ち、自傷行為に走る。まるで自らを罰するように、彼女は自分の心と身体を傷つけていた。ある日、そんな彼女のもとをあるメキシコ人男性が訪ねる。彼の傍らに立つ少女の姿をみて、激しく動揺するシルビア。その胸に、砂漠の中で激しく燃え上がるトレーラーハウスの幻影が浮かび上がる。そう、それは彼女が心を封印した日…。

愛を求め、寄り添おうとすればするほど、傷つけ、傷つけられてしまうもどかしさ。だが、人は愛することをやめられない。誰かを愛するということは、自分自身の存在を賭した魂そのものであるから。

「我々は他者との関係を通じてしか、自分が何者であるかを知ることはできない。つまり、僕のアイデンティティというものは、僕が愛する人々、僕を取り巻く人々によって構築されるんだよ。逆に言うと、大切な誰かを失う度、僕のアイデンティティの一部も破壊されるか、失われてしまうんだ」

――アリアガ

pic過去と現在が交わり複数のエピソードが一つに絡みあっていく物語は、アリアガが構想から15年の歳月をかけ書き上げた渾身の一作。シャーリーズ・セロン、キム・ベイシンガーの2大女優をはじめ、スタッフ陣もアカデミー賞受賞者がずらり。また、若き日のシルビアを演じる新星ジェニファー・ローレンスは、母を慕いながらも嫌悪する少女の複雑な心理をナチュラルに表現。見事ヴェネチア映画祭の新人賞に輝いた。

(エンシン)


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