“愛”を本気で描いた二つの作品を、今回は上映します。
その名は『空気人形』と『愛のむきだし』。
どちらの主人公も愛する人に出会い、とまどい、悩みながら、
それでも自分の愛を貫いてゆきます。
この組み合わせ、実はすごいです。
こういう時、早稲田松竹で
<二本立て>上映ができることの
すばらしさを感じてしまいます。
同じ“愛”をテーマにしながら、
これほどまで対称的な描き方がされている。
改めて愛の深さ、不思議さを感じると同時に、
映画で描かれたものが今の私に返ってくる。
そんな実感を与えてくれます。
私が映画を見る上で必要としているのは、
この“実感”です。
映画には、私の心を狂わすほど響いて欲しいと願います。
『空気人形』の(ノゾミ)は中身空っぽで、
『愛のむきだし』の(ユウ)は勃起できない。
だけど“愛”を知ることで、
中身は満たされ、勃起ができるようになる。
“欠如”こそが愛を呼び、
愛にとって“欠如”こそがその詩情となる。
「心をもつことは、切ないことでした…」
『空気人形』のノゾミは恋をして、
“心”を持ってしまったことの苦しさを、
こう吐露する。
それでも彼女は自分の心と正面から向き合うことで、
愛を突き詰めていこうとします。
『愛のむきだし』のユウは求め続けていた
理想の女性“マリア”に出会うことで、
勃起すると同時に自らの行動をエスカレートさせる。
それを邪魔する敵や障壁がさらに拍車をかけ、その衝動は
愛を乗り越えていこうとする。
映画という虚構に収まりきらない私たちの感情が、
この究極の愛の世界で爆発していく。
感情を喚起させること。
それは映画にとって最も重要な責務だと思います。
ノゾミは<空気人形>。
『愛のむきだし』の主題歌は、ゆらゆら帝国の<空洞です>。
人間なんて空の入れ物にしかすぎない。
でも…そこから物語は生まれてゆくのです。
愛のむきだし
LOVE EXPOSURE
(2008年 日本 237分 ビスタ・SR)
2010年3月13日から3月19日まで上映
■監督・原案・脚本 園子温
■主題歌・挿入歌 ゆらゆら帝国(ソニー・ミュージック アソシエイテッド レコーズ)
■撮影 谷川創平
■出演 西島隆弘/満島ひかり/安藤サクラ/尾上寛之/清水優/永岡佑/広澤草/玄覺悠子/中村麻美/渡辺真起子/渡部篤郎/板尾創路(ゲスト出演)/岩松了(ゲスト出演)/大口広司(ゲスト出演)
キリスト教、罪作り、盗撮、アクション、カルト教団、三角関係、女装、脱出…。人間の本質を“むきだし”にしてしまう、上映時間237分のエンタテインメント超大作が満を持して早稲田松竹に登場!
敬虔なクリスチャン一家に育ったユウ(西島隆弘)。母親を幼い頃に亡くしたが、優しい神父の父テツ(渡部篤郎)と二人で幸せな日々を送っていた。母親の思い出を胸に、いつか理想の女性“マリア”に出会える日を夢見ながら。
そんなある日、自由奔放で妖艶なカオリ(渡辺真起子)が彼らの前に現れた。聖職者でありながら、カオリに没落していくテツ。しかしそんな日々も長くは続かず、カオリはテツのもとを去り、ショックを受けたテツは人が変わったように、ユウに毎日の「懺悔」を強要し始める。
父との繋がりを失いたくないユウは、様々な罪を時には創作してまで吐露し続ける。その中でたった一つだけ、父に許されることのない罪があった。それは、女性の股間ばかりを狙った「盗撮」。
天才的な盗撮のカリスマとなったユウはある日、運命の女・ヨーコ(満島ひかり)と出会い、生まれて初めて恋に落ちる。しかし、二人の背後には、謎のカルト集団の魔の手が近づいていた…。
あとは観てのお楽しみ。“ジェットコースタームービー”の形容に相応しい超スピードで物語は突っ走ってゆきます。
“詩人”の映画。
『愛のむきだし』の園子温監督は、十代で“ジーパンをはいた朔太郎”と言われた詩人でもある。「盗撮魔の友人が、妹を新興宗教から力ずくで脱会させた」その1つのエピソードから創り上げられた、現代の叙事詩。彼の溢れるイメージの源泉が噴出して止まらない。
4つのチャプターに分けられた複数の構造、そして複数の声。そこにさりげなく、今ある私たちそれぞれの姿を忍ばせる。『愛のむきだし』の現代社会に対する批評性の高さ。くしくも社会学者の宮台真司氏がこの映画に出演しているが、言葉と統計で語られる社会学の見えない所まで、社会そして人間に対する鋭い洞察がなされている。
“想像力”でそれを描く。“映画”でそれを提示してゆく。
私たちは、映画に魅せられた一人の詩人の作品を通して、さらなる映画の可能性を発見できるかもしれない。
「『愛のむきだし』は、物です。
愛という物質。物としてむきだされた愛」
これは園監督の言葉。
愛をむきだしにした人間が、目に見える“愛”と化す。
明日を照らすような、勇気を与えてくれる作品です。
空気人形
(2009年 日本 116分 ビスタ・SR)
2010年3月13日から3月19日まで上映
■監督・脚本・編集 是枝裕和
■原作 業田良家 『空気人形』(小学館刊)
■撮影 リー・ピンピン
■音楽 world's end girlfriend
■出演 ペ・ドゥナ/ARATA/板尾創路/高橋昌也/余貴美子/岩松了/星野真理/丸山智己/奈良木未羽/柄本佑/寺島進/オダギリジョー/富司純子
持ってはいけない“心”を持ってしまった空気人形。
彼女は”心”を知るために、密かに街へ歩き出す。
古びたアパートで、持ち主である秀雄(板尾創路)と暮らす空気人形(ペ・ドゥナ)は、型遅れで空っぽの“代用品”。ある朝、本来持ってはいけない“心”を持ってしまった。秀雄が仕事に出かけると、ゆっくりと立ち上がり、洋服を着て靴を履いて家を出る。
初めて見る外の世界で、いろいろな人間とすれ違い、つながっていく空気人形。ある日、レンタルビデオ店で働く純一(ARATA)と出会い、その店でアルバイトをすることに。純一の心の中にどこか自分と同じ空虚感を感じつつ、日に日に惹かれていく。
ある日、レンタルビデオ店の店長が空気人形に質問した。「彼氏とかいるの? 好きな男…いるんでしょ?」「いいえ…」人形が生まれて初めてついた嘘。心を持ったから、ついた嘘だった。「私は、なぜ心を持ってしまったのか?」その答えを探す空気人形の、自問自答の日々が始まる…。
『ゴーダ哲学堂 空気人形』の作者・業田良家は漫画『自虐の詩』で「人生には明らかに意味がある」と言い切った。私が『空気人形』を観て思い浮かんだのは、この言葉。人生に対する“肯定”。そして私を包む世界に対する“肯定”。
透明な空気に色彩が見える。この寓話世界の色を染めるのは、空気人形。彼女の空気と世界の空気がつながって、透明の見えないものの中に想いがつまってゆく。とても詩的でエロッチックな、空気人形と純一の“息”の交換。
「あなたの息で私を満たして」
「私の息で満たしてあげる」
空っぽだから、
あなたのすべてを受け入れることができる。
空っぽだから、
あなたにすべてを与えることができる。
世界と私はつながっている。そう信じる勇気を与えてくれる作品です。今、疎外感を感じながら生きている人がいたら、ぜひ観て欲しいと思います。
(mako)