私は自他共に認める衣装持ちで、家に散乱する服や靴や、
バッグやアクセサリーなんかの量に自分でも時折圧倒されている。
目下の夢は四畳半ぐらいで構わないから、衣裳部屋を持つことだ。
ウォークイン・クローゼット、なんてレベルじゃなくて、部屋がまるごとクローゼットになってほしい。
『トニー滝谷』で、イッセー尾形扮する主人公が、宮沢りえ扮する妻のために
用意する衣装部屋、あんなのが本気でほしい。
『セックス・アンド・ザ・シティ』(映画版)で、ビッグがキャリーに贈るクローゼット。
ああ、もうあのクローゼットの中に住んでしまいたい。
山のような洋服を既に持ちつつも、新しいものを買わずにいられない私の場合は、
もはや消費が欲求として身についてしまっているのだが、
では、多くの女性や、人が、ファッションに関心を持つのはなぜだろう。
なぜ人は装うのだろう。
シャネルは言った。「私は流行を作っているのではない。スタイルを作っているの」だと。
スタイルの全てがその人の外見に表れるわけではないが、
なにを着るか、はその人のスタイルの重要な一部である。
そして、着ているもの以上にスタイルを表すもの。それはその人の生き方。
今より一世紀近くも前、まだ女性が男性と同じように仕事をしたり、
恋愛をしたりがままならなかった時代、
自分らしい生き方を確立したココ・シャネル。
ファッション誌の編集長というよりは世界のファッションを牛耳る女王であり、
その誇りの高さとストイックな姿勢が、まわりの者を圧倒するアナ・ウィンター。
シャネルやアナは事実上ファッション業界の成功者だが、
二人の生き方、ファッションに対する真摯な姿勢や仕事に対する高いプロ意識が
結果として成功をもたらしたことは、この映画たちを見るとよくわかる。
今週の早稲田松竹はファッションがテーマ!…だとお思いでしょう?
それはそうなんですが、私は今週の2本を観たときに、別のことを感じました。
それは、「プロとしての、仕事への熱意と厳しさ」ということ。
『ファッションが教えてくれること』のアナ・ウインターは、アメリカ版VOGUEの編集長。原題の「The September Issue」はファッション誌で最も重要とされる9月号のこと。夏が終わり、薄着だった人たちが「さあ、今年は何を着ようかな」と新しいワードローブに思いを巡らす秋の始まりは、ファッション界にとって新年の始まりのようなもの。その9月号の締め切りの約5か月前から、映画は編集部に密着する。
トレンドを見極め、特集を決め、撮影を進める。デザイナーの事務所を訪れ、コレクション前の服に意見し、編集部員が提案する服に目を通し…。アナは分刻みで仕事をこなす。
おそらく、アナの頭の中にはもう9月号が出来上がっているのだろう。それに近い、あるいは、それよりももっと良いものを作るため、部下の意見を却下し、情け容赦なくやり直しを命じる。
そんな彼女とともに働く編集部員、特に彼女の右腕として働く、クリエイティブ・ディレクターのグレイスとアナのコンビネーションが素晴らしい。見た目も、おそらく性格も正反対で、一見仲が良いのか悪いのかわからない二人はお互いに認め合い、信頼し合い、だからこそ妥協せずに意見を本気でぶつけ合う。アナもグレイスも、働く姿勢や意見の軸にぶれがない。
自分の意見を押し通すことの難しさ、それについてくる責任。自分の判断が最良だったかの迷い。でも、時間や労力を惜しまずに働いたその先にある喜びは、そんな苦労も迷いも忘れさせてくれる。そんな 「働くことの厳しさと喜び」を思い出した。
一方の『ココ・シャネル』は、仕事や働くことはもちろん、自分の生き方に対するシャネルの強い信念が描かれる。
ファッションが教えてくれること
THE SEPTEMBER ISSUE
(2009年 アメリカ 90分 ビスタ/SRD)
2010年3月27日から4月2日まで上映
■監督・製作 R・J・カトラー
■撮影 ロバート・リッチマン
■音楽 クレイグ・リッチー
■出演 アナ・ウィンター/グレイス・コディントン/アンドレ・L・タリー/シエナ・ミラー/タクーン・バニクガル/カール・ラガーフェルド/ジャン=ポール・ゴルチェ/オスカー・デ・ラ・レンタ/ヴェラ・ウォン/マリオ・テスティーノ
世界で最も有名なブランドのひとつである「シャネル」。その世界はココ・シャネルの情熱によって築かれたと言って過言ではない。修道院で孤児として育ちながらも、酒場の歌手、帽子デザイナー、そしてファッション界を牽引するデザイナーとしてキャリアアップしていったシャネル。彼女の潔い言葉や生き方は、ファッション以上に、多くの女性に共感や影響を与えてきた。
「(自分の周りの)99%の人の意見を聞いていたら、1%の成功者にはなれない」とシャネルは語る。常に人と違っていることこそが、かけがえのない自分を作ると信じ、ファッションにも仕事にも自分のオリジナリティーを持っていた。努力を惜しまず、苦難に負けず、自尊心を高く持つ。『ファッションが教えてくれること』のアナ・ウィンターもそうだったが、シャネルも、立ち振る舞いが凛としていて美しく、とても恰好が良い。二人とも、内面の強さが美しさとして外側に出ている。
華やかなイメージのファッション業界は、過酷な現実の上に成り立っている。シャネルやアナの成功が、その苛酷な現実を越えて来た到達点(あるいは中間点)であるように、思い描いた自分を、誰もがすぐには実現できないだろう。でも過酷な現実でも、前に進むしかない。頭では解っていても、進めないときがある。そんなとき、私たちはどうやって自分を信じていけばいいのだろう。
ココ・シャネル
COCO CHANEL
(2008年 イタリア・フランス・アメリカ 138分 ビスタ/SRD)
2010年3月27日から4月2日まで上映
■監督 クリスチャン・デュゲイ
■脚本 エンリコ・メディオーリ
■撮影 ファブリッツィオ・ルッキ
■衣装デザイン ピエール=イヴ・ゲロー
■出演 シャーリー・マクレーン/バルボラ・ボブローヴァ/マルコム・マクダウェル/サガモア・ステヴナン/オリヴィエ・シトリュク
私は自分が10代だったころ、たとえば30歳になった自分が
どんな服を着ているのか、まったく想像できなかった。
30代に入った今、私は相も変わらず好きな服を好きなように着続けている。
(着々と私腹を、いや私服を肥やしてまいりました。ハイ)
アナ・ウインターは映画の当時約60歳。
シャーリー・マクレーン演じるシャネルは約70歳のときのことである。
私は60代、70代になったとき、何を着て、何をして、どのように生きているだろうか。
映画がなにかの答えをくれるわけではないが、
映画が自分の感性のフィルターを浄化してくれる瞬間は必ずあると思う。
ああ、60歳になっても、仕事をしていたいなあと思った。
60歳になったときに、情熱を捧げられる仕事をしていたい。
美しい洋服に袖を通し、背筋の、姿勢の美しい女性でありたい。
(mana)