1938年プラハ生まれ。66年の『厳重に監視された列車』がアカデミー賞外国語映画賞を受賞。28歳の若さで一躍国際的なスポットライトを浴びるが、一転、ソ連が<プラハの春>を圧殺するとともに、メンツェルは厳重監視下におかれ、『つながれたヒバリ』(1969)は完成と同時に公開禁止となった。弾圧の槍玉にあげられたメンツェルは1974年になるまで映画を作ることを許されなかった。
1986年、『スイート・スイート・ビレッジ』がアカデミー外国語映画賞ノミネート。完全復活を遂げた。1990年のベルリン映画祭では69年以来上映禁止だった『つながれたヒバリ』がコンペ作品に選ばれる異例の扱いを受けたばかりか、最高賞の金熊賞を受賞するという異例の栄誉に輝いた。
・プレハブの家*【短編】(1960)
・フェルステル氏が死んだ*【短編】(1962)
・海底の真珠/バルタザール氏の死*(1965)
・女学校犯罪事件*(1965)
・コンサート65【短編】*(1965)
・厳重に監視された列車(1966)
・気まぐれな夏*(1967)
・ナイトクラブ犯罪事件*(1968)
・つながれたヒバリ(1969)
・黄金を探すのは誰?*(1974)
・風景の変容*【短編】(1974)
・森のはずれの家*(1975)
・すばらしい映画野郎*(1978)
・断髪式*(1980)
・雪割草の祭*(1983)
・スイート・スイート・ビレッジ(1985)
・ポリス・スイート・ポリス*(1986)
・古きよき時代の終わり*(1989)
・乞食オペラ*(1991)
・兵士イワン・チョンキンの華麗なる冒険*(1994)
・10ミニッツ・オールダー イデアの森【オムニバスの一遍『老優の一瞬』】(2002)
・英国王 給仕人に乾杯!(2006)
*は日本劇場未公開作品
チェコとはどんな国なのだろうか。
1989年の「ビロード革命」と呼ばれる体制の変化から、
1993年に正式に二つの国に分かれるまでの間に、
チェコ/スロヴァキアの土地と人々はいくつもの革命の通り道・下敷きにされて
数々の思想と文化に侵され、引き裂かれ続けてきた。
チェコとは何だったのだろうか?
この問いを考え続け、歴史と運命に誠実に向き合うのが
イジー・メンツェルの映画作りの原点。
イジー・メンツェルと近代ヨーロッパ史は切っても切れない。
チェコの人々は今世紀、国際政治での「大きい物語」や「大きな真実」から
不幸にもつまらない恩恵しか得られなかった。
これと「小さな世界」や個人に関わる「小さな真実」を区別する…
これがメンツェルの世界だ。
イジー・メンツェル──『厳重に監視された列車』(1966)、『つながれたヒバリ』(1969)
ミロシュ・フォアマン──『ブロンドの恋』(1965)、『消防士の舞踏会』(1967)
ヴェラ・ヒティロヴァ──『ひなぎく』(1966)
など、
1960年代に海外で高い評価を得る作品群を
世に送り出した”チェコ・ヌーヴェルヴァーグ”。
チェコ・ヌーヴェルヴァーグの作家たちは、
スターリンの死後、文化的な規制が緩和されるに従って
1962年頃から徐々に台頭し、民主化への動きと連動して登場した。
その中でも一番年若くから活躍していたのが今回特集するイジー・メンツェルだ。
『厳重に監視された列車』が1967年米国アカデミー賞外国語映画賞を受賞し、
若干28歳にして鮮烈な長編デビューを飾った。
そしてそのメンツェルの作品の中でも、
チェコで記録的な大ヒットを記録したのが『スウィート・スウィート・ビレッジ』。
チェコの名優揃いの絶妙なチームワークで作り上げた本作の絶妙なユーモアの応酬と、
街の策略と闘う村の人々の誠実な姿、その愛嬌ある姿と自然溢れるチェコの情景で描かれる
心温まるラストを是非ご堪能あれ。
ミラン・クンデラと並んでチェコの国民に愛されるボフミル・フラバルは、
様々なエピソードを織り込みながらビアホールで話しているような
語り口が特徴と言われる。欧米では以前から注目されており、
アメリカの批評家スーザン・ソンタグが代表作『あまりにも騒がしい孤独』を
「20世紀の小説ベスト10」に入る作品として選んでいるほどだ。
フラバルとメンツェルの交流は、メンツェルがヤン・ニェメツ、ヒティロヴァーらと共に、
フラバルの短編集を元にした『海底の真珠』(1965)を
監督したことから始まる。
その時の様子をメンツェルは「探していたチェコ文学が現れたと思った」と語っている。
『海底の真珠』は後に、チェコ・ヌーヴェルヴァーグの記念碑的な作品となった。
最新作『英国王 給仕人に乾杯!』はメンツェルの長編第15作で、
フラバル原作の映画化としては6作目である。
また、『スイート・スイート・ビレッジ』はクレジットの表記こそないが、
フラバルにインスピレーションを受けて作られたことが知られている。
数々の名作を生みだしてきた、フラバル=メンツェルコンビだが、
フラバルは1997年に鬼籍に入ることとなった。
その死を受けてか、『英国王 給仕人に乾杯!』の映画化を強く望み続けたというメンツェル。
『英国王 給仕人に乾杯!』が夢を果たした念願の映画化であることは間違いない。
人々への温かいまなざしと魅力的な物語、
そしてメンツェルの問い続けてきたチェコの現代史が運ぶ
大きい物語と小さい物語の結実。
その翻弄された運命の、思い豊かな乾杯の姿は、きっと私たちの胸を打つはず。
『スウィート・スウィート・ヴィレッジ』『英国王 給仕人に乾杯!』
この二本を観て、政治家が声高く「我々は!」という時とは違う、
本当の「我々」は誰のことなのか、メンツェルに教えてもらいましょう。
そして、チェコビールの味わい方も。乾杯!!
(1985年 チェコ 102分 スタンダード/MONO)
■監督 イジー・メンツェル
■脚本 ズデニェク・スヴェラーク
■出演 ヤーノシュ・バーン/マリアン・ラブダ/ルドルフ・フルシーンスキー/ペトル・チェペック/リブシェ・シャフランコヴァー
■1986年アカデミー賞外国語映画賞ノミネート/1986年モントリオール国際映画祭審査員特別賞
プラハの南のクシェチョヴィツェ。自然も人もスイートな、心はいつも春の小さな村だ。でぶの運転手パヴェクと、のっぽでとんまな助手オチクが今日も仕事に出かける。
個性豊かな名優ぞろいで笑いが笑いを小気味よいテンポで増幅しつつ、
自然と人間に対する愛をさらりと心に残す。本国チェコスロヴァキアで記録的な大ヒットとなった本作。チェコ映画独特の人なつこいユーモアがたっぷり。1988年、日本で初めてのメンツェル作品として公開された。
(2007年 チェコ/スロヴァキア 120分 ビスタ/SRD)
2009年8月29日から9月4日まで上映
■監督・脚色 イジー・メンツェル
■原作 ボフミル・フラバル
■出演 イヴァン・バルネフ/オルドジフ・カイゼル/ユリア・イェンチ/マリアン・ラブダ/マルチン・フバ/ミラン・ラシツァ
メンツェルが久々に発表した最新作は、小さな国で給仕人として生きる小さな男ヤンを主人公に、軽やかな語りくちと甘美な映像美でチェコの激動の20世紀現代史が展開する。愛と死、どんでん返しの人生が見たものとは?
原作の題名、そして映画の原題は<私は英国王に給仕した>。だが、チェコ人が英国王に給仕するなどということはありえない。この言葉を発するのは給仕長スクシーヴァネク氏。ヤンがあまりにも自分の給仕芸に感嘆するので、“私は英国王に給仕した”人間だから、と納得させるのだが、この言葉はまた、物語が展開するナチス占領下の時代において、ドイツであれソ連であれ、支配者が激怒する不埒な抵抗精神の表明だった。