人混みの中で歩きタバコ、倒れた自転車を見て見ぬふり、
肩と肩がぶつかっても無言…
僕は時々そんな都会での生活にうんざり、悲しくなってしまう。
同じような思いを皆様も抱いたことはありませんか?
少しの優しさでどれほど世界が明るくなり、人を勇気づけることができるのか。
それだけでなく、現実的に優しくあり続けることの困難さも同時に教えてくれるのが今回の2本立て。
ある男はリアルドールに恋をし、周囲の人々を大きく戸惑わせるのだが、
次第にそのリアルドールの影響で、無くなりかけていた町の人々の心の交流が蘇ってくる、という奇跡。
しかし人間は純粋な奇跡を目の当たりにして感動するのではない。
そこには奇跡的な『思い』がしっかりと手の届く範囲に置かれてあるからこそ、人間は感動するのである。
つまり、リアルドールは形を変えた男の思い、優しさそのものなのである。
芸術家が自分の作品に思いを投入するように、男もまた、自らの思い、優しさを
間接的な形でリアルドールに投入する。
一見B級映画になりかねないこの設定を監督、役者、スタッフ陣が
大事に大事に繊細に描いたことによって、この作品は奇跡的に生まれたのである。
また、ある老女は最愛の夫に先立たれ、生きる希望を無くしかけていた。
そんな中、仲間に勧められた刺繍を通して、
昔、自分が抱いていた夢…自分の刺繍で作られた下着を売る…ランジェリーショップを持つこと、を思い出し、
新たな一歩を踏み出していく。しかし、その夢もまた大きな障害にぶち当たる。
元来、保守的な村でランジェリーショップなんてはしたない!という保守派政党の声、
そして村中からの冷たい視線、、、しかし、老女の思いを込めた優しい刺繍は徐々に村中を虜にし、
しまいには村の外まで評判が広がっていくという奇跡。
老女が紡ぎだす優しい刺繍は下着という表面価値を超越し、
純化した優しさと成りえたからこそ、村中、そして村の外までも広がる奇跡を生み出した。
これもまた、直接的ではない、優しい刺繍という間接的な『思い』が奇跡的ドラマを生み出したのである。
よって、今回の2本立ては、奇跡が求めずして起こる神秘だとするなら、
奇跡的な出来事はきっと間接的媒体を通して『起こす』ものだと教えてくれる。
そして奇跡的な出来事はそっと我々の近くに寄り添い、優しさの温度を伝えてくれるのである。
(アセイ)
マルタのやさしい刺繍
DIE HERBSTZEITLOSEN
(2006年 スイス 89分 ビスタ・SR)
2009年6月20日から6月26日まで上映
■監督 ベティナ・オベルリ
■脚本 サビーネ・ポッホハンマー
■出演 シュテファニー・グラーザー/アンネマリー・デューリンガー/ハイジ=マリア・グレスナー/モニカ・グプサー/ハンスペーター・ミュラー=ドロサート
遅咲きの乙女たちが紡ぎだす、
とびっきりハートウォーミングな希望の輪。
スイスの小さな村・トループに住む80歳のマルタは、最愛の夫に先立たれ生きる気力をなくし、意気消沈の毎日を過ごしていた。ある日、破けてしまった村の合唱団の団旗を修復する仕事を頼まれたマルタは戸惑いながらも引き受け、早速友人のリージ、フリーダ、ハンニとともに首都ベルンの生地屋へ出かける。
生地屋の美しいレースを見ているうちに、マルタは叶えられなかった昔の夢を思い出す。それは、パリのシャンゼリゼ通りに自分でデザイン、刺繍をした“ランジェリーのお店をオープンさせる”ということだった。
しかし保守的な村では、マルタの夢は周りから冷笑され軽蔑されてしまう…。それでもマルタは3人の友だちと一緒に夢を現実のものとするために動き出す。スイスの伝統的な小さな村に広がる、マルタと仲間たちの夢と希望の輪。夢に向かって頑張るマルタの刺繍が、人々の心をやさしく、あたたかく紡いでゆく――。
スイス動員数No.1!
“夢への扉”を開く勇気があれば、
人生の輝きは何度でもやってくる。
スイスドイツ語、フランス語、イタリア語、インド・ヨーロッパ語系のロマンシュ語など多くの言葉が存在するため、なかなか映画が大ヒットに繋がりにくい国、スイス。しかし本作は小さな劇場での公開にも関わらず、多くの観客の共感を得て、同年公開の「ダヴィンチ・コード」「パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト」を次々と抜き、堂々の動員数No.1に輝き社会現象を起こした。
監督は弱冠35歳の新鋭女性監督、ベティナ・オベルリ。『ファーゴ』『レザボアドッグス』のスティーヴ・ブシェミのもとで撮影技術を学んだ彼女は、エメンタール地方に住む自身の祖母の生活からヒントを得て、小さなコミュニティーが抱える問題を風刺しながらも、心あたたまる力強い作品を見事に描いた。
ラースと、その彼女
LARS AND THE REAL GIRL
(2007年 アメリカ 106分 ビスタ・SRD)
2009年6月20日から6月26日まで上映
■監督 クレイグ・ギレスピー
■脚本 ナンシー・オリヴァー
■出演 ライアン・ゴズリング/エミリー・モーティマー/ポール・シュナイダー/ケリ・ガーナー/パトリシア・クラークソン
人を真っ直ぐに愛すること――
人に優しく接すること――
シンプルなことが難しくなっている人々へ贈る
ラースとビアンカと町の人々から届いた、小さな奇跡の物語
雪が降り積もり、真っ白に覆われた小さな田舎町。「Mr.サンシャイン!」町のみんなにそう呼ばれているラースは誰よりも優しくて、純粋。でも、極端にシャイ。好意を寄せてくれている女の子・マーゴがいるのに逃げてしまう…もちろんずっと彼女はいない。
そんな彼がある夜、「紹介したい人がいるんだ」と兄ガスと兄の妻カリンの元にやってきた。喜ぶ二人だったが、それも束の間。ラースが嬉しそうに紹介したのは、インターネットで購入した等身大のリアルドールだった!
皆は驚きながらも、ラースに対する愛情から、話を合わせてビアンカを生身の女の子として扱うことに協力する。やがてビアンカはラースの想像の外でも生きるようになり、人々に溶け込んでいく。小さな町の人々のコミカルで変化に富んだ毎日が始まった。しかしそんな中、ラースの心にある変化が訪れる…。
アカデミー賞・オリジナル脚本賞にノミネート!
リアル・ドールに恋をする男の子のリアル・ファンタジー
『ラースと、その彼女』は、感情の迷路をさまよい続けて人生を謳歌できないでいる誰よりも優しくて純粋な青年と、彼をとりまく人々のセンチメンタルでちょっぴり可笑しな心の再生物語。
“リアル・ドール”に恋するという型破りなトピックのために製作まで4年の年月を要したが、新進気鋭のCM作家クレイグ・ギレスビーは初めてメガホンを取るのにこの作品以外は考えられないと、決してあきらめなかった。
この稀有な物語を描いたのは本作が長編デビューとなったナンシー・オリバー。本作は2008年アカデミー賞オリジナル脚本賞にノミネートされた。キャラクターを愛し、人間の感情に焦点をあてることで斬新なテーマにリアリティを持たせ、現代社会で失われてしまった人間同士の交流が再生していく様を、ファンタジックな世界観のなかで表現している。