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その土曜日、7時58分
BEFORE THE DEVIL KNOWS YOU'RE DEAD
(2007年 アメリカ 117分 ビスタ/SRD) R-18

2009年8月1日から8月7日まで上映 ■監督 シドニー・ルメット
■脚本 ケリー・マスターソン

■出演 フィリップ・シーモア・ホフマン/イーサン・ホーク/マリサ・トメイ/アルバート・フィニー/ブライアン・F・オバーン/ローズマリー・ハリス

■2007年インディペンデント・スピリット賞助演女優賞・新人脚本賞ノミネートほか

■オフィシャルサイト http://www.sonypictures.jp/homevideo/sonodoyoubi/

今週の二本立ての「顔」、フィリップ・シーモア・ホフマン。監督のシドニー・ルメット(85歳)が本作『その土曜日、7時58分』において、キャストとして一番にリストアップしたのがオスカー俳優の彼だった。「現在のアメリカで最高の俳優の一人」。

pic原題はBefore the Devil Know You're Dead(死んだのが悪魔に知られる前に)。これは脚本家のケリー・マスターソンが、アイルランドの古い乾杯の音頭「死んだことを悪魔に気づかれる30分前に天国に行けますように」からつけられたという。切迫感と大惨事が示唆されているようだ。

ニューヨーク(奇しくも今回の二本立てはどちらもニューヨークが舞台となる)。一見、誰もがうらやむ優雅な暮らしをしていた会計士のアンディ(フィリップ・シーモア・ホフマン)は、離婚し娘の養育費もまともに払えない弟ハンク(イーサン・ホーク)に禁断の企てを持ちかける。それは、実の両親が営む宝石店への強盗計画だった。その土曜日、7時58分。最悪の誤算を引き金に、次々とあらわになる真実。

pic転落。うそつきは泥棒の始まり。泥棒は絶望の始まり。絶望は・・・。例えるなら、絶望という名の地下鉄。絶望という名の地下鉄は暗闇の中加速していく。いったいどこへ向かうのだろう。終着駅は・・・。

アンディとハンクは強盗が失敗に終わっただけでなく、撃たれたのが自分達の母親だと知って愕然とする。父親役のアルバート・フィニーはこう語る。「ほんの一秒ですべてが変わる。人生で次に何が起こるかは、誰にもわからない」と。悲惨な第一歩を踏み出してしまったら、もう二度と戻ることはできない。観客である我々も、ストーリーに引き込まれると共に、教訓を得ることになるだろう。完全犯罪失敗のなれの果て。軽い気持ちで始た悪事が人をどん底まで引きずり込む。神はいつでも見ている、そう実感することとなるだろう。

陽の光を浴びることができる、やましさのない人生。そんな人生を送りたい。絶望という名の地下鉄。できれば乗り合わせたくないものだ。

シドニー・ルメット監督×
フィリップ・シーモア・ホフマン&イーサン・ホーク!

『その土曜日、7時58分』には、ヒーローは登場しない。様々な状況が家族一人一人の最悪な面を引き出す。ことあるごとに、彼らは考えられる限り最悪の選択をし、自分自身ですら驚き、恐れおののくような行動をとる。

pic事件の首謀者である兄にフィリップ・シーモア・ホフマン、今や監督・作家としても活躍するイーサン・ホークに気弱な弟役をあてたところに、配役の妙がある。家族の関係性にダイナミクスが生まれ、さらに様々な人物の視点と心情がフラッシュバックで明らかになるにつれ、“何がこの二人を駆り立てたのか”が重層的に掘り下げられていく。

『十二人の怒れる男』からはじまり、『セルピコ』『狼たちの午後』と半世紀以上もの間、緻密かつ硬派なドラマを撮り続けてきた現在84歳の名匠シドニー・ルメット。斬新でスリリングな展開と重厚な人物描写が同居する、緊迫した人間ドラマが誕生した。


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ダウト ─あるカトリック学校で─
DOUBT
(2008年 アメリカ 105分 ビスタ/SRD)

2009年8月1日から8月7日まで上映 ■監督・原作戯曲・脚本 ジョン・パトリック・シャンリー

■出演 メリル・ストリープ/フィリップ・シーモア・ホフマン/エイミー・アダムス/ヴィオラ・デイヴィス/アリス・ドラモンド

■2008年アカデミー賞主演女優賞・助演男優賞(アンナ・カリーナ)・助演女優賞・脚色賞ノミネート/2008年ゴールデン・グローブ賞女優賞(ドラマ)・助演男優賞・助演女優賞・脚本賞ノミネートほか

■オフィシャルサイト http://www.movies.co.jp/doubt/

それは、人の心に落とされた
「疑惑」という名の一滴の毒…

舞台は教会に変革の波が及ぼうとしていた1964年のニューヨーク・ブロンクスにあるカトリック系教会学校──厳格で鉄の意志を持つ校長のシスター・アロイシス(メリル・ストリープ)は、ある“疑惑”を抱く。進歩的で生徒にも人気のあるフリン神父(フィリップ・シーモア・ホフマン)が、この学校で唯一の黒人生徒と“不適切な関係”をもっているのでは…と。

純真な新米教師シスター・ジェイムズ(エイミー・アダムス)の目撃談によって芽生えた小さな“疑惑”は、まるで一滴の毒のように次第にシスター・アロイシスの魂を支配し、もはやフリン神父のいかなる弁明も、彼女の心には届かない。一方、人を疑うよりも信じることを望むシスター・ジェイムズは、フリン神父の弁明を受け入れ、“疑惑”のモンスターと化したかのように頑迷なシスター・アロイシスに違和感を覚える。果たして、すべてはシスター・アロイシスの妄想なのだろうか?それとも、“疑惑”は真実なのだろうか…?

シスター・ジェイムズは、疑惑を持つことによって神様が遠ざかってしまうのを怖れる。それに対し、シスター・アロイシスはこう説く。 「悪事に立ち向かおうと1歩踏み出せば、それは神様から1歩遠ざかることになる。しかし、それは神のために成す行為なのだ」と。

何をするにも疑ってかかる校長は疑うことを善とする冷徹な人、だが、また高潔でもある。人生を送ってきた環境によって信念や性格は形成される。信じる道を貫くというのがどんなにか難しいことか、裏を返せば、信じる道を貫かざるを得ない人というのが存在するという事実でもある。

“疑い(DOUBT)”。人間の心に巣食う鬼は、次第に成長を続け、手のつけられない化け物になっていく。火の無いところに煙は立たない。昔の人は良く言い表したものだ。では、何も無い「無」からは疑惑はうまれるのだろうか。

神聖なはずのカトリック学校で、何が起こったのか?
トニー賞&ピューリツァー賞W受賞の舞台劇、衝撃の映画化!

アメリカ演劇界で最も高い権威を誇るトニー賞最優秀作品賞を始め主要4部門とピュリッツァー賞演劇賞をダブル受賞した傑作舞台劇を映画化。 無駄を排して研ぎ澄まされた会話のバトルは、メリル・ストリープ、フィリップ・シーモア・ホフマンという超実力派俳優と、『魔法にかけられて』の新鋭エイミー・アダムスという最高のアンサンブルによって、これ以上望むべくもない完成度の高さを実現した。とりわけ、ストリープとホフマンの“疑惑”をめぐる白熱の応酬は、映画史上に残る名シーンとして語り継がれるに違いない。最高のキャストと最高のスタッフを得た監督のジョン・パトリック・シャンリィが、この作品で描こうとしたのは「人間は確信を持つことなどできない」という真実だ。

人間という生き物はかくも複雑な生き物だ。疑心暗鬼。疑う心に闇がうまれる。昔の人はよく言い表したものだ。この作品はそんなことわざを如実に表した傑作だ。

(ラオウ)


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