今回上映する『映画は映画だ』と『チェイサー』。
この2本立てで1300円なんて安すぎる。
なぜなら両映画とも上映中ずっと息をのみ、目が離せない。
今の韓国映画はこんなにもレベルが高いのか!
なんて観ていて圧倒させられた。
特徴的なのは両作品とも制作者たちが若いこと。
両監督ともに長編デビュー作。
『映画は映画だ』は早稲田松竹でもお馴染みキム・ギドク監督の
助監督を務めていた、弱冠33歳のチャン・フン監督。
『チェイサー』のナ・ホンジン監督も34歳と若く、
それまで自作の短編映画で注目を浴びていた。
そして監督も若ければ、役者も若い。
『映画は映画だ』は俳優目当てと思われる女性で賑わっていた。
鋭さを湛えたソ・ジゾブとカン・ジファンは、
僕の目にも強くタフでかっこよく映った。
『チェイサー』で連続殺人鬼を演じたハ・ジョンウは、
マーティン・スコセッシに「ディカプリオやマット・デイモンを
遥かに凌ぐ可能性をもつ」とまで言わしめた。
韓国の若くして卓越した映画人たち。
彼らは伝統的な韓流ドラマとは違った人間の描き方をしている。
映画の中に「悪」を刻印していること。
映画を安易な救いで美化しないこと。
それらは現実の一つの様相そのものを示している。
これらの映画の醸し出すリアリティーの根源には、
人種民族を超えた人間そのものに対する深い洞察が感じられる。
今回特集する二作品は世界視座に立って、
「韓国映画」という範疇に収まらない大きな可能性を秘めている。
映画は映画だ
ROUGH CUT
(2008年 韓国 113分 ビスタ・SRD)
2009年9月5日から9月11日まで上映
■監督・脚本 チャン・フン
■原案・脚本・制作・制作総指揮 キム・ギドク
■脚本 オク・チンゴン/オー・セヨン
■出演 ソ・ジソブ/カン・ジフォン/ホン・スヒョン/コ・チャンソク/ソン・ヨンテ/チャン・ヒジン
この映画のチャン・フン監督は、キム・ギドク監督の助監督をして一から映画を学んだ、現場たたき上げの人である。日本で言うなら作風といい、今村昌平監督に師事して実力を身に付けた、三池崇史監督に通じるものを感じた。
ヤクザを本物らしく演じたい映画俳優”スタ”(カン・ジファン)と、映画俳優になりたかったヤクザ”ガンペ”(ソ・ジソブ)。
高慢で気性が激しいスタは映画の撮影に熱が入るあまり、次々に共演者を病院送りにしてしまう。そんな彼の相手役を引き受けてくれる者など誰もいない。困ったスタは、偶然出会ったヤクザのガンペに相手役を頼む。俳優の夢を捨て切れず、ヤクザの世界に嫌気がさしていたガンペは、ある条件付きで出演を承諾する。
その条件とは、演技ではなく体と体を本気でぶつけ合い、どちらかが倒れるまで闘うというものだった。そして2人は「映画」の中で、本当の闘いを始める…。
『映画は映画だ』はキム・ギドクが新たな新境地を開拓すべく、自分の観念を他者に撮らせてみる実験をした作品に思えた(キム・ギドクは原案・製作を担当している)。 キム・ギドクという完全に文科系の世界が、プロレスのような情念を前提とした体育会系の世界に変わっている。その突き抜け方がとても心地よく、痛快であった。
暴力描写が激しいと言われればそうなのだが、単純な暴力を超えた精神性が前面に打ち出されていた。それはきちんと”痛み”が伝わってくる表現がされていたからだと思う。
映画が映画自身について自己言及する。この映画では、虚構と現実を越えた境にこそ映画は存在するのだということを、2人の役者を通してきっちり描いていた。
交錯する鋭い”視線の映画”。「映画は映画だ」というある意味映画にとって究極のテーマを、エンターテイメントとして描ききっていた点に凄みを感じた。
チェイサー
THE CHASER
(2008年 韓国 125分 シネスコ・SRD)
2009年9月5日から9月11日まで上映
■監督・脚本 ナ・ホンジン
■出演 キム・ユンソク/ハ・ジョンウ/ソ・ヨンヒ/キム・ユジョン/チョン・インギ/チェ・ジョンウ/ミン・ギョンジン/パク・ヒョジュ/ク・ボヌン
『チェイサー』は韓国で10ヵ月の間に21人を殺害し、2004年に逮捕され「殺人機械」とも言われる、ユ・ヨンチョルの事件をベースにして制作された。
デリヘル嬢の斡旋業を営む元刑事のジュンホ(キム・ユンソク)の元から、最近二人の女が行方をくらましていた。女たちに渡した手付金を取り戻すため、ジュンホは捜索を開始。そして、女たちが残した携帯電話の番号から、客のヨンミン(ハ・ジョンウ)に辿り着く。ジュンホはヨンミンにたった今、ミジンを斡旋したばかりだった。
迷路のような住宅街に佇む家に迎えられたミジンは、メールでジュンホに住所を知らせようとするが、家全体が圏外であることに気付く。玄関には鍵がかけられ、逃げ場を無くしたミジンは、ヨンミンによって手足を縛られ監禁。ミジンは泣き叫び必至に命乞いをする。
警察すらも愚弄される中、ジュンホだけは、捕らえられたミジンの命を救うため、夜の街を猛然と走り続ける。全てを凌駕したシリアルキラーとただ一人闘いを挑む男との、極限ギリギリの追走劇が始まる…。
今回上映する『チェイサー』は、大争奪戦の末、レオナルド・ディカプリオとワーナーでリメイク権を獲得した。香港映画『インファナル・アフェア』をリメイクした『ディパーテッド』。共にその年を代表する傑作だったのは記憶に新しい。
この映画では、一切の説明が省かれている。なぜそうなったのか分からないところに描かれる、人間の恐怖。坂の住宅街、降りしきる雨、薄暗い浴室。見慣れた景色がとにかく怖い。
風景を裸にし、そして人間を裸にする描写。この生々しい質感こそ、この映画からいちばん伝わってくるものだ。
現代を生きる人間たちが抱える絶望的な闇。殺人の動機が全く分からず、それを解明しなければならない社会システムもどこか狂っている。これは現実にも十分ありうる出来事ではないか。そんな社会と人間の矛盾を曝け出し、描き切ってしまう力強さにこの映画の凄みを感じた。