【2020/9/5(土)~9/11(金)】『パプリカ』+『東京ゴッドファーザーズ』/『千年女優』+『パーフェクトブルー』

パーフェクトブルー
Perfect Blue

今 敏監督作品/1997年/日本/82分/ブルーレイ/旧R-15指定作品/ビスタ

■監督 今 敏
■原作 竹内義和
■キャラクター原案 江口寿史
■脚本 村井さだゆき
■演出 松尾衡
■キャラクターデザイン 濱洲英喜/今 敏
■撮影監督 白井久男
■音響監督 三間雅文
■音楽 幾見雅博
■アニメーション制作 マッドハウス

■声の出演 岩男潤子/松本梨香/辻親八/大倉正章/秋元洋介/塩屋翼/堀秀行/篠原恵美/古川恵実子

■1998年ベルリン国際映画祭正式招待作品/FANT-ASIA’97 PUBLIC PRIZE THE BEST (グランプリ)受賞/ファンタスボルト’98 ベストアニメーション受賞

©1997MADHOUSE

【2020/9/6(日)・8(火)・10(木)上映】

もう自分のことがわからない。

人気絶頂のアイドルグループを突如脱退し、女優への転身をはかった霧越未麻に届いた「裏切り者」のメッセージ。突然襲い掛かる言い知れぬ不安は、迷走する恐怖へのほんのプロローグだった。ドラマの端役出演、執拗なレイプシーンの撮影に加え、爆発物の仕掛けられたファンレターやドラマの関係者にふりかかる殺人事件。追い詰められた未麻の前に現れた、もう一人の《未麻》がさらに彼女を狂わせる。<もう一人の自分>とは誰なのか? そしてまた、関係者が殺人事件の犠牲者に。殺したのは自分かも知れない――

◆監督の言葉◆

「原作のモチーフを使って、全く新しいストーリーを作るような気持ちでアイディアを出し、過去に漫画用に考えていた様々なアイディアを引っぱり出して形作っていきました。そうする内に「周りの人間にとって“私”よりも“私”らしい存在」が主人公の知らぬうちにネット上で生み出されている、というアイディアが出てきました。

その存在は主人公にとって「過去の私」であり、ネット上にしか 存在しなかったはずのその「もう一人の私」が、外的な因子(それを望むファンの意識)やまた主人公自身の内的な因子(過去の方が居心地の良かったかもしれないと思う後悔の念)によって、その「過去の私=もう一人の私」というものが実体化し、それと主人公自身が対決するという構図が生まれ、そこで初めてこの 作品が「映像作品」として成立するという確信を得ました。」

(今敏オフィシャルサイト「KON'S TONE」より抜粋)

千年女優
Millennium Actress

今 敏監督作品/2001年/日本/87分/ブルーレイ/ビスタ

■監督・原案 今 敏
■脚本 村井さだゆき/今 敏
■企画 丸山正雄
■キャラクターデザイン 本田雄
■作画監督 本田雄/井上俊之/濱洲英喜/小西賢一/古屋勝悟
■音響監督 三間雅文
■音楽 平沢進
■アニメーション制作 マッドハウス

■声の出演 折笠富美子/小山茉美/荘司美代子/飯塚昭三/鈴置洋孝/山寺宏一/津嘉山正種

■第5回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞/第57回毎日映画コンクール大藤信郎賞 /第6回ファンタジア映画祭最優秀アニメーション映画賞・芸術的革新賞 /第33回シッチェス・カタロニア国際映画祭最優秀アジア映画作品賞

©2001千年女優製作委員会

【2020/9/6(日)・8(火)・10(木)上映】

千年かけても逢いたい人がいます

一世を風靡した映画女優、藤原千代子。長らく隠遁していた彼女の元に、一代記を取材しようと二人のビデオクルーが訪れる。千代子は戦争の足音が近づく帝都東京でスカウトされ映画女優となった。しかしその隠された目的は、たった一度だけ出会った初恋の殿方と再会すること。

彼を追い求める千代子の話は、戦前の満州から時空を超え戦国時代へつながり、二人のインタビュアーを翻弄する。千代子は江戸や明治時代を駆け抜け、現在すらも追い越してはるか未来の月面へとひた走る――

◆監督の言葉◆

「『千年女優』は昔話的な要素を意図的に盛り込んだつもりです。リアルなドラマや人物描写より、エッセンスを切り取るような単純化されたものが好きです。もちろん人物やエピソードの意味を一度単純化した上で、そこに説得力を持たせるためのリアリティのある描写を心がけていますが。 また『千年女優』は日本の昔話である「竹取物語」を意識してもいます。竹から生まれた“かぐや姫”が権力者たちの求婚に無理難題で応え、最後には帝まで袖にして故郷の月へ帰る、というお話です。老千代子の山荘へ向かう途中に竹林があるのはそういうイメージがあるからで、月へまでも走るというのもそうです。千代子は“月さえも越えて行くかぐや姫”というイメージでした」

(今敏オフィシャルサイト「KON'S TONE」より抜粋)

東京ゴッドファーザーズ
Tokyo Godfathers

今 敏監督作品/2003年/日本/90分/ブルーレイ/ビスタ

■監督・原作 今 敏
■企画 丸山正雄
■脚本 信本敬子/今 敏
■キャラクターデザイン 小西賢一/今 敏
■演出 古屋勝悟
■作画監督 小西賢一
■美術監督 池信孝
■撮影監督 須貝克俊
■音楽 鈴木慶一/ムーンライダーズ
■音響監督 三間雅文
■アニメーション制作 マッドハウス

■声の出演 江守徹/梅垣義明/岡本綾/飯塚昭三/加藤精三/小山力也/こおろぎさとみ/柴田理恵/矢原可奈子/犬山犬子/山寺宏一

■第7回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞/第58回毎日映画コンクールアニメーション映画賞/第18回デジタルコンテンツグランプリ 経済産業大臣賞/第36回シッチェス・カタロニア国際映画祭最優秀アニメーション映画観客賞/東京国際アニメフェア2004アニメアワード・コンペティション劇場映画部門 優秀作品賞 ほか多数

©2003 今 敏・マッドハウス/東京ゴッドファーザーズ製作委員会

【2020/9/5(土)・7(月)・9(水)・11(金)上映】

私の「名付け親」は 3人のホームレスでした――

元競輪選手のギンちゃん、元ドラッグ・クイーンのハナちゃん、家出少女のミユキ。新宿で暮らすホームレス3人組の前に、意外なクリスマス・プレゼントがやってきた。ゴミの山の中で生まれたばかりの赤ちゃんを発見したのだ。勝手に“清子”と命名し、ゴッドファーザー(名づけ親)となった3人は、雪ふる街を、親を探してさまよい歩く。ウラ東京で、人生を生き抜くホームレスたちが、急転する「運命」の中で出遭う<奇跡>とは。

◆監督の言葉◆

「何故起こるのかは分かりませんが、それは世に遍在しています。

【奇跡と偶然】

しかし当事者にとって、いかに神秘や運命を感じさせる出来事も、我が物顔に世界をおおっている論理性や合理性という「官軍」の前には勝ち目がありません。 「証拠は?根拠は?ない?何と非科学的な!」 これら科学の論理兵器によって異界へと押しやられた「奇跡と偶然」を健全に回復しようというのが本作の試みです。 ホームレスという、ある意味分かりやすい不幸な境遇におかれた本作の主人公たちは、クリスマスに“奇跡”の赤ん坊を拾うことである扉を開くのです。その扉の向こうに広がっているのは日常に重なる豊かな異界です。

やかましくも悲しく、寂しさと活力に溢れるキャラクターたちが繰り広げる、可笑しいのか悲しいのかよく分からない、素晴らしい矛盾と偶然と奇跡に満ちた世界をお楽しみ下さい。」

(『東京ゴッドファーザーズ』パンフレットより抜粋)

パプリカ
Papurika

今 敏監督作品/2006年/日本/90分/ブルーレイ/ビスタ

■監督 今 敏
■企画 丸山正雄
■原作 筒井康隆「パプリカ」(中公文庫/新潮文庫刊)
■脚本 水上清資/今 敏
■キャラクターデザイン・作画監督 安藤雅司
■美術監督 池信孝
■撮影監督 加藤道哉
■音楽 平沢進
■音響監督 三間雅文
■アニメーション制作 マッドハウス

■声の出演 林原めぐみ/江守徹/堀勝之祐/古谷徹/大塚明夫/山寺宏一/田中秀幸/こおろぎさとみ

■第63回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門正式出品/第12回アニメーション神戸 作品賞・劇場部門/第14回Chlotrudis Awardsベストデザイン賞/第25回ポルト国際映画祭Critics’ Award受賞/東京アニメアワード2007優秀作品賞劇場映画部門個人部門音楽賞(平沢進) ほか多数

©2006 MADHOUSE / SONY PICTURES ENTERTAINMENT (JAPAN) INC.

【2020/9/5(土)・7(月)・9(水)・11(金)上映】

夢が犯されていく――

精神医学研究所に勤める美しきセラピスト千葉敦子と天才科学者・時田浩作によって開発された“DCミニ”。患者の夢に入り込み、無意識の世界をモニターすることで治療を行う画期的な装置が、ある日突然何者かに盗まれる。その日を境に、一人、また一人と研究に関わった人間の夢が犯され、何かが狂い始めていく。

捜査に乗り出した千葉敦子にも魔の手が迫る。しかし彼女はもう一つ、別の顔をもっていた。他人の夢にシンクロして、共時体験することでトラウマを取り除く、通称“夢探偵パプリカ”。人格を破壊するほどの威力を持つDCミニを悪用する夢のテロリストを阻止するために立ち上がったパプリカだが…

◆監督の言葉◆(「映画と夢の共通点についてどう思われますか? 映画作りは夢みることに似ていると思われますか?」という質問に対して)

「素敵な質問ですね。私は映画作りと夢を見ることに多くの共通点を見出しています。我々が睡眠中に見る夢とは「予期せぬ私の映画」とでも言うべきものでしょうか。主人公は当人であり、画面もシナリオもその人の無意識に由来するものです。(中略)

夢を「予期せぬ私の映画」と言うなら、映画は「誰もが安心して楽しめる夢」とでも言えるかもしれません。「無意識の映画」と「意識の映画」と言い換えても良いでしょう。しかし、本当に映画は安心して楽しむだけのものでしょうか。すべてが理解できるものであるべきでしょうか。私はそうは思いません。もちろん夢とは違い、映画の表現内容の多くは観客に共有されなければなりません。しかし映画には必ず見終わっても残る「謎」のようなものがなければ、その映画が印象的なものにはならないだろうと思います。(中略)

それは画面としての謎かもしれませんし、登場人物の心情、あるいはストーリーや設定上の謎であるかもしれませんが、いずれにせよ、それが分からなくても観客にとっては映画として成立しつつ、でもそこを観客がそれぞれの想像で補うことによって、その映画が他ならぬその観客「だけ」の体験となるのだと思うのです。同じ映画を観ていながら、「その人だけの体験となる」というあたりもまた、映画と夢の大きな共通点だと感じます。」

(今敏オフィシャルサイト「KON'S TONE」より抜粋)