【2025/3/1(土)~3/7(金)】『紅いコーリャン』『菊豆 チュイトウ』/『さらば、わが愛/覇王別姫』『花の影』+ 特別レイトショー『紅夢』

ミ・ナミ

〈老人に金で買われた少女〉(『紅いコーリャン』)〈甥と密通した年若い叔母」(『菊豆』)〈しきたりに翻弄される富豪の第4夫人〉(『紅夢』)…今週の上映作品でコン・リーが担う役柄をこうして並べると、何といたわしいのかと涙を拭いたくなります。

しかしそこは我らがコン・リー。たとえば『紅夢』で、金持ちへの望まぬ嫁入りをせかす義母に対し、一抹の逡巡と涙を見せながらも「もう分かったわ。嫁げばいいんでしょう」と静かに言い捨てるファーストカットで、これはもはやコン・リーの映画だと決定してしまうように、世間と因習に流されるだけの主人公ではありません。前途多難な輿入れを経てコーリャン酒の酒蔵の“親方”になり、日本軍の侵略に追われながらも気高さだけは忘れない。卑劣な老夫にしたたかに打ちのめされながらも、女の性欲をこれでもかと肯定する。何かを奪われはするけれど、しかし何もかもは奪われまいという気骨に、観ているこちらは大いに奮い立たされるのです。

『さらば、わが愛/覇王別姫』でコン・リー扮する菊仙は、レスリー・チャン演じる蝶衣にしてみれば疎ましい恋敵で、芝居が分からない野暮ったい奴とさげすまれたりもしますが、引きません。中国に侵攻しつつあった日本軍を怒らせ、連行された小楼の奪還をめぐる蝶衣との攻防は、作品のひそかな目玉シーンでした。蝶衣に小楼との離別を条件に将校に取り入るよう頼みながら意地の一念が顔面にほとばしる女優はここまでいないでしょう。レスリー・チャン演じる蝶衣の美しい芸と悲恋に入りこむ邪魔者としてだけ扱うのは残念なほどの存在なのです。この作品は菊仙がいることにより蝶衣の美しさのもう一側面である残酷さや嫉妬深さといったざらりとした人間性があらわになり、よけいに人間の感情のドラマとしての本作の完成度が高まるのです。

『花の影』では、幼い頃に受けた痛ましい体験のせいでジゴロになり下がった男・忠良が、幼い頃に仕えた富豪のひとり娘・如意と屈折した愛情関係に沈んでいきます。如意を演じたコン・リーは、つつましくありながらも、情と生に命を燃やす女性像を確と体現しています。

今週の早稲田松竹は、チャン・イーモウ監督『菊豆 チュイトウ』『紅いコーリャン』特別レイトショーとして『紅夢』、チェン・カイコー監督『花の影』『さらば、わが愛/覇王別姫』を上映いたします。文化大革命の折に下放(※1)されたチャン・イーモウ。父親を反革命分子として告発したチェン・カイコー。二人の作品のトーンもまた、差異を持ちつつも共鳴するところがあるように思います。コン・リーという不世出の俳優を通すことで多彩な様相を見せる、二人の巨匠による近現代中国をぜひお楽しみください。

(※1)文化大革命期の中華人民共和国において、中国共産党中央委員会主席毛沢東の指導によって行われた青少年の地方での徴農。

花の影
Temptress Moon

チェン・カイコー監督作品/1996年/香港/128分/DCP/ビスタ

■監督 チェン・カイコー
■製作 トン・チュンニェン/シュー・フォン
■原案 チェン・カイコー/ワン・アンイー
■脚色 シュー・ケイ
■撮影 クリストファー・ドイル
■音楽 チャオ・チーピン
 
■出演 レスリー・チャン/コン・リー/リン・チェンホア/ホー・サイフェイ/デヴィッド・ウー

■1996年カンヌ国際映画祭正式出品

© 1996 Tomson (Hong Kong) Films Co., Ltd.

【2025/3/1(土)~3/7(金)上映】

近すぎて 愛が見えない ふたり

辛亥革命に中国じゅうが揺れた1911年。両親を亡くし、姉が嫁いでいたパン家を頼ってきた聡明な少年チョンリァン。だが、パン家の人々はみなアヘン中毒で、姉の旦那に虐待されたチョンリァンは、最愛の姉との一夜で”男”にさせられたことに絶望し、屋敷を飛び出す。

時は過ぎ、1920年代の上海。粋なスーツに身を包んだ美青年が、颯爽とダンスホールを駆け抜ける。人妻をだましては脅迫するジゴロ、シャオシェこそ大人になった”チョンリァン”だった。上海マフィアの一員となり、甘いマスクで平然と女をだましながらも、姉に似た女に安らぎを求めた。屈折した心を抱える彼にある日ボスから下った指令は、パン家の当主の死で財産相続人となった姉の旦那の妹、ルーイーを誘惑することだった――。

影絵のように、はかなくも美しく、絢爛たる愛の伝説

アジア映画旋風が世界中で巻き起こり、勢いを作ったチェン・カイコー監督作『さらば、わが愛/覇王別姫』から3年後に作られたのが本作『花の影』。製作期間3年、『さらば、わが愛』の2倍以上の製作費を費やし、上海郊外に20年代の華やかな上海が巨大セットで再現された。人を愛せない、人に愛されない……過去に傷つき、心の闇を抱いて生きるのだとあきらめていた男と女。『嵐が丘』を思わせる激しいロマンと、すれ違う二人の愛を、動乱の時代と共に激しく謳いあげた絢爛たる愛の伝説である。

ジゴロの艶やかさと、秘められた少年の複雑な心情をレスリー・チャンが見事に表現。また、少女から女性へ、鮮やかに燃えさかる炎のヒロイン、ルーイーをコン・リーが凛とした静かな迫力をもって演じている。撮影はウォン・カーウァイ監督とのコラボレーションで有名なクリストファー・ドイル。登場人物の心理に密着した、官能的な映像に仕上げている。

さらば、わが愛/覇王別姫 4K
Farewell My Concubine

チェン・カイコー監督作品/1993年/中国・香港・台湾/172分/DCP/ビスタ

■監督 チェン・カイコー
■製作 トン・チュンニェン/シュー・フォン
■原作・脚色 リー・ピクワー
■撮影 クー・チャンウェイ
■編集 ペイ・シャオナン
■音楽 チャオ・チーピン

■出演 レスリー・チャン/ チャン・フォンイー/コン・リー/ルォ・ツァイ/クー・ヤウ/ホァン・ペイ/トン・ディー/イン・ダー/チー・イートン

■1993年カンヌ国際映画祭パルムドール受賞/ロサンゼルス映画批評家協会賞/外国語映画賞受賞/ニューヨーク映画批評家協会賞外国語映画賞・助演女優賞受賞/ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞受賞

©1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.

【2025/3/1(土)~3/7(金)上映】

夢のような永遠の一瞬をあなたと歩んだ――

京劇の俳優養成所で兄弟のように互いを支え合い、厳しい稽古に耐えてきた2人の少年――成長した彼らは、程蝶衣(チョン・ティエイー)と段小樓(トァン・シャオロウ)として人気の演目「覇王別姫」を演じるスターに。女形の蝶衣は覇王を演じる小樓に秘かに思いを寄せていたが、小樓は娼婦の菊仙(チューシェン)と結婚してしまう。やがて彼らは激動の時代にのまれ、苛酷な運命に翻弄されていく…。

壮大なスケールと映像美で運命に翻弄される人間の愛憎を描く一大叙事詩

京劇の古典「覇王別姫」を演じる2人の役者の愛憎を、国民党政権下の1925年から文化大革命時代を経て、50年に渡る中国の動乱の歴史と共に描く一大叙事詩。中国第五世代の旗手チェン・カイコー監督の代表作で、1993年カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した。チェン・カイコーは2008年に「覇王別姫」の作者として知られる京劇の名女形・梅蘭芳の生涯を描いた『花の生涯~梅蘭芳~』も制作している。

当時香港のトップスターであったレスリー・チャンが京劇役者役を熱演。レスリーは歌手としてデビュー後、『男たちの挽歌』『欲望の翼』
など俳優としても活躍し、本作では京劇の舞いと北京語の猛練習を積んで難しい役どころを見事に演じきった。また、『紅いコーリャン』『秋菊の物語』などで中国を代表する女優・コン・リーが、恋敵となる高級娼婦役で出演。当時考え得る最高のキャスト・スタッフが集結した。

菊豆 チュイトウ
Ju Dou

チャン・イーモウ監督作品/1990年/中国・日本/94分/DCP/スタンダード

■監督 チャン・イーモウ/ヤン・フォンリャン
■製作総指揮 徳間康快/チョン・ウェンズー/フー・チエン
■原作・脚本 リウ・ホン「菊豆<チュイトウ>」(徳間文庫刊)
■撮影 クー・チャンウェイ/ヤン・ルン
■編集 トー・ユアン
■音楽 チャオ・チーピン

■出演 コン・リー/リー・パオティエン/リー・ウェイ/チャン・イー/チェン・チエン

■第43回カンヌ国際映画祭ルイス・ブニュエル賞

© 1990, China Film Co-Production Corporation, Xi’an Film Studio, All rights reserved

【2025/3/1(土)~3/7(金)上映】

二人の愛を許してください。

1920年代の中国。染物屋の楊金山に金で買われて嫁いできた菊豆は、子供が作れない金山の鬱憤に虐待されて死んだ前妻二人同様に、毎日のように彼から折檻を受けていた。楊の甥であり同居している楊天青はその姿に同情していたが、彼女に思いを寄せ、それを知った菊豆はやがて彼と不倫関係に落ちる。天青の子を身ごもった菊豆は、生まれた息子に天白と名付け、金山の子として育てていく。ある時、金山は脳卒中で倒れ、身体が不自由になった彼に、菊豆は復讐するかのように、天白が金山の子でないことを打ち明けた…

徳間書店の徳間康快社長が井上靖原作の「敦煌」を映画化する際に中国で撮影するために、中国と長年に渡り交渉していた中で、中国映画の輸入配給となる東光徳間を立ち上げた。そして日本国内で中国映画祭を行うなど、当時あまり知られていなかった中国映画を紹介することで信頼を得ていく中で、中国側の企画に出資として参加することになったのが本作『菊豆 チュイトウ』である。

映画のロケ地となった南平村では、コン・リーが撮影が始まる前に2ヶ月以上かけて生活を体験した。また、演じるキャラクター・菊豆(チュイトウ)に近づくため、農民と同じ格好をして過ごし、一緒に米を脱穀したりした。精神的に落ち込む設定であったため、撮影中はコン・リー自身も憂鬱な気分を抱えており、その結果、撮影後もその感情を引きずり北京に戻った後に重い病気に陥ってしまった。

紅いコーリャン
Red Sorghum

チャン・イーモウ監督作品/1987年/中国/91分/DCP/シネスコ

■監督 チャン・イーモウ
■製作 ウー・ティエンミン
■原作 モー・イェン「赤い高粱」(岩波書店刊)
■脚本 チェン・チェンユイ/チュー・ウェイ/モー・イェン
■撮影 クー・チャンウェイ
■音楽 チャオ・チーピン

■出演 コン・リー/チアン・ウェン/トン・ルーチュン/リウ・チー/チェン・ミン/チー・チェンホア

■第38回ベルリン国際映画祭グランプリ(金熊賞)受賞/第8回中国金鶏奨最優秀物語賞・最優秀撮影賞・最優秀音楽賞・最優秀録音賞受賞/第11回百花奨最優秀物語賞受賞

© 1988, Xi’an Film Studio, All rights reserved

【2025/3/1(土)~3/7(金)上映】

美は、力である。

1920年代末の中国山東省の小さな村で、貧しい農家の娘である九児は、家の経済的困窮を救うために、売られたかのような形で造り酒屋の李の元に嫁ぐことになった。嫁入りの途中、コーリャン畑で強盗に襲われるが、それを助けたのが余占鰲だった。嫁入り後再び実家に戻ることになった九児はあのコーリャン畑で余と再会し、二人は結ばれる。九児は嫁ぎ先に戻るものの夫は行方不明となっており、未亡人となった彼女は代わりに酒屋を切り盛りし、やがて余と結婚する。子供も生まれ、幸せな日々を送っていたが、やがてその村に日本軍が侵攻してきた…

チャン・イーモウの初監督作品となった『紅いコーリャン』は、1986年にモーイェンが発表した二つの中編小説「紅高粱」と「高粱酒」を読み、小説で登場する男女たちが陽気でオープンな性格が人間の自由を表していることを感じて映画化を考えたことから始まった。作品で重要な役である「私の祖母」となる九児役の選出はかなり難航したが、中央戯劇学院演技科2年生だったコン・リーやシー・クーが候補となり、何度かスクリーンテストをした上で最終的にコン・リーが選ばれた。映画冒頭から圧倒的な映像美とその迫力に、本作品は第38回ベルリン国際映画祭でグランプリを受賞するとともに、同賞を初めてアジアにもたらした。

【レイトショー】紅夢
【Late Show】Raise the Red Lantern

チャン・イーモウ監督作品/1991年/中国・香港/125分/DCP/ビスタ

■監督 チャン・イーモウ
■製作総指揮 ホウ・シャオシェン/チョン・ウェンズー/マー・ドゥホー
■原作 スー・トン「妻妾成群」
■脚本 ニイ・ゼン
■撮影 チャオ・フェイ
■編集 トー・ユァン
■音楽 チャオ・チーピン

■出演 コン・リー/ホー・ツァイフェイ/マー・チンウー/ツァオ・ツイフェン/チョウ・チー/コン・リン/チン・スウユエン

■第48回ヴェネチア国際映画祭銀熊賞受賞/第58回ニューヨーク批評家協会最優秀外国映画賞受賞

© 1991, China Film Co-Production Corporation, All rights reserved

【2025/3/1(土)~3/7(金)上映】

真紅の灯籠がゆらめく。女の愛とパッション。

1920年代の中国。父親を亡くし、貧しい生活を愚痴る義母から逃げるために、頌蓮はすでに3人の夫人を持つその地の財産家である陣佐千の元へ嫁ぐ。各夫人には1院から3院までの住居が与えられており、第4夫人となった頌蓮の4院には、主人の寵愛を受ける赤い提灯が飾り付けられていた。初夜の夜、第3夫人の梅珊に邪魔をされた頌蓮だったが、あらためて夫人たちに会うと、彼女たちは陣佐千に寵愛を受けるために生きているかのように見えた。そして愛憎渦巻く夫人たちとの関わりの中で事件は起こった。

1990年にスー・トンが発表した小説「妻妾成群」を読んだチャン・イーモウ監督が映画化を思いつき、すぐにスー・トンに連絡を入れて映画化権を購入して作られたのが本作である。原作は長江の南部にある小さな村にある大きな家を舞台に起こる物語として描かれているが、映画では山西省にある喬家大院の敷地を舞台とするなど、かなり大胆に翻案している。これは監督自体、当初は原作が舞台となっている南部での撮影を考えていたが、以前、撮影で参加した『古井戸』の経験や、山西省の古代建築といった特徴ある家のたたずまいを考慮して山西省を舞台に選んだ。特に18世紀に建てられた喬家大院の中庭は、建築美学と民間伝承の研究価値があるほどの芸術的な視覚を持っており、監督にとって理想的な撮影の視点と構図のインスピレーションを与えた。