ぽっけ
2023年の初夏、ジャック・ロジエ監督がこの世を去った。
世界中でどれだけの人が「アデュー・ロジエ」とつぶやいただろう。
『アデュー・フィリピーヌ』には思い返すだけでとろけてしまいそうなシーンがいくつもある。ヌーヴェルヴァーグの作家たちが好んだ街頭ロケシーン、リリアーヌとジュリエットの美しい横移動ショット、先に目覚めて「アデュー・フィリピーヌ」と叫んだ方が恋人を独り占めできるという遊戯、ジャン・ヴィゴ監督の『ニースについて』を彷彿とさせるお祭り騒ぎの中、コルシカ島に彼女たちが到着するシーン、恋に破れそうになった夜、突如ハチに襲われるピクニック、歌とダンスの上手なイタリア人、ミシェルにやさしくされた夜、(カメラを見つめながら)踊るリリアーヌ、旅先からそのまま戦地へと旅立つミシェルを見送る二人。
それだけでは物語と言えるほどの組織を持ちそうもない瞬間のきらめきがいつしか連なって映画の時間を作り出す。ロジエの映画はいつもそうだ。わたしたち観客は彼の作り出した瞬間瞬間をみつめるしかない。ただそれに身を預けても構わないと思えるのは、私たちが見つめたものをひとつひとつ拾い返してくれるような贅沢な時間との戯れをジャック・ロジエの映画は許してくれるからだと思う。
冒頭では決して主人公とは思えない『メーヌ・オセアン』号の切符係。物語の途中で視点が彼に移り変わっていくとき、観客は予期せぬ旅立ちと同様にその道連れに戸惑うかもしれない。不寛容や暴力を伴う不穏な出会いであっても、ロジエの映画はブリッジするように立ち上がり、無為な時間のなかで主人公ではないかもしれない男を延々と見つめさせて、二度と忘れられない人にしてしまう。
こうしたジャック・ロジエ映画の思考回路が剥き出しになったとも言える今回上映する待望の初公開作品『トルテュ島の遭難者たち』をみれば彼の映画がヴァカンスの甘美な時間だけを描いたわけではないことがよくわかる。日常から離れること、その不穏さは『アデュー・フィリピーヌ』のミシェルがアルジェリア戦争に徴兵される連絡を待ちながら過ごすコルシカ島での日々のほろ苦さのように、ヴァカンスの甘美な部分と表裏一体になっているのだ。
『バルドー/ゴダール』を撮りにゴダールの『軽蔑』の撮影に同行して、そこでブリジット・バルドーを追いかける『パパラッツィ』を主役に一本の映画を作り上げてしまうように、ジャック・ロジエの映画は舞台に上がることのない人たちを決して見逃さない。多くの登場人物が入り乱れる『フィフィ・マルタンガル』は即興ではなくシナリオ通りに撮られたという。しかしここでもジャック・ロジエは舞台裏で出会った人々との因果までも舞台の上にあげてしまう。人生の最も甘美な時間を知っている者は、その舞台がどう作られているかを知り尽くしているのだ。
アデュー・フィリピーヌ 2Kレストア
Adieu Philippine
■監督 ジャック・ロジエ
■製作 ジョルジュ・ド・ボールガール
■脚本 ジャック・ロジエ/ミシェル・オグロール
■撮影 ルネ・マトラン
■編集 ジャック・ロジエ/モニク・ボノ/クロード・デュラン
■音楽 ジャック・ダンジャン/マキシム・ソーリー/ポール・マテイ
■出演 ジャン=クロード・エミニ/イヴリーヌ・セリ/ステファニア・サバティーニ/ヴィットリオ・カプリオリ
© 1961 Jacques Rozie
【2024/5/4(土)~5/10(金)上映】
1960年パリ。アルジェリア戦争のさなか兵役を数か月後に控えた青年ミシェルは、勤務先のテレビ局でリリアーヌとジュリエットという仲の良い二人の娘と出会う。二人は次第にミシェルに惹かれていくが、彼はどちらとも上手くやろうとする。そんな中、仕事でミスをしたミシェルは、兵役前にヴァカンスを楽しもうとテレビ局を辞め、二人に告げぬままコルシカ島へ旅立つ。永遠の青春映画と絶賛される、ロジエの長編デビュー作。
トルテュ島の遭難者たち 4Kレストア
The Castaways of Turtle Island
■監督・脚本・製作総指揮 ジャック・ロジエ
■製作管理 ジャック・ポワトルノー
■撮影 コラン・ムニエ
■録音 ジャン=フランソワ・シュヴァリエ
■編集 ジャック・ロジエ/フランソワーズ・テヴノ
■音楽 ナナ・ヴァスコンセロス/ドリヴァル・カイミ
■出演 ピエール・リシャール/モーリス・リッシュ/ジャック・ヴィルレ/キャロリーヌ・カルティエ/アラン・サルド/ジャン=フランソワ・バルメール/ナナ・ヴァスコンセロス/パトリック・シェネ/ピエール・バルー
© 1974 Jacques Rozier
【2024/5/4(土)~5/10(金)上映】
パリの旅行代理店に勤めるボナヴァンチュールと同僚の「太っちょノノ」は、ロビンソン・クルーソーの冒険を追体験させる無人島ヴァカンスツアーを企画する。彼らはツアー候補地のカリブ海へ調査に向かうが、空港で「太っちょノノ」が逃げ出し、代わりに弟の「プティ・ノノ」がボナヴァンチュールに同行することになる。現地に着いた二人が無人島を探していると、パリから最初のツアー客がやってくるが、誰もボナヴァンチュールの言うことを聞こうとしない。
メーヌ・オセアン 4Kレストア
Maine Océan
■監督 ジャック・ロジエ
■製作 パウロ・ブランコ
■脚本・台詞 ジャック・ロジエ/リディア・フェルド
■撮影 アカシオ・ド・アルメイダ
■編集 ジャック・ロジエ/マルティーヌ・ブラン
■音楽 シコ・ブアルキ/フランシス・ハイミ
■出演 ベルナール・メネズ/ルイス・レゴ/イヴ・アフォンソ/リディア・フェルド/ロザ=マリア・ゴメス/ペドロ・アルメンダリス・Jr/マイク・マーシャル/ベルナール・デュメーヌ/ジャン=ポール・ボネール/ユベール・デジェックス/アンヌ・フレデリック
■1986年ジャン・ヴィゴ賞受賞
© 1986 Jacques Rozier
【2024/5/4(土)~5/10(金)上映】
ブラジル人ダンサーのデジャニラは、パリ発の特別列車「メーヌ・オセアン号」に飛び乗るが、検札係に罰金を命じられてしまう。フランス語が分からない彼女だが、たまたま通りがかった弁護士の女性に助けられる。翌日、弁護士に誘われ漁師の裁判に立ち会ったデジャニラは、その漁師が住む大西洋の島で週末を過ごすことにするが、そこに検札係もやって来て…。ロジエ作品中、最もコミカルな作品。
フィフィ・マルタンガル デジタル・レストア
Fifi Martingale
■監督 ジャック・ロジエ
■脚本・台詞 ジャック・ロジエ/リディア・フェルド
■撮影 ジャン・クラヴエ/マチュー・ポワロ=デルペク
■編集 ジャック・ロジエ/アンヌ=セシール・ベルノー
■音楽 ラインハルト・ワグナー
■出演 ジャン・ルフェーブル/イヴ・アフォンソ/リディア・フェルド/マイク・マーシャル/ルイス・レゴ/フランソワ・シャト/ジャック・プティジャン/ロジェ・トラップ/ジャック・フランソワ/アレクサンドラ・スチュワルト/ジャン=ポール・ボネール
© 1997 Jacques Rozier
【2024/5/4(土)~5/10(金)上映】
ブールヴァール劇『イースターエッグ』はパリで大ヒット中。この低俗な自作が権威あるモリエール賞を受賞したと知った劇作家は、これを何かの陰謀だと思い込み、上演中の戯曲を改変して「敵」に報復しようと企む。
【レイトショー】パパラッツィ 2Kレストア + バルドー/ゴダール 2Kレストア
【Late Show】Paparazzi + Le Parti des choses : Bardot/Godard
『パパラッツィ』
■監督・脚本 ジャック・ロジエ
■撮影 モーリス・ペリモン
■音楽 アントワーヌ・デュアメル
■ナレーション ミシェル・ピッコリ
■出演 ブリジット・バルドー/ジャン=リュック・ゴダール/ミシェル・ピッコリ/ジャック・パランス/フリッツ・ラング
『バルドー/ゴダール』
■監督・脚本 ジャック・ロジエ
■撮影 モーリス・ペリモン
■出演 ブリジット・バルドー/ジャン=リュック・ゴダール/ミシェル・ピッコリ/ジャック・パランス/フリッツ・ラング
© 1963 Jacques Rozier
【2024/5/4(土)~5/10(金)上映】
1963年5月、ゴダール『軽蔑』の後半部分を占めるカプリ島での撮影現場を訪れたロジエは、そこで撮影したフッテージをもとに二本の短篇を製作する。
『パパラッツィ』では、ブリジット・バルドーを一目見ようと集まる群衆や、スクープ写真を狙うパパラッツィに焦点をあて、『軽蔑』を外側から捉えようとする。
『バルドー/ゴダール』では、作品の内側からゴダールの撮影美学に迫りながら、ロジエの作家性をも浮かび上がらせている。
【レイトショー】軽蔑 60周年 4Kレストア版
【Late Show】Contempt
■監督・脚本 ジャン=リュック・ゴダール
■原作 アルベルト・モラヴィア
■撮影 ラウル・クタール
■編集 アニエス・ギュモ
■音楽 ジョルジュ・ドルリュー
■出演 ブリジット・バルドー/ミシェル・ピッコリ/ジャック・パランス/ジョルジア・モール/フリッツ・ラング
©1963 STUDIOCANAL – Compagnia Cinematografica Champion S.P.A. All Rights Reserved.
【2024/5/4(土)~5/10(金)上映】
作家ポールは、フリッツ・ラングが監督する映画の脚本の修正を依頼される。自身と愛する妻カミーユの生活のために依頼を引き受ける一方で、ポールの脚本の修正を依頼したプロデューサーはカミーユに関心を寄せていた。すると突然――愛を囁き合っていた前日までと態度や言動を変えるカミーユ。彼女を問い詰めるポールだが、核心に迫ることはできない。不穏な空気のまま撮影所のカプリ島を訪れた彼らは、決定的な瞬間を迎えることになる。
ジャン=リュック・ゴダールの最高傑作の一つと称される『軽蔑』。カプリ島を舞台に、作家ポールとその妻カミーユの悲劇的なロマンスを描く。ポールの美しき妻カミーユにブリジット・バルドー、作家ポールにミシェル・ピッコリというフランスの伝説的俳優が主演。60周年を記念した4Kへのレストアには220時間を要し、色彩や照明のずれなど、時間の経過に伴う欠陥を補正した。この新たな修復により、観客は『軽蔑』本来の鮮烈な世界観を鑑賞することができる。レストア版は2023年カンヌ国際映画祭クラシック部門にて上映された。