ミ・ナミ & パズー
『ウーマン・トーキング 私たちの選択』の予告編を見ていたとき、この映画で扱われている事件が2010年のものだと知り心から慄然とした。ある閉鎖的コミュニティの中で常習化していたおぞましいレイプと、男たち全員が不在であるたった2日間で行われた女性たちの切実なダイアローグが、何か私自身からは遠く離れたものだと切り離したかったのかもしれない。撮影を担当したリュック・モンテペリエ監督によれば、元々はモノクロで撮る予定であった本作がカラー作品になったのは、映画自体が「遠い昔の物語」として「今の話ではない」「現代に生きる私たちは関係ない」という印象を与えることを避けたかったからだそうだ。深くくすんだ色をしたルックは、映画を観始めた私を女性たちが集い額を寄せ合う納屋の中へ否応なく立たせようとする。
『サントメール ある被告』もまた、同じようにして観る者が当事者の立場から逃れることを許さない。15か月の娘への殺人罪で、ロランスという女性が逮捕される。彼女の裁判を傍聴していた作家ラマは、ロランスがあらゆる悪意―意識的ではなく、ほとんどが無意識的なもの―に晒され続けていたことに、静かに打ちのめされる。ロランスがそうであったように、ラマもまた母との間に軋みを感じて生きてきた。ロランスの受けた悪意は、彼女が黒人であり、女性であるためだと理不尽に向けられたものもある。不条理が徐々に追い詰めた結果、「娘を悪意から守りたかった」と海に置き去りにしたロランス。被告として証言台に立つ彼女と、そんなロランスに自己を重ねているであろうラマ。二人に対し、私たちの心理的距離はさほどない。
『ウーマン・トーキング』では直接的な暴力描写はなく、過ぎ去ったはず出来事がいかに被害者を苦しめるかに焦点が当てられている。『サントメール』は、リーガルドラマによくある法廷での丁丁発止な応酬ではなく、被告ロランスと検察、弁護士の丹念なやり取り、そしてそれらをみつめる作家ラマの生からゆっくりと滲み出る憂鬱、絶望をすくい取っている。私たちは、『ウーマン・トーキング』に登場する女性のひとり、オーナとともに納屋に座り、ラマのように傍聴席に座らなければならない。自分自身の苦しみについて報復したり、自分が苦痛を同じ行為を誰かに与えるためではない。オーナもマリも妊婦だ。レイプで妊娠したオーナは、父親の分からない我が子が被害者にも加害者にもならないために決然と選択する。お腹に宿った命を恋人に告げることもできないまま、ラマは深く葛藤する。この選択と葛藤こそが、多くの痛みと憎悪を終わらせるための営みなのだ。誰かを断罪することはないが、勇敢で力強い映画の二本立てだ。
(ミ・ナミ)
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8歳の子を持つシングルマザーである『それでも私は生きていく』の主人公サンドラは、病で記憶や視力を日に日に失っていく父親の介護もしている。働く母親である気丈な姿と、病気の父に戸惑いただ涙する姿。そしてそんな時に出会った新たな恋人の前で見せる甘い表情。たった一日の中でも彼女はいろいろな顔を持っていて、幸せと不幸せを同時に受け止めている。
「本人に会っているより、父の本棚を見ている方が父を感じられる」と、サンドラは言う。以前の面影を失くす父ではなく、自分の想い出の中の父を留めておきたい。弱い部分を隠さないサンドラの正直さは、自身の体験を基に本作を作ったという監督ミア=ハンセン・ラブの、人に対する寛容さを感じられる。
『ジェーンとシャルロット』は、世間から常に注目を浴びてきた母ジェーン・バーキンと娘シャルロット・ゲンズブールが、映画という共同作業を通して二人の間にある距離を徐々に埋めていく姿が収められている。二人の関係性には、ジェーンのかつての夫でシャルロットの父であるセルジュ・ゲンズブールや、2013年に悲劇の死をとげたシャルロットの姉、ケイト・バリーの存在が大きく影響していたことが語られる。
「人はどうして母親から離れるの? それが人生の目的みたいに――私はしがみついていたい」直接は伝えられないかもしれない、母に対する素直なシャルロットのモノローグは胸を切なくさせる。時にシャルロットの娘ジョーも交え三世代で過ごす穏やかな日々のなかで、彼女たちは改めて家族になろうとしているようにみえる。
大切な人がいないことと、大切な人がとなりにいること。どちらの作品にも、悲しみと喜びとが同居している。誰かの子供であり、誰かの親であるかもしれないすべての人を優しく包み込んでくれるような二本立てだ。
(パズー)
サントメール ある被告
Saint Omer
■監督 アリス・ディオップ
■脚本 アリス・ディオップ/アムリタ・ダヴィッド/マリー・ンディアイ
■製作 トゥフィク・アヤディ/クリストフ・バラル
■撮影 クレール・マトン
■編集 アムリタ・ダヴィッド
■出演 カイジ・カガメ/ガスラジー・マランダ/ヴァレリー・ドレヴィル/オーレリア・プティ/グザヴィエ・マリ
■第79回ヴェネチア映画祭銀獅子賞・新人監督賞受賞/第95回アカデミー賞国際長編映画部門フランス代表/2022年セザール賞最優秀新人監督賞/シカゴ国際映画祭最優秀脚本賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート
© SRAB FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA – 2022
【11/18(土)~11/24(金)まで上映】
真実はどこ? あなたは誰?
フランス北部の町、サントメール。若き女性作家ラマは、ある裁判を傍聴する。被告は、生後15ヶ月の娘を海辺に置き去りにし、殺人罪に問われた女性ロランス。セネガルからフランスに留学し、完璧な美しいフランス語を話す彼女は、本当に我が子を殺したのか? 被告本人の証言も娘の父親である男性の証言も、何が真実かわからない。そしてラマは偶然、被告ロランスの母親と知り合う。彼女はラマが妊娠していることを言い当てる。裁判はラマに、“あなたは母親になれる?”と問いかける…果たしてその行方は──。
彼女は本当に我が子を殺したのか――? 世界中の映画祭を席巻、かつて見たことのない衝撃の法廷劇!
第79回ヴェネチア映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)と新人監督賞を受賞し、世界の注目を集めた本作。監督は、セネガル系フランス人女性監督アリス・ディオップ。実際の裁判記録をそのままセリフに使用する斬新な手法と巧みな演出、俳優たちの圧倒的な演技が絶賛された。撮影監督は『燃ゆる女の肖像』のクレール・マトン。脚本にはゴンクール賞作家のマリー・ンディアイが参加。〈2022年最高のフランス映画〉との呼び声も高い本年度屈指の必見作である。
被告人ロランス、裁判を傍聴する作家ラマを演じる二人の女優、ガスラジー・マランダとカイジ・カガメの圧倒的な素晴らしさ、撮影のクレール・マトンや共同脚本で参加した作家のマリー・ンディアイら女性スタッフの感動的な仕事に加え、ディオップ監督はさまざまなモチーフを取り入れ、映画終盤に語られるキマイラのように連鎖する女性たちの細胞をイメージさせる。作家マルグリット・デュラスの「ヒロシマ・モナムール」、マリア・カラスが演じたパゾリーニ監督の『女王メディア』、そしてラストにすべてを昇華するように流れるニーナ・シモンの伝説的歌唱「リトル・ガール・ブルー」…。それらもまた本作の見どころとなっている。
ウーマン・トーキング 私たちの選択
Women Talking
■監督・脚本 サラ・ポーリー
■製作 デデ・ガードナー/ジェレミー・クライナー/フランシス・マクドーマンド
■製作総指揮 ブラッド・ピット/リン・ルチベッロ=ブランカテッラ/エレミー・ジェイド・フォーリー
■原作 ミリアム・トウズ
■撮影 リュック・モンテペリエ
■編集 クリストファー・ドナルドソン
■音楽 ヒドゥル・グドナドッティル
■出演 ルーニー・マーラ/クレア・フォイ/ジェシー・バックリー/ジュディス・アイヴィ/シーラ・マッカーシー/ミシェル・マクラウド/ケイト・ハレット/リヴ・マクニール/オーガスト・ウィンター/ベン・ウィショー/フランシス・マクドーマンド
■2023年アカデミー賞脚色賞受賞・作品賞ノミネート/ゴールデン・グローブ賞脚色賞・作曲賞ノミネート/インディペンデント・スピリット賞ロバート・アルトマン賞受賞・作品賞・監督賞・脚本賞ノミネート ほか多数受賞・ノミネート
©2022 Orion Releasing LLC. All rights reserved.
【11/18(土)~11/24(金)まで上映】
赦すか、闘うか、それとも去るか――
2010年、自給自足で生活するキリスト教一派の村で起きた連続レイプ事件。これまで女性たちはそれを「悪魔の仕業」「作り話」である、と男性たちによって否定されていたが、ある日それが実際に犯罪だったことが明らかになる。タイムリミットは男性たちが街へと出かけている2日間。緊迫感のなか、尊厳を奪われた彼女たちは自らの未来を懸けた話し合いを行う――。
実話を基にした、自らの尊厳を守るために語り合った女性たちの感動の物語
原作は2018年に出版され、NEW YORK TIMES ブックレビュー誌の年間最優秀書籍に選ばれたミリアム・トウズによる同名ベストセラー小説『WOMEN TALKING』。2005年から2009年にボリビアで起きた実際の事件を元に描かれている。監督は『死ぬまでにしたい10のこと』(03)などで女優として活躍しながら、2006年、『アウェイ・フロム・ハー君を想う』で監督、脚本家としてデビューし数々の賞を受賞したサラ・ポーリー。オスカー前哨戦でも脚色賞を数多く受賞した本作は、本年度のアカデミー賞®で作品賞、脚色賞の2部門にノミネート。脚色賞を受賞し、初のオスカーを獲得した。
主演はその演技力で2度アカデミー賞にノミネートされたルーニー・マーラ。その他、Netflixのドラマシリーズ「ザ・クラウン」で主演女優賞、最優秀ゲスト女優賞と2度エミー賞を獲得したクレア・フォイ、ジェシー・バックリー、日本でも『007』シリーズ、Q役でおなじみのベン・ウィショーなどそうそうたるメンバーが出演。出演とプロデュースを務めたオスカー女優フランシス・マクドーマンドは本作のオプション権を獲得後、ブラッド・ピットが率いる映画制作会社PLAN Bへ話を持ち込み、映画化が実現した。
ジェーンとシャルロット
Jane by Charlotte
■監督・脚本 シャルロット・ゲンズブール
■撮影 アドリアン・ベルトール
■編集 ティアネス・モンタッシー/アンヌ・ベルソン
■エンディングロール曲 「私はあなたのために完璧でありたかった!Je voulais être une telle perfection pour toi!」ジェーン・バーキン
■出演 ジェーン・バーキン/シャルロット・ゲンズブール/ジョー・アタル
■第75回カンヌ国際映画祭オフィシャルセレクションカンヌプルミエール/第48回セザール賞最優秀ドキュメンタリー賞ノミネート/第25回ソフィア国際映画祭ドキュメンタリー部門オフィシャルセレクション/第32回ストックホルム映画祭ドキュメンタリー部門オフィシャルセレクション
© 2021 NOLITA CINEMA – DEADLY VALENTINE PUBLISHING / ReallyLikeFilms.
【11/18(土)~11/24(金)まで上映】
あなたのことをずっと知りたかった
2018年、東京。シャルロット・ケンズブールは、母であるジェーン・バーキンを見つめる撮影を開始した。これまで他者を前にしたときに付き纏う遠慮の様な感情が、母と娘の関係を歪なものにしてきた。自分たちの意思とは関係ないところで、距離を感じていた母娘。ジェーンがセルジュの元を離れ家を出て行った後、父の元で成長したシャルロットには、ジェーンに聞いておきたいことがあったのだ。
3人の異母姉妹のこと、次女である自分より長女ケイトを愛していたのではという疑念、公人であり母であり女である彼女の半生とは一体どんなものだったのか。シャルロットはカメラのレンズを通して、初めて母親の真実と向き合うことになる。
二つの時代をセンセーショナルに彩ったフレンチアイコンの母と娘。決して語られることのなかった彼女たちの《心の奥に隠された深い感情》が、今静かに明かされる。
スノッブでアヴァンギャルド、フレンチポップのレジェンド、セルジュ・ゲンズブールのパートナー、娘という特異な環境下で家族の形を築いてきたふたりの女性。彼女たちはセレブリティの母と娘ということ以上に1960-70年代と1980-90年代、ふたつの時代をセンセーショナルに彩ったシネマ&ファッションアイコンでもあった。
シャルロットが監督デビューを果たした本作『ジェーンとシャルロット』は、母ジェーンがこれまで誰にも語ることのなかった娘たちへの想い、パブリックイメージとの狭間で感じた苦悩や後悔、最愛の娘ケイトを自死で失って以降の深い哀しみを、ふたりの間に流れる優しい時間の中に紡ぎ出した貴重なドキュメンタリー。誰にも踏み込めなかった母と娘の真実の姿が、感動的に綴られている。
それでも私は生きていく
One Fine Morning
■監督・脚本 ミア・ハンセン=ラブ
■撮影 ドゥニ・ルノワール
■編集 マリオン・モニエ
■美術 ミラ・プレリ
■出演 レア・セドゥ/パスカル・グレゴリー/メルヴィル・プポー/ニコール・ガルシア/カミーユ・ルバン・マルタン/フェイリア・ドゥリバ/サラ・ル・ピカール/ピエール・ムニエ
■第75回カンヌ国際映画祭ヨーロッパ・シネマ・レーベル受賞/第58回シカゴ国際映画祭ゴールド・ヒューゴノミネート/第35回ヨーロッパ映画賞主演女優賞ノミネート
【11/18(土)~11/24(金)まで上映】
わたしは母親で、娘で、恋人。喜びや悲しみと共に、人生はこれからも続く――
サンドラは夫を亡くした後、通訳の仕事に就きながら8歳の娘リンを育てるシングルマザー。仕事の合間を縫って、病を患う年老いた父ゲオルグの見舞いも欠かさない。しかし、かつて教師だった父の記憶は無情にも徐々に失われ、自分のことさえも分からなくなっていく。彼女と家族は、父の世話に日々奮闘するが、愛する父の変わりゆく姿を目の当たりにし、サンドラは無力感を覚えていくのだった。そんな中、旧友のクレマンと偶然再会。知的で優しいクレマンと過ごすうち、二人は恋に落ちていくが……。
ミア・ハンセン=ラブ監督の最新作 世界的な人気を誇る俳優レア・セドゥが新境地を開拓!
第66回ベルリン国際映画祭で銀熊(監督)賞を受賞し、今やフランス映画界を代表する存在となったミア・ハンセン=ラブ監督の8作目。自身の経験をもとに“悲しみ”と“喜び”、正反対の状況に直面する一人の女性の心の機微を繊細に描き、“人生讃歌”とも言える上質なヒューマンドラマに仕上げた。
中でも光るのが主人公サンドラを演じるレア・セドゥの存在感。彼女の起用について、「人間味のある人物としてカメラで捉えたかった」と監督が語る通り、複雑な心境を見事に表現し、第75回カンヌ国際映画祭にてヨーロッパ・シネマ・レーベルを受賞した。エリック・ロメール監督作品を思わせる陽光や草木の緑など、35ミリフィルムで撮影された温かみのある色彩にも注目だ。