【2023/10/28(土)~11/3(金)】『EO イーオー』『遺灰は語る』// 特別レイトショー『マルケータ・ラザロヴァー』

ミ・ナミ

一般的に、地球上の動物の中で人間だけが旅をする生き物だと言われています。たしかに辞書的な意味合いを考えてみても、“旅行”のイメージのある“旅”は何か意識的に享楽を求めた行為であるのに対し、サバンナに暮らすゾウが餌場を求めて動いていく“移動”は、もっと本能に直結していて、自らの意思の及ばざるところから根源的に湧き出たような切実なものがあります。

だとするならば、今週早稲田松竹で上映する『EOイーオー』のロバや、『遺灰は語る』のノーベル賞作家ピランデッロの遺灰の道のりはどうなのでしょうか。サーカス団の人気者だったロバのEOは、動物愛護の観点から接収され、最愛の曲芸使いカサンドラと離れ離れになり、紆余曲折に満ちた移動を繰り返します。『遺灰は語る』では、ピランデッロの「遺灰は故郷のシチリアへ」という遺言が時の独裁者ムッソリーニの怒りを買ったため、ローマからの帰国が許されないまま時が流れたのち、ようやく故郷へと帰っていきます。彼らの歩みは本能なのか分かりませんし、遺灰に至っては意思など皆無と言って等しいようにも思えます。しかし、『EOイーオー』のイエジー・スコリモフスキ監督も、『遺灰は語る』のパオロ・タヴィアーニ監督も、EOと遺灰の移動していく歩みを奥行きのある、ある種の旅として描いています。彼らに陳腐で過剰な擬人化やアテレコがされるわけでもありません。にもかかわらず人間以上に詩的で、情感があり、言葉を発しないEOと遺灰の声がどこかのショットに必ずあったかのような錯覚を我々に与えるほどです。

『EOイーオー』では、ロバのEOの名前と記憶は分かちがたく結びついています。EOの名はカサンドラしか呼んでくれず、彼女と別れてからはずっとただのロバとしてしか登場しないのです。「EO!」と呼ばれることによって、彼はカサンドラとの懐かしく幸福な日々に立ち返ることができるのです。『遺灰は語る』の登場人物は、ピランデッロの遺灰をシチリアへ運ぶアグリジェント市の特使、アルザスの女性、トランプをする男など、ほとんどの者に実は名前がありません。そんな路傍の者、周縁の者たちが偉大な名を持つ遺灰の道行きを豊かに彩っていきます。この映画が人生は死してもなお続くのだと高らかに謳うのだとするならば、作家の死後のドラマを作り上げるのは彼らなのかもしれません。「この世界は廻り続ける どこまでも 決してとめることはできない」というフレーズに感極まる名もなき特使の表情は、もはや意思を失ったはずの遺灰の“感情”そのもののように映っていて、見る者の心を強かに打つのです。

観客がEOと遺灰の営みを、単なる移動を超えたオデッセイ(冒険旅行)をみつめて飽くことがないのは、もしかすると彼らが失ったものを取り戻しに行く過程だからなのかもしれません。

遺灰は語る
Leonora Addio

パオロ・タヴィアーニ監督作品/2022年/イタリア/90分/DCP/PG12/シネスコ

■監督・脚本 パオロ・タヴィアーニ
■製作 ドナテッラ・パレルモ
■撮影 パオロ・カルネーラ/シモーネ・ザンパーニ
■編集 ロベルト・ペルピニャーニ
■音楽 ニコラ・ピオヴァーニ

■出演 ファブリツィオ・フェッラカーネ/マッテオ・ピッティルーティ/ダニア・マリーノ/ドーラ・ベケール/クラウディオ・ビガーリ/ロベルト・エルリツカ(声)

■2022年ベルリン国際映画祭国際映画批評家連盟賞受賞

©Umberto Montiroli

【2023/10/28(土)~11/3(金)上映】

ローマからシチリアへ。トラブル続きの旅のなか、遺灰が見たものは?

映画の主人公は、1936年に亡くなったノーベル賞作家ピランデッロの“遺灰”である。死に際し、「遺灰は故郷シチリアに」と遺言を残すが、時の独裁者ムッソリーニは、作家の遺灰をローマから手放さなかった。戦後、ようやく彼の遺灰が、故郷へ帰還することに。ところが、アメリカ軍の飛行機には搭乗拒否されるわ、はたまた遺灰が入った壺が忽然と消えるわ、次々にトラブルが…。遺灰はシチリアにたどり着けるのだろうか——?!

ユーモアと。美しさと。名匠タヴィアーニが、わずか90分に戦後史と人間の運命を凝縮した傑作。

『父/パードレ・パドローネ』『カオス・シチリア物語』『グッドモーニング・バビロン!』などで知られる世界的な名匠タヴィアーニ兄弟。本作は、2018年に兄ヴィットリオが死去後、現在91歳の弟パオロが初めて一人で発表した傑作である。“遺灰”の旅は、熱情とユーモアを持って描かれ、イタリアの戦後史をも語る。そのモノクローム映像の美しさ、音楽の美しさ、ゆったりした語り。わずか90分に映画の豊かさが凝縮されている。

1984年に発表された、タヴィアーニ兄弟の名作『カオス・シチリア物語』の原作者でもある作家、ピランデッロ。本作は、モノクロームで描かれる約70分の遺灰の旅ののち、作家が死の20日前に書いたという短編小説「釘」を、一転、鮮やかなカラーで映像化した約20分の一編で締めくくられる。作家のエピソードを並べて、その人物を知らしめるのではなく、作品で作家を語り、同時に最後の短編を選ぶことで遺灰の旅へとつなげ、兄ヴィットリオの死にも想いをはせる。そして、最後を飾るのは観客の喝采。あまりに見事な終幕である。

EO イーオー
Eo

イエジー・スコリモフスキ監督作品/2022年/ポーランド・イタリア/88分/DCP/スタンダード

■監督 イエジー・スコリモフスキ
■脚本・製作 エヴァ・ピアスコフスカ/イエジー・スコリモフスキ
■撮影 ミハウ・ディメク
■編集 アグニェシュカ・グリンスカ
■音楽 パヴェウ・ミキェティン
■調教師 アガタ・コルドス

■出演 サンドラ・ジマルスカ/ロレンツォ・ズルゾロ/マテウシュ・コシチュキェヴィチ/イザベル・ユペール

■2023年アカデミー賞国際長編映画賞ノミネート/2022年カンヌ国際映画祭審査員賞・作曲賞受賞/ロサンゼルス批評家協会賞外国語映画賞・音楽賞・撮影賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート

© 2022 Skopia Film, Alien Films, Warmia-Masuria Film Fund/Centre for Education and Cultural Initiatives in Olsztyn, Podkarpackie Regional Film Fund, Strefa Kultury Wrocław, Polwell, Moderator Inwestycje, Veilo ALL RIGHTS RESERVED

【2023/10/28(土)~11/3(金)上映】

物言わぬ主人公のEOの旅に同行する、私たち観客に突きつけられるものとは――

愁いを帯びた瞳とあふれる好奇心を持つ灰色のロバ、EO。心優しきパフォーマー、カサンドラのパートナーとしてサーカス団で生活していたが、ある日サーカス団から連れ出されてしまう。予期せぬ放浪の旅のさなか、善人にも悪人にも出会い、運を災いに、絶望を思わぬ幸福に変えてしまう運命の歯車に耐えている。しかし、一瞬たりとも無邪気さを失うことはない。

全世界が息を呑んだ、スコリモフスキ監督による 現代の寓話×無比の映像体験

スコリモフスキ監督の7年ぶりの新作としてポーランドとイタリアで撮影されたこの映画の主人公は“EO(イーオー)”という名前のロバ。監督自身が「私が唯一、涙を流した映画」と語る、ロベール・ブレッソンの『バルタザールどこへ行く』にインスパイアされた本作。ミハウ・ディメクによる臨場感あふれる見事なカメラワークと、世界の映画賞を席巻中のパヴェウ・ミキェティンによる印象的な音楽に連れ出され、我々観客はEOの旅を見守りつつも、ある時はEOの目線で予期せぬ荒波を潜り抜けることになる。

人間のおかしさと愚かさを、全くの別視点から体感するような無比の映像体験には、“鮮烈”“近年の映画には希少な大胆さ”と、その革新性とオリジナリティに多くの称賛が寄せられている。サーカス団のパートナー、カサンドラの元を離れ、ポーランドのサッカーチーム、どこか影のあるイタリア人司祭ヴィトー、そして伯爵夫人らと出会うEO。彼の目から見える世界、そしてそこから我々に投げかけるものとは――。

【レイトショー】マルケータ・ラザロヴァー
【Late Show】Marketa Lazarová

フランチシェク・ヴラーチル監督作品/1967年/チェコ/166分/DCP/シネスコ

■監督・脚本 フランチシェク・ヴラーチル
■原作 ヴラジスラフ・ヴァンチュラ
■脚本 フランチシェク・パヴリーチェク
■撮影 ベドジフ・バチュカ
■編集 ミロスラフ・ハーイェク
■美術・衣装 テオドール・ピステック
■音楽 ズデニェク・リシュカ

■出演 マグダ・ヴァーシャーリオヴァー/ヨゼフ・ケムル/フランチシェク・ヴェレツキー/イヴァン・パルーフ/パヴラ・ポラーシュコヴァー/ミハル・コジュフ/ヴラスチミル・ハラペス/ヴラジミール・メンシーク

© 1967 The Czech Film Fund and Národní filmový archiv, Prague

【2023/10/28(土)~11/3(金)上映】

中世の騒乱と肥⼤した信仰。少⼥マルケータの、呪われた恋――

13世紀半ば、動乱のボヘミア王国。修道女となることを約束されていた少女マルケータは、領主とは名ばかりの父・ラザルと敵対する盗賊騎士コズリークの息子・ミコラーシュと恋に落ちる。彼女の心とは裏腹に、増大する王権と二つの部族間の衝突は激化していき…。

チェコ映画史上最⾼傑作と⾔われた「フィルム=オペラ」が半世紀以上の時を経て日本公開!

原作はチェコでは知らぬ者がいないという、ヴラジスラフ・ヴァンチュラによる同名⼩説。映像化不可能と⾔われたこの小説を、チェコ・ヌーヴェルヴァーグの巨匠フランチシェク・ヴラーチルが映画化した。1998年にはチェコの映画批評家とジャーナリストを対象にした世論調査で『アンドレイ・ルブリョフ』(ʼ71年/アンドレイ・タルコフスキー監督)、『七⼈の侍』(ʻ54年/⿊沢明監督)などと並び評され、史上最⾼の映画に選出されている。

監督の強い執念から、⾐装や武器などの⼩道具を当時と同じ素材・⽅法で作成し、極寒の⼭奥で⽣活しながら548⽇間にもわたる撮影を決⾏。中世を忠実に再現し、キリスト教と異教、⼈間と野⽣、愛と暴⼒に翻弄される⼈々を描いている。