【2023/8/5(土)~8/11(金)】『ミスター・ランズベルギス』 / 『バビ・ヤール』+『新生ロシア1991』// 特別モーニングショー『ナワリヌイ』 | 早稲田松竹

ミ・ナミ

昨年の2月にロシアの軍事侵攻によって引き起こされたウクライナの危機的な情勢は、今なお終息する兆しの見えないまま1年半が経過しようとしています。2020年に「群衆」3部作が初めて劇場公開されて以来、ウクライナ出身のセルゲイ・ロズニツァ監督は映画ファンのみならず社会的な関心を集め続けています。生きた証拠であるアーカイバル・フッテージで織られた歴史の織物のごときドキュメンタリー作品は静謐そのものでありながら、鋭い政治性で“あのとき何が起きたか”を観客へ突き付けてきます。

自らを「コスモポリタン」、つまり世界人と称して政治思想に拠らない制作態度を保ち続けるロズニツァ監督の作品は、社会における集団と個人の姿を接続させ、それぞれが相互作用する在り方を映しとる点が特徴です。1991年8月19日にモスクワで起きた軍事クーデター、いわゆる「ソ連8月クーデター」に対し自由と変革を追求した民衆の熱き3日間を追う『新生ロシア1991』は、まさにその真骨頂と言えます。さらに『ミスター・ランズベルギス』は彼にとって初めて、ある1人の主人公にスポットライトを当てた作品です。ロズニツァ監督は本作以前の姿勢として「私の映画ではたびたび群衆を扱い、映画作家としてそれら(=ある1人の主人公)と距離を置いてきました」(※1)と語っていますが、彼のこれまでの作品を見ていると、そうした距離感は至極当然なように思います。人間という複雑で滑稽で一筋縄ではいかない存在を簡単に英雄視したり、その集合体である群衆を一絡げに評価してしまうやり方に危機感をおぼえる私は、彼のそうした信念に深く共感しています。

たとえば今回上映する作品の一本『バビ・ヤール』は、ウクライナ・キエフに位置するバビ・ヤール峡谷での凄惨なホロコーストを克明に告発しています。ナショナリズムの機運が高まる昨今のウクライナで、この映画は好意的に受け止められていないそうです。しかし映画をつぶさに見るならば、『バビ・ヤール』が否定しているのは戦争に代表される共同体の暴力と、歴史で直視されるべき負の一側面です。強く一貫した信念でリトアニア独立へ民衆を牽引したランズベルギス氏のタフネスを活写したロズニツァ監督は、ひとつのイデオロギーだけで世界を包摂してしまうことに抗っているのだと私は思います。そしてそれは、「プーチン大統領を打倒するなら」とロシアの極右とも接触するナワリヌイ氏の姿をとらえた『ナワリヌイ』も同様です。歴史の中心人物の評価を観ている我々に価値判断を委ねる真摯な創作アプローチこそが、現代の優れた映画作家といえるのでしょう。

今週の早稲田松竹は、ロシアとその周辺国の過去と現在から未来を見据える現代ドキュメンタリー映画を上映いたします。セルゲイ・ロズニツァ監督の『ミスター・ランズベルギス』『新生ロシア1991』『バビ・ヤール』、ダニエル・ロアー監督の『ナワリヌイ』の4本です。歴史と事実をフェアな目でみつめ、厳粛な真実を映しとる映画監督たちの作品が、単純な対立軸で世界を図ろうとする昨今にくさびを打ち込んでくれるのではないでしょうか。

(※1)ディレクターズ・ノート『ミスター・ランベルギルス』セルゲイ・ロズニツァ(『ミスター・ランズベルギス』『新生ロシア1991』公式ガイドブック 2022年12月3日サニーフィルム発行)

【モーニングショー】ナワリヌイ
【Morning Show】Navalny

ダニエル・ロアー監督作品/2022年/アメリカ/98分/DCP/ビスタ

■監督 ダニエル・ロアー  
■製作 ダイアン・ベッカー/シェーン・ボリス/メラニー・ミラー/オデッサ・レイ
■製作総指揮 エイミー・エントリス/コートニー・セクストン/マリア・ペヴチク
■音楽 マリウス・デ・ヴリーズ

■出演 アレクセイ・ナワリヌイ/ユリヤ・ナワリヌイ/マリア・ペヴチク/クリスト・グローゼフ/レオニード・ボルコフ

■2022年アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞/英国アカデミー賞ドキュメンタリー賞受賞/サンダンス映画祭観客賞・フェスティバル・フェイバリット賞受賞

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【2023/8/5(土)~8/11(金)上映】

“ロシア反体制派のカリスマ”を襲った衝撃の毒殺未遂事件。奇跡的に一命を取り留めた男は自らの手でその真相を暴き出すーー

ロシアの弁護士で政治活動家のアレクセイ・ナワリヌイは、インターネット上でのプーチン政権への批判で国内外の注目を集め、若者を中心とした反体制派から熱烈な支持を寄せられるカリスマだ。タイム誌の2012年版「世界で最も影響力のある100人」にも選出されたナワリヌイは、自らも政党を結成し、モスクワ市長選に出馬し大健闘。やがて政権の最大の敵となった彼は、不当な逮捕を繰り返され、徐々に見えない巨大な力に追い詰められてゆく。

そして2020年8月、彼は移動中の飛行機内で毒物によって昏睡状態に陥った。機体は急遽緊急着陸し、搬送された病院でもナワリヌイは意識不明となっていたが、やがて病院側の反対を振り切ってドイツの病院へ移送され、そこで奇跡的に回復を遂げた。様々な憶測が飛び交う中、体調が戻り始めた彼は、自ら調査チームを結成。自分に毒を盛ったのは一体何者なのか?暗殺未遂事件の影に潜む勢力を、信じられない手法を用いて暴いていくのだった…。

プーチンが最も恐れた男――ロシア政府の暗部に切り込む、緊迫のドキュメンタリー!

監督はビジュアルアーティストとしても活躍するダニエル・ロアー。暗殺未遂事件の直後からナワリヌイや家族、調査チームに密着し、本作を極秘裏に製作した。事件の背後に何があったのか、そしてその後ナワリヌイがどんな手段を用いて自分を抹殺しようとした力を暴いていくのか。その全てをカメラは克明に記録していた。本作は2022年サンダンス映画祭にてシークレット作品として上映され、あまりに衝撃的な内容で世界的な話題を集め観客賞とフェスティバル・フェイバリット賞をW受賞し、見事アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞に輝いた。

連日ロシアによるウクライナ侵攻の惨状が世界中で報じられる一方、戦争反対の立場を表明したロシアの国内メディアは政府の圧力により次々と活動停止に追い込まれている。政府に抗議の声を上げることがいかに危険かというアクチュアルな実態に切り込んでいく本作は、ナワリヌイを支持して抗議デモに参加する市民の姿も映し出し、ロシア国内にも平和と正義を求め行動を起こす人々が確かにいるのだということを我々に訴えかける。ナワリヌイは本作中で、「もし私が殺されることになったら、それは私達がそれほど彼らにとって脅威だということだ。諦めてはならない」とメッセージを発している。まるでスパイ映画を観ているかのようなスリリングで予測もつかない展開の連続。強大な権威主義国家に立ち向かう闘いを捉えた、絶対に今観るべきドキュメンタリーだ。

ミスター・ランズベルギス
Mr. Landsbergis

セルゲイ・ロズニツァ監督作品/2021年/リトアニア・オランダ/248分(途中休憩あり)/DCP/ビスタ

■監督 セルゲイ・ロズニツァ
■製作 ウリャーナ・キム
■共同製作 マリア・シュストヴァ/セルゲイ・ロズニツァ
■脚本 ヴィータウタス・ランズベルギス/セルゲイ・ロズニツァ
■編集 ダニエリュス・コカナウスキス

■出演 ヴィータウタス・ランズベルギス

■2021年idfaアムステルダムドキュメンタリー映画祭最優秀作品賞・最優秀編集賞受賞

©️Atoms & Void

【2023/8/5(土)~8/11(金)上映】

リトアニア独立運動の中心人物、ヴィータウタス・ランズベルギス――ソ連崩壊を見届けた男。

ピアニストで国立音楽院の教授のヴィータウタス・ランズベルギスは、祖国リトアニアの主権とソ連邦からの独立を訴える政治組織サユディス(=運動の意味)の指導者となる。1990年3月11日の第一回リトアニア最高会議で初代最高会議議長に選出され、同日、ソ連に対して独立を宣言するとゴルバチョフとの対立が表立って激化する——

セルゲイ・ロズニツァが放つ全編248分、大長編ドキュメンタリー!

独立の気運を高めた連帯“バルトの道”、経済封鎖による物価上昇と社会の混乱、首都ヴィリニュスでのソ連軍事パレードから事実上ペレストロイカの終焉を世界に告げたヴィリニュスの軍事占拠・“血の日曜日事件”などと、1980年後半から91年9月のリトアニア独立まで起きた劇的な事件をニュース映像などのアーカイヴフッテージを交えながらランズベルギス氏が語る。ゆるぎない信念と交渉力でゴルバチョフ政権と戦った、初代リトアニア国家元首ヴィータウタス・ランズベルギスが語る熾烈な政治的闘争と文化的抵抗の記録。

バルト三国の小国リトアニアは、いかにしてソビエト連邦に“非暴力”で勝利することができたのか――異才セルゲイ・ロズニツァが放つ全編248分、大長編ドキュメンタリー!

新生ロシア1991
The Event

セルゲイ・ロズニツァ監督作品/2015年/ベルギー・オランダ/70分/DCP/スタンダード

■監督 セルゲイ・ロズニツァ
■製作 セルゲイ・ロズニツァ/マリア・シュストヴァ
■編集 セルゲイ・ロズニツァ/ダニエリュス・コカナウスキス
■音響 ウラジミール・ゴロヴニツキー

■第72回ヴェネチア国際映画祭正式出品

©️Atoms & Void

【2023/8/5(土)~8/11(金)上映】

彼らが見ているのは、“自由”の始まりだったのか?

1991年8月19日。ペレストロイカに反対する共産党保守派がゴルバチョフ大統領を軟禁し軍事クーデターを宣言した。テレビはニュース速報の代わりにチャイコフスキーの「白鳥の湖」を全土に流し、モスクワで起きた緊急事態にレニングラードは困惑した市民で溢れかえった。夜の街では男がギターを掻き鳴らしウラジーミル・ヴィソツキーの「新時代の歌」を歌い、ラジオからはヴィクトル・ツォイの「変化」が流れた。自由を叫んだ祖国のロックが鳴り響くレニングラードは解放区の様相を呈し、8万人が集まった宮殿広場でついに人々は共産党支配との決別を決意する——

世界を揺るがした「ソ連8月のクーデター」――新生ロシア誕生の瞬間を目撃する

本作品の映像はアレクサンドル・ソクーロフの製作や後にロズニツァも所属し初期作品を制作した事で知られるレニングラード・ドキュメンタリー映画スタジオの8名のカメラマンがモノクロフィルムで撮影した映像である。ロズニツァはクーデターが起きた1991年8月、数学者から映画監督へ転進する準備をしながらキーウでこの出来事を見つめたという。25年の時を経てロズニツァは変化を遂げようとするレニングラードを懸命に記録した同窓の意を受け取り、それぞれの想いを込め1991年夏のレニングラードを映画にした。

レニングラード市長のアナトリー・サプチャークはモスクワのホワイトハウスで市民と共に反クーデターを訴えるエリツィンを支持し、レニングラードの各所で開かれた集会やラジオ放送で市民にクーデターへの抵抗を訴える。そんな躍動するサプチャークを追っていたカメラに映り込んだ若かりしウラジーミル・プーチンの姿をロズニツァは逃さなかった—— 民主化に熱狂する大群衆の中、「苦しみ多きわが国民よ、騙されるな!」と書いたプラカードを掲げた女性がスクリーン越しの私たちに問いかける。

バビ・ヤール
Babi Yar. Contex

セルゲイ・ロズニツァ監督作品/2021年/オランダ・ウクライナ/121分/DCP/スタンダード

■監督・脚本 セルゲイ・ロズニツァ
■製作 セルゲイ・ロズニツァ/マリア・シュストヴァ
■編集 セルゲイ・ロズニツァ/ダニエリュス・コカナウスキス/トマシュ・ヴォルスキ
■音響 ウラジミール・ゴロヴニツキー

■第74回カンヌ国際映画祭ルイユ・ドール(ドキュメンタリー部門)審査員特別賞受賞

©️Atoms & Void

【2023/8/5(土)~8/11(金)上映】

大量虐殺の次に起きたのは歴史の抹殺だ

1941年6月、独ソ不可侵条約を破棄してソ連に侵攻したナチス・ドイツ軍。占領下のウクライナ各地に傀儡政権をつくりながら支配地域を拡大し、9月19日についにキエフを占領する。9月24日、統治体制の変化で混乱するキエフで多くの市民を巻き込む大規模な爆発が起きた。これはNKVD(ソ連秘密警察)がキエフから撤退する直前に仕掛けた爆弾を遠隔操作で爆破したのだが疑いの目はユダヤ人に向けられた。翌日、当局はキエフに住むユダヤ人の殲滅を決定し、全ユダヤ人に出頭を命じた——

異才セルゲイ・ロズニツァが大量虐殺の始まりとその後を描いた究極のホロコースト映画

1941年9月29日から30日にかけて、アインザッツグルッペ(移動虐殺部隊)Cのゾンダーコマンド4aは、警察南連隊とウクライナ補助警察の支援を受け、地元住民の抵抗もなく、キエフ北西部のバビ・ヤール渓谷で33,771名のユダヤ人を射殺した。女も子供も老人も皆身ぐるみを剥がされ無慈悲に殺された。本作品はホロコーストにおいて一件で最も多くの犠牲者を出した人類史上最も凄惨な事件とその衝撃の結末を全編アーカイブ映像で描く。記憶が忘却へ変わり、過去が未来に影を落とそうとする時、真実を語るのは映画である。ウクライナ侵略戦争勃発以降、世界が最もその動向に注目する異才セルゲイ・ロズニツァ(『ドンバス』、『国葬』)によるホロコースト映画の決定版。