【2023/2/4(土)~2/10(金)】『川っぺりムコリッタ』『さかなのこ』

パズー

2006年に朝日新聞に掲載された「いじめられている君へ」というコラムのさかなクンの文章をときどき思い出す。メジナという魚は海の中ではみんな仲良く群れているのに、狭い水槽の中だと1匹だけ仲間外れにされるという。「狭い世界に縛られず、広い海へ出てみよう」と締めくくられたその文を読んで、ふっと心が軽くなった。

今週の上映作品はどちらも海と川、水の周りで起こる人間たちのドラマだ。水辺というのはなんとなく気持ちをすっきりさせてくれるものだと思う。広くて大きな海や絶えず形を変えて流れる川を見ていると、小さなことはどうでもよくなって、おおらかな気分になる。

『さかなのこ』の主人公・ミー坊は、幼い頃から魚のことしか頭にない変わり者。『川っぺりムコリッタ』の主人公・山田は、家族もお金もなくひっそり生きてきた孤独な男。でもなぜだかふたりの周りには人が集まってきてしまう。それぞれが問題や悩みを抱えているけれど、なんだかんだ支え合って日々は過ぎていく。そのうちに、ミー坊も山田も、周りの人たちにも変化が訪れる。人は人と関わることで前に進み、成長できる。めんどくさいばかりじゃない人付き合いのステキな部分を映画は描いている。

愛すべきクセ者ばかりのおかしくて緩やかな物語は、ある意味ファンタジーやユートピアのように感じるかもしれない。でも、本当は誰だってこうしてシンプルに、好きなように生きていきたい。いや、生きていけるはず。きっとそれで人生は大丈夫。水辺であれば、なおさら大丈夫。そう信じたいと思わせる二本立てだ。

さかなのこ
Sakana no Ko

沖田修一監督作品/2022年/日本/139分/DCP/ビスタ

■監督・脚本 沖田修一
■脚本 前田司郎
■原作 さかなクン「さかなクンの一魚一会 〜まいにち夢中な人生!〜」(講談社刊)
■撮影 佐々木靖之
■編集 山崎梓
■音楽 パスカルズ
■主題歌 CHAI「夢のはなし」

■出演 のん/柳楽優弥/夏帆/磯村勇斗/岡山天音/さかなクン/三宅弘城/井川 遥

©2022「さかなのこ」製作委員会

【2023/2/4(土)~2/10(金)上映】

ずっと大好き。それだけで人生はミラクル。

お魚が大好きな小学生・ミー坊は、寝ても覚めてもお魚のことばかり。他の子供と少し違うことを心配する父親とは対照的に、信じて応援し続ける母親に背中を押されながらミー坊はのびのびと大きくなった。高校生になり相変わらずお魚に夢中のミー坊は、まるで何かの主人公のようにいつの間にかみんなの中心にいたが、卒業後は、お魚の仕事をしたくてもなかなかうまくいかず悩んでいた…。そんな時もお魚への「好き」を貫き続けるミー坊は、たくさんの出会いと優しさに導かれ、ミー坊だけの道へ飛び込んでゆく――。

映画になった、さかなクンの驚きの人生。笑顔も涙もキラキラ光る、宝物のような感動作がついに誕生。

『南極料理人』『横道世之介』等、愛すべき主人公を温かく描いてきた沖田修一監督の最新作。その原作はさかなクン初の自伝的エッセイ。主演をつとめるのは、精力的にクリエイティブ活動を続ける、女優・のん。好きなことに一直線で、周囲の人々を幸せにする不思議な魅力にあふれた主人公ミー坊を性別の垣根を越え体現する。また、ミー坊を信じてその個性をを応援し続ける母を演じる井川遥、幼馴染みのヒヨを演じる柳楽優弥をはじめ、不良役の磯村勇斗や岡山天音、映画オリジナルのキャラクターのモモコを演じる夏帆など、実力派の俳優が見事脇を固める。そして、なんと原作者でもあるさかなクンが映画が初出演を果たしていることにもギョ注目!

川っぺりムコリッタ
Riverside Mukolitta

荻上直子監督作品/2021年/日本/120分/DCP/シネスコ

■監督・原作・脚本 荻上直子
■撮影 安藤広樹
■編集 普嶋信一
■フードスタイリスト 飯島奈美
■音楽 パスカルズ

■出演 松山ケンイチ/ムロツヨシ/満島ひかり
/江口のりこ/黒田大輔/知久寿焼/柄本佑/
田中美佐子/薬師丸ひろ子/笹野高史/緒形直人/吉岡秀隆

© 2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

【2023/2/4(土)~2/10(金)上映】

心をほぐす 幸せがある

家族も生き甲斐もなく「ひっそりと暮らしたい」と無一文のような状態の山田。北陸の塩辛工場で働き口を見つけ、「ハイツムコリッタ」という古い安アパートに引っ越してきた。ある日、隣の部屋の住人・島田が風呂を貸してほしいと上がり込んできた日から、山田の静かな日々は一変する。できるだけ人と関わらず生きたいと思っていた山田だったが、夫を亡くした大家の南、息子と二人暮らしで墓石を販売する溝口といった住人たちと関わりを持ってしまい…。図々しくて、落ちこぼれで、人間らしいアパートの住人たちに囲まれ、山田は少しずつ「ささやかなシアワセ」に気づいていく。

友達でも、家族でもない。でも、孤独ではない。新しい「つながり」の物語。

『かもめ食堂』『彼らが本気で編むときは、』の荻上直子監督がオリジナル脚本で贈る最新作は人と人のつながりが希薄な社会で、人はどうやって幸せを感じることができるのかという、根本に立ち返って実感することができる温かい物語だ。生き方や働き方が見直される今、モノや境遇、場所にとらわれない形での生きることの楽しさが、荻上が得意とする食や美術、会話を通して表現され、観る者たちに幸せの意味を問う。

脚本に惚れ込んだ松山ケンイチを主演に、共演にムロツヨシ、満島ひかり、吉岡秀隆という絶妙な演技者たちが集結し、ありそうでなかった化学反応に期待が膨らむアンサンブルが実現。音楽を『さかなのこ』やTVドラマ「凪のお暇」などのパスカルズが手掛け、独特なメロディが不思議な時間へと誘う。