【2021/8/28(土)~9/3(金)】『水を抱く女』『未来を乗り換えた男』『あの日のように抱きしめて』『東ベルリンから来た女』

パズー

今週は現代ドイツ映画を代表するクリスティアン・ペッツォルト監督の特集です。

日本で初めて劇場公開されたペッツォルト作品は、2012年の『東ベルリンから来た女』ですが、彼のデビュー作は2000年の『治安』であり、『東ベルリンから来た女』の前からすでに、ドイツ国内をはじめベルリン映画祭など国際的にも評価されてきました。2000年代に頭角を現したドイツの新しい映画作家たちは“ベルリン派”と総称され、ペッツォルトはその筆頭にあげられる監督です。

ペッツォルト監督の映画に出てくる人物たちは、過去や自分が置かれている不自由な状況から逃れよう、抜け出そうとしています。それは、第二次大戦や東西分断の歴史を背負うドイツという国、そして人々の姿と重なります。

『東ベルリンから来た女』の、ベルリンの壁崩壊前の東ドイツで、西側にいる恋人と国外逃亡を企てる女性医師。『あの日のように抱きしめて』の、顔に大怪我を負いながら収容所から生き延びた妻と、変貌した妻に気づかない夫。ファシズムが台頭する祖国ドイツを逃れ、フランス・マルセイユで思いがけず他人に成りすますことになる『未来を乗り換えた男』の青年。そして『水を抱く女』の、“水の精”である自らの宿命に翻弄され、それでも抗う女性。

ドイツの歴史や社会問題を扱いながら、ペッツォルト監督の眼差しは常に、その時代その場所で生きる人々に向けられています。そして困難な状況にある彼らが信じようとする、不安定で不確かな「愛」が描かれています。「愛」を描くこと。ドラマティックな物語のなかにあるペッツォルト監督のテーマはとてもシンプルです。

「映画は都市と一緒だと思います。古い建物もあれば、新しい建物も同じ瞬間に共存しています。昔の感覚や価値と今の価値が共存しています。」――クリスティアン・ペッツォルト
(映画.comインタビューより抜粋)

インタビューでこう述べているように、ペッツォルト監督の映画を観ていると、現代の物語でも、これはいつ作られた映画なのかな? と感じる時があります。逆に設定が50年前の話でも、昔であることをことさら強調しようとはしません。『未来を乗り換えた男』は現代のフランスが舞台ながら、ドイツのファシズムがまだ続いているという“架空の今”のなかで物語が進みます。『水を抱く女』の“水の精”ウンディーネは大都市ベルリンの博物館で働き、部屋を借り、恋愛をします。日常とファンタジーとが境界線なく描かれ、それゆえに、すごく現代的なのにクラシックな雰囲気も持ち合わせているのです。時を超越してしまうような不思議な魅力が、ペッツォルト作品のおもしろさだと思います。

今回は新作『水を抱く女』を含め、日本で公開された2012年以降の作品を全て上映いたします。一貫したテーマや作家性を感じつつ、どの作品もまったく違った魅力があります。ぜひ、お気に入りの1本(もちろん全部でも!)を見つけていただきたいです。

水を抱く女
Undine

クリスティアン・ペッツォルト監督作品/2020年/ドイツ・フランス/90分/DCP/ビスタ

■監督・脚本 クリスティアン・ペッツォルト
■撮影 ハンス・フロム
■編集 ベッティナ・ボーラー
■衣装 カタリーナ・オスト

■出演 パウラ・ベーア/フランツ・ロゴフスキ/マリアム・ザリー/ヤコブ・マッチェンツ

■2020年ベルリン国際映画祭・銀熊賞(最終週女優賞、国際映画批評家連盟省)受賞

© SCHRAMM FILM/LES FILMS DU LOSANGE/ZDF/ARTE/ARTE France Cinéma 2020

【2021年8月28日から9月3日まで上映】

愛が終わるとき、哀しき殺意のとき

ベルリンの都市開発を研究する歴史家ウンディーネ。彼女はアレクサンダー広場に隣接する小さなアパートで暮らし、博物館でガイドとして働いている。恋人のヨハネスが別の女性に心移りし、悲嘆にくれていたウンディーネの前に、愛情深い潜水作業員のクリストフが現れる。数奇な運命に導かれるように、惹かれ合うふたりだったが、次第にクリストフはウンディーネが何かから逃れようとしているような違和感を覚え始める。そのとき、彼女は自らの宿命に直面しなければならなかった…。

魅惑的な“水の精”神話――名匠ペッツォルトが大胆に現代に置き換えて映画化

これまでドイツの歴史を描き、社会派として知られるクリスティアン・ペッツォルト監督が、新作のモチーフに選んだのは「水の精」。「愛する男に裏切られたとき、その男を殺して、水に還らなければならない」という切ない宿命を背負った女の物語を、現代都市ベルリンに幻想的に蘇らせた。

妖艶なウンディーネを演じたのは、『婚約者の友人』や『ある画家の数奇な運命』のパウラ・ベーア。本作でベルリン国際映画祭とヨーロッパ映画賞にて女優賞受賞という快挙を成し遂げた。心優しいクリストフ役には『希望の灯り』のフランツ・ロゴフスキ。このふたりは、監督の前作『未来を乗り換えた男』でも共演しており、稀有な才能の再タッグが、濃密な映像世界へと誘引する。

官能的なバッハの旋律にのせて、繊細に描写されるミステリアスな愛の叙事詩が誕生した。

未来を乗り換えた男
Transit

クリスティアン・ペッツォルト監督作品/2018年/ドイツ・フランス/102分/DCP/シネスコ

■監督・脚本 クリスティアン・ペッツォルト
■撮影 ハンス・フロム
■原作 アンナ・ゼーガース「トランジット」
■編集 ベッティナ・ボーラー
■音楽 シュテファン・ヴィル

■出演 フランツ・ロゴフスキ/パウラ・ベーア/ゴーデハート・ギーズ/リリエン・バットマン/マリアム・ザリー

■2018年ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品

© 2018 SCHRAMM FILM / NEON / ZDF / ARTE / ARTE France Cinéma

【2021年8月28日から9月3日まで上映】

パリ→マルセイユ 祖国を逃れ、他人の人生を手に入れた男。退路も進路もない逃避行に、終着点はあるのか――

現代のフランス。祖国ドイツで吹き荒れるファシズムを逃れてきた青年ゲオルクが、ドイツ軍に占領されようとしているパリを脱出し、南部の港町マルセイユにたどり着いた。行き場をなくしたゲオルクは偶然の成り行きで、パリのホテルで自殺した亡命作家ヴァイデルに成りすまし、船でメキシコへ発とうと思い立つ。

そんなとき一心不乱に人捜しをしている黒いコート姿の女性とめぐり合ったゲオルクは、美しくもミステリアスな彼女に心を奪われていく。しかしそれは決して許されず、報われるはずのない恋だった。なぜなら、そのマリーという黒いコートの女性が捜索中の夫は、ゲオルクが成りすましているヴァイデルだったのだ…。

ナチスの悪魔的史実と現代の難民問題を重ね合わせた、驚くべきサスペンス!

『東ベルリンから来た女』『あの日のように抱きしめて』で歴史に翻弄された人々の数奇な運命を描いた名匠クリスティアン・ペッツォルトが、驚くべき発想に満ちた作品を完成させた。ドイツの作家アンナ・ゼーガースが1942年に亡命先のマルセイユで執筆した小説「トランジット」を、現代に置き換えて映画化。ユダヤ人がナチスの理不尽な迫害を受けた戦時中の悲劇と、祖国を追われた難民をめぐる問題が深刻化している21世紀の今の状況を重ね合わせるという大胆な試みを実践した野心作である。

主演には巨匠ミヒャエル・ハネケの『ハッピーエンド』など話題作に相次いで出演し2018年のベルリン映画祭シューティングスター賞を受賞したフランツ・ロゴフスキー。ヒロインにはフランソワ・オゾン監督作『婚約者の友人』の主演に抜擢され2017年ヴェネチア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人賞)を受賞した注目の女優パウラ・ベーアが扮している。

あの日のように抱きしめて
Phoenix

クリスティアン・ペッツォルト監督監督作品/2014年/ドイツ/98分/DCP/シネスコ

■監督・脚本 クリスティアン・ペッツォルト    
■原作 ユベール・モンテイエ「帰らざる肉体」
■共同脚本 ハルン・ファロッキ
■撮影 ハンス・フロム
■編集 ベッティナ・ボーラー
■音楽 シュテファン・ヴィル

■出演 ニーナ・ホス/ロナルト・ツェアフェルト/ニーナ・クンツェンドルフ

© SCHRAMM FILM / BR / WDR / ARTE 2014.

【2021年8月28日から9月3日まで上映】

アウシュヴィッツから生還した妻と、 変貌した妻に気づかない夫。 奇しくも再会を果たしたふたりは、 再び愛を取り戻すことができるのか――。

1945年6月、ベルリン。第二次大戦でのドイツ降伏の翌月、元歌手でユダヤ人のネリーは、顔に大怪我を負いながらも強制収容所から奇跡的に生還。〈ユダヤ機関〉で働く友人レネの助けのもと、顔の再建手術を受ける。医師からは全く別の顔にすることを薦められるが、ピアニストだった最愛の夫ジョニーを見つけ出し、過去を取り戻したい彼女は、元の顔に戻すことに固執するのだった。

そして、顔の傷が癒える頃、ついにジョニーと再会したネリー。しかし、容貌の変わった彼女に夫は全く気付かない。そのうえ、“収容所で亡くなった妻になりすまし、遺産を山分けしよう”と話を持ちかけるジョニー。「夫は本当に自分を愛していたのか、それともナチスに寝返り、妻を裏切ったのか―。」そんな想いに突き動かされ、提案を受け入れて、自分自身の偽物になるネリーだったが…。

クルト・ヴァイルの名曲〈スピーク・ロウ〉が深い余韻を心に刻む、戦争によって引き裂かれた夫婦の愛の真理を問う衝撃サスペンス!

前作『東ベルリンから来た女』が世界で高く評価されたクリスティアン・ペッツォルトが、ヒッチコックの『めまい』を彷彿とさせるような、愛の真理を問うサスペンスフルな心理劇を作り上げた。主演に『東ベルリンから来た女』と同じくニーナ・ホスとロナルト・ツェアフェルトを起用。削ぎ落とされたセリフと無駄のない演出に加え、亡命作曲家クルト・ヴァイルの名曲「スピーク・ロウ」が艶やかに響き渡る。

“ホロコーストの直接的な影響を見せる非常に稀なドイツ映画の1本。クリスティアン・ペッツォルト監督は見事な名人芸に達している。” ーーポジティフ誌

東ベルリンから来た女
Barbara

クリスティアン・ペッツォルト監督監督作品/2012年/ドイツ/105分/DCP/ビスタ

■監督・脚本 クリスティアン・ペッツォルト
■撮影 ハンス・フロム
■編集 ベッティナ・ボーラー
■音楽 シュテファン・ヴィル

■出演 ニーナ・ホス/ロナルト・ツェアフェルト/ライナー・ボック/ヤスナ・フリッツィ・バウアー/マルク・ヴァシュケ/クリスティーナ・ヘッケ

■2012年 ベルリン国際映画祭・銀熊賞(最優秀監督賞)受賞/2013年アカデミー賞外国語映画賞ドイツ代表

© SCHRAMM FILM / ZDF / ARTE 2012.

【2021年8月28日から9月3日まで上映】

東と西。嘘と真実。自由と使命。その狭間で揺れる、愛。

1980年夏、旧東ドイツ。ある田舎町の病院にバルバラという名の女性医師が赴任してくる。かつては東べルリンの大病院に勤務していたが、西側への移住申請を政府に撥ねつけられ、この地へ左遷されてきたのだ。同僚となった医師のアンドレは彼女に好意を寄せるが、バルバラは周囲の人間に対する警戒心がなかなか解けない。
そんなある日、矯正収容施設から逃亡してきた少女が、髄膜炎の症状で緊急搬送されてくる。次第にアンドレの誠実な医師としての姿に、尊敬の念を越えた感情を抱き始めるが、その一方で彼女は西ドイツへの逃亡計画を着々と進めていた。西側で待つ恋人との生活を選ぶのか、それとも東側に留まり、女医としての責務を全うするのか? バルバラの運命の決断に、もはや猶予の時は残されていなかった…。

1980年旧東ドイツを舞台に、自由を求めてひそかに国外脱出を計画するひとりの女性医師の姿を緊迫感あふれるタッチで描いたサスペンスドラマ。

ベルリンの壁崩壊以前の1980年。秘密警察による厳しい監視体制が敷かれていた旧東ドイツを舞台に、ひとりの女性医師がある決意を胸に秘めながら田舎町で静かに日々を過ごすさまを、ドイツの実力派監督クリスティアン・ペッツォルトが、さりげない日常描写の中にも緊張感を漂わせながらサスペンスフルに描写。第62回ベルリン国際映画祭で監督賞を受賞した。

ヒロインを演じるのは、ベルリン国際映画祭銀熊(女優)賞など輝かしいキャリアを誇る美貌の女優ニーナ・ホス。その傑出した演技で、バルバラの愛と情熱、魂の叫びを体現した。