すみちゃん
ジャック・リヴェットの映画を観たあとは、まるで一緒に映画と遊んだ後みたいな高揚感とけだるさが残る。どうして? とか、なぜ? とか、そんな疑問を聞いてはくれず、どんどんと秘密の世界へといざなわれていく。さぁ、みなさんもジャック・リヴェットの世界へ足を踏み入れてはみませんか?
ジャック・リヴェット作品のクレジットを見ると、脚本には出演者の名前がずらりと並んでいることがある。わたしが最も好きな作品である『セリーヌとジュリーは舟でゆく』では、ジュリエット・ベルト、ドミニク・ラブリエなど、出演者の後にリヴェットの名前が記載されている。リヴェット作品の台詞や脚本を多く担当しているエドゥアルド・デ・グレゴリオとも一緒に話し合いを重ね、ラブリエいわく、話し合いの様子は、もし幽霊が出ても誰も驚かなかっただろうと言う程に取り憑かれた様子だったらしい…! 撮影の進行に応じてベルトとラブリエは台詞を書いており、とても流動的な現場だったみたいだ。観ていてどんどん映画の世界に迷い込んだ気持ちになるのは、あらかじめ決められた流れがなく、幾重にも重なる言葉のやり取りによって作られたからなのかもしれない。
そして、リヴェット作品の一番の魅力は、どの作品にも共通するイタズラゴコロ! 追いかけっこやかくれんぼといったような遊戯性にはどこか精霊がイタズラしているみたいな世界が広がっていく。『北の橋』でのアウトローなすごろく遊び、『デュエル』での月や太陽の王女の魔法のような出現、『ノロワ』での最終決闘ではここは地球なの? と思われるような世界観。小さい頃の私が、まるで宇宙の図鑑や絵本をめくっていた時に感じたようなワクワクした気持ちを思い出す! けどきっとこのワクワクは、子供だけが手に入れられるわけじゃなくて、大人だって手に入れられる。リヴェット作品を観たときの気持ちの高ぶりは、大人になっても遊び心を忘れないでいたいという抵抗のようにも感じる。
リヴェットは、作品一本一本を同じ方法では撮らないように心がけていると話していて、映画はこう作るべきだとか、大人はこうあるべきだという決まりに縛られないような世界を常に生み出してきた。だからどの作品を観てもいつも身軽な気持ちになる。ときめきを感じる。まだまだ私も遊んでいたい、でも大人だから、やっぱり長時間遊べないことに、映画を観てから気づくのだ! ぜひ映画館でこのもどかしさを感じてもらいたい。そして、元気になったら、どこかの星の王女や何かの生まれ変わりに変身し、対決ごっこをわたしと一緒にいたしましょう! トリャー!
デュエル
Duelle
■監督 ジャック・リヴェット
■脚本 エドゥアルド・デ・グレゴリオ/マリル・パロリーニ
■台詞 エドゥアルド・デ・グレゴリオ
■撮影 ウィリアム・リュプチャンスキー
■製作 ステファン・チャルガジエフ
■出演 ジュリエット・ベルト/ビュル・オジェ/ジャン・バビレ/ニコール・ガルシア/エリザベス・ウィナー
©1976 SUNSHINE / INA. Tous droits réservés
【2022年9月17日から9月23日まで上映】
現代のパリを舞台に、地上での生を受けるため魔法の石をめぐって太陽の女王と月の女王が対決するファンタジー。
リヴェットはジェラール・ド・ネルヴァルの小説に着想を得て、ラブストーリー、犯罪劇、西部劇、ミュージカル・コメディといった内容の<火の娘たち>と称した4部作を構想し、本作はその“犯罪劇”にあたる。奇想天外なおとぎ話のような題材を挑戦的なフィルム・ノワールの要素を盛り込んで表現し、超現実的で詩的な美しさを達成した。決闘者の女ふたりに扮するはリヴェット映画の常連ジュリエット・ベルトとビュル・オジェ。
ノロワ
Northwest Wind
■監督 ジャック・リヴェット
■脚本 エドゥアルド・デ・グレゴリオ/マリル・パロリーニ/ジャック・リヴェット
■台詞 エドゥアルド・デ・グレゴリオ/マリル・パロリーニ
■撮影 ウィリアム・リュプチャンスキー
■製作 ステファン・チャルガジエフ
■出演 ジェラルディン・チャップリン/ベルナデット・ラフォン/キカ・マーカム
©1976 SUNSHINE / INA. Tous droits réservés.
【2022年9月17日から9月23日まで上映】
女海賊モラグは弟の仇を討つために孤島の城を占拠する海賊団のリーダー、ジュリアに復讐を誓う。
『デュエル』と同様、対決するふたりの女性を描く本作は4部作<火の娘たち>の2作目であり西部劇として作られたが、リヴェットの魔術にかかれば時代やジャンルを問わない作品へと変貌する。ブルターニュ沿岸の12世紀の要塞と17世紀に再建された城といった壮観なロケーションで繰り広げられる物語の中で虚構と現実がぶつかり合い、死の舞踏が振り付けられてゆく。構想された4部作は本作を最後に未完のまま幕を閉じるが、リヴェットが誘う奇妙な酩酊に満ちた世界はその後もさらに深化する。
メリー・ゴー・ラウンド
Merry-Go-Round
■監督 ジャック・リヴェット
■脚本 エドゥアルド・デ・グレゴリオ/スザンヌ・シフマン/ジャック・リヴェット
■台詞 ドゥアルド・デ・グレゴリオ
■撮影 ウィリアム・リュプチャンスキー
■製作 ステファン・チャルガジエフ
■出演 マリア・シュナイダー/ジョー・ダレッサンドロ/ダニエル・ジェコフ/モーリス・ガレル
©1979 SUNSHINE / INA. Tous droits réservés.
【2022年9月17日から9月23日まで上映】
ベンジャミン(ベン)は元恋人エリザベスから電報を受け取りパリへ向かうが、そこにいたのは彼女の妹レオだった。
ふたりのライバルが『デュエル』『ノロワ』とは異なり今度は男と女になり、謎に支配された舞台で終わることのない追いかけっこが繰り広げられる。レオ役を演じたマリア・シュナイダーやリヴェット自身の個人的な問題により撮影は長引き混乱を極めるも、長編第一作である『パリはわれらのもの』で導入されたテーマを家族間の復讐やパラノイアを絡めメランコリックなミステリーとして見事に再構築した。ベンを演じるのはアンディ・ウォーホルに見出された俳優ジョー・ダレッサンドロ。またレオとエリザベスの父親には名優モーリス・ガレルが扮している。
北の橋
The North Bridge
■監督 ジャック・リヴェット
■脚本 ビュル・オジェ/パスカル・オジェ/シュザンヌ・シフマン/ジャック・リヴェット
■台詞 ジェローム・プリウール
■撮影 ウィリアム・リュプチャンスキー/カロリーヌ・シャンプティエ
■製作 バーベット・シュローダー/ジャン=ピエール・マオ
■出演 ビュル・オジェ/パスカル・オジェ/ピエール・クレマンティ
©1981 Les Films du Losange
【2022年9月17日から9月23日まで上映】
『セリーヌとジュリーは舟でゆく』が「不思議の国のアリス」ならば、ビュル・オジェと実娘のパスカル・オジェ共演作である本作はリヴェット版現代の「ドン・キホーテ」。
ビュルとパスカルは撮影前にリヴェットに渡された「ドン・キホーテ」に魅了されたのだと言う。突然現れた閉所恐怖症の女テロリストのために、彼女の昔の恋人との連絡を引き受ける少女バチストは鎧の代わりに革ジャンを羽織り、馬の代わりにバイク、兜の代わりにヘルメットをかぶってドン・キホーテを演じてみせる。パリの街と符号する双六ゲームの上で、日常を生きながらにして幻想に駆られた俳優たちの身体と、現実の中から立ち現れてくるファンタジーが結びつく興味深い一編。
ある日、リヴェットはセルバンテスの「ドン・キホーテ」を持って現れました。「この本は映画化する気はないが、昔から私は撮影に入る前に、この本を役者に読んでほしいと思っていたんだ。」
私たちはそれを読み、その本の愉快さに目を見張りました。そしてテーブルを囲んで仕事に取り掛かったのです。(中略)時間とお金がかかる照明機材を使わないように、室内シーンは撮らないこと。同時に美術装置を借りたり、おおげさな撮影隊も使わないようにしました。——ビュル・オジェ(1993年「リヴェット・フィルム・コレクションVol.1/ジャックリヴェットと美しき女優たち」パンフレットより抜粋)
セリーヌとジュリーは舟でゆく
Celine and Julie Go Boating
■監督 ジャック・リヴェット
■脚本 ジュリエット・ベルト/ドミニク・ ラブリエ/ビュル・オジェ/マリー=フランス・ピジエ/ジャック・リヴェット
■台詞 エドゥアルド・デ・グレゴリオ
■撮影 ジャック・ルナール
■製作 バーベット・シュローダー
■出演 ジュリエット・ベルト/ドミニク・ラブリエ/マリー=フランス・ピジェ/バーベット・シュローダー/ビュル・オジェ
©1974 Les Films du Losange
【2022年9月17日から9月23日まで上映】
公園のベンチで魔術の本を読んでいた司書のジュリーが魔術師セリーヌと出会ったことからはじまる奇妙な冒険、そしてある殺人事件のにおい。「不思議の国のアリス」的迷宮を思わせる冒頭から始まる本作はセリーヌ役のジュリエット・ベルトとジュリー役のドミニク・ラブリエが書き始めた台本から出発し構成された。幻想と現実の境界線を軽やかに飛び越えて自由に入れ替わる主人公たちのユーモラスなやりとりや70年代を象徴するサイケデリックな衣装も楽しく、遊び心に溢れたファンタジーの傑作にしてリヴェットの人気作。劇中で起こる屋敷内の事件はヘンリー・ジェイムズの小説から翻案された。
リヴェットと一緒に仕事をするとき、俳優は自分たちが操り人形だとは感じません。この映画ほど自分が女優として横槍を入れられないですんだ仕事はなかったわ。それにこれほど肉体的に高くついた仕事もなかった。すごく大変で、疲れたし、神経を使ったけれど、決して心理劇ではなかった。私たちは、気取った映画ではなく、ヒッチコックとルビッチの中間のスペクタクル映画を作ると決めていたんです。絶対に自分たちの演技でだましたりしなかった。私たちは演技したいと思っている俳優の役だったけれど、私たちの最初の批評家は私たち自身でした。真面目に(セリュー)やったけど、深刻に(セリュー)とったりしなかった……。 ——ジュリエット・ベルト(1993年「リヴェット・フィルム・コレクションVol.1/ジャックリヴェットと美しき女優たち」パンフレットより抜粋)