【2019/6/8(土)~6/14(金)】『ミツバチのささやき』『エル・スール』// 特別レイトショー『ROMA/ローマ』

2012年のオムニバス映画『ポルトガル、ここに誕生す~ギマランイス歴史地区』への参加以降、映画製作から遠ざかっているスペインの映画作家、ビクトル・エリセ。『マルメロの陽光』(1992)に続く長編作を待ち望む声があるとともに、一本一本が繊細な宝物のようにして長く愛されています。

今週の早稲田松竹では、“偉大”と“寡黙”という、相反する称号で語られる孤高の映画作家の代表作にして、クラシック映画のマスターピースである『ミツバチのささやき』『エル・スール』の2本を上映いたします。当時の社会状況をふまえ、政権への幻滅と怒りをしのばせながらも、幻想的で緻密な細工物のように美しい、映画という芸術の到達点をぜひご堪能ください。

エル・スール デジタルリマスター版
EL SUR

ビクトル・エリセ監督作品/1983年/スペイン/95分/DCP/ビスタ

■監督・脚本 ビクトル・エリセ
■原作 アデライダ・ガルシア=モラレス
■製作 エリアス・ケレヘタ
■撮影 ホセ=ルイス・アルカイネ

■出演 オメロ・アントヌッティ/ソンソレス・アラングーレン/イシアル・ボリャン/ロラ・カルドナ/ラファエラ・アパリシオ/オーロール・クレマン/マリア・カロ/フランシスコ・メリノ

■1983年シカゴ国際映画祭ゴールド・ヒューゴー賞(グランプリ)受賞/スペイン映画作家協会賞最優秀監督賞受賞

© 2005 Video Mercury Films S.A.

【2019年6月8日から6月14日まで上映】

北の かもめの家で 父の背中に ふと嗅ぐ 南への 秘められた愛の香り

エストレリャが父アグスティンはもう帰ってこないと予感したのは15歳の時、1957年の秋の朝。枕の下に小さな丸い黒い箱、そのなかには父が愛用していた霊力で動くふりこがのこされていた。

旅に旅をかさねて、父が、北の川沿いの町で県立病院の医師として身をおちつけ、一家が郊外の一軒家に住むことになったのはエストレリャが7歳か8歳の頃。一軒家は<かもめの家>と呼ばれ、屋根の風見のかもめはいつも、南、エル・スールをさしていた。

冬の雪の日。南では雪は降らないのよと教えてくれた母の一言から、父と南の謎が幼いエストレリャの心にめばえる。祖父と大喧嘩して二度と戻らぬ決心で南を出たという父の話を母から聞かされ、エストレリャの、想像のエル・スールへの旅がはじまる――。

エル・スール――南への思いがこめられた 深く、美しい心の一作

スペイン北部のある地域で両親と暮らす主人公の少女、エストレリャ。医師である父親のアグスティンは、家族への慈しみ深さの一方で、いつも心をとざしています。そんな父に複雑な思いを寄せながら成長していくエストレリャを軸に、彼女の主観で映画は展開していきます。父がなぜ生まれ故郷の南部=エル・スール(スペイン語で“南”)を捨てざるを得なかったのか。政治的対立が生む憎悪、父の半生における苦痛と悲しみ、家族という存在にまつわる不和をおり込みながら、一人の少女が自立していく物語にもなっています。エリセは「私にとって『エル・スール』は未完の作品」と語っていますが、その先に希望を抱かせるようなラストシーンの余韻に、深い感動をおぼえます。(ミ・ナミ)

ミツバチのささやき デジタルリマスター版
EL ESPIRITU DE LA COLMENA

ビクトル・エリセ監督作品/1973年/スペイン/99分/DCP/ビスタ

■監督・原案 ビクトル・エリセ
■脚本 アンヘル・フェルナンデス=サントス/ビクトル・エリセ
■撮影 ルイス・クアドラド
■音楽 ルイス・デ・パブロ

■出演 アナ・トレント/イサベル・テリェリア/フェルナンド・フェルナン=ゴメス

■1973年サン・セバスチャン国際映画祭金の貝殻賞(グランプリ)受賞/1973年シカゴ国際映画祭シルヴァー・ヒューゴー特別賞受賞/1974年スペイン映画作家協会賞最優秀作品賞・監督賞ほか3部門受賞/1974年鳥の映画祭最優秀作品賞受賞

© 2005 Video Mercury Films S.A.

【2019年6月8日から6月14日まで上映】

ミツバチのささやきにつつまれて フランケンシュタインを呼ぶ少女アナ

むかしむかしの1940年頃。スペイン中部のカスティーリャ高原の小さな村。アナとイサベルの幼い姉妹は公民館のスクリーンで怪物映画『フランケンシュタイン』を観ている。スクリーンのなかの少女が殺されて、フランケンシュタインも殺されて、アナは姉に聞く。なぜ殺したの? なぜ殺されたの? 姉は後で教えるといって答えない。

夜、イサベルはアナに、フランケンシュタインは怪物ではなく精霊で、死んだのではなく、村はずれの井戸のある一軒家に生きていて“ソイ・アナ(私はアナよ)”と名乗り出れば、友達になってくれると教える。アナその話を信じた――。

無垢な瞳が照射する 内戦スペインの心 巨匠エリセの詩情あふれる傑作

内戦が終結し、当時の独裁政権へと移行するさなかのスペイン。主人公の少女アナの、物事を芯まで射貫くような無垢な視線が印象的な本作。アナが抱くフランケンシュタイン=精霊へのあこがれと、彼女のささやかな冒険にも似た日常が描かれます。一方で映画の端々には、アナの母が心にしまい込んだ誰かへの痛切な恋慕や、突然村へ入り込んできた手負いの脱走者が想起させる内戦の惨たらしさと、そこに付随する死のイメージが漂います。エリセが映画監督として本格的に取り組んだ第一作目である『ミツバチのささやき』。争いというものが人の肉体を責めさいなむだけでなく、表面では見えない深いところに取り返しのつかない傷をつけることを暗示する、エリセ映画の源泉がここにあります。(ミ・ナミ)

【特別レイトショー】ROMA/ローマ
【Late Show】Roma

アルフォンソ・キュアロン監督作品/2018年/メキシコ・アメリカ/135分/DCP/R15+/シネスコ

■監督 アルフォンソ・キュアロン
■製作 ガブリエラ・ロドリゲス/アルフォンソ・キュアロン/ニコラス・セリス
■脚本 アルフォンソ・キュアロン
■撮影 アルフォンソ・キュアロン
■編集 アルフォンソ・キュアロン/アダム・ガフ

■出演 ヤリッツァ・アパリシオ/マリーナ・デ・タビラ

■2018年アカデミー賞監督賞・撮影賞・外国語映画賞受賞、作品賞ほか10部門ノミネート/ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞/ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞・監督賞受賞、脚本賞ノミネート ほか多数受賞・ノミネート

【2019年6月1日から6月14日まで上映】

2018年アカデミー賞3部門受賞! アルフォンソ・キュアロン監督最新作

エリセとアプローチ方法は異なりますが、アルフォンソ・キュアロン監督も、モノクロ映画『ローマ/ROMA』で研ぎ澄まされた映像空間をつくり上げました。メキシコシティに実在する地域、1970年のコロニア・ローマを舞台に、キュアロンの自伝的要素が多分に込められた本作は、ある若い家政婦を主人公にして、彼女を取りまく幸福と悲運を描いています。中の上流家庭で、夫婦とその4人の子どもたちの世話をする日々の中に、「トラテロルコの虐殺」や、「コーパス・クリスティの虐殺」として語り継がれる、当時の政府側の武装組織による学生運動の弾圧・虐殺事件が暗く影を落としています。しかしながら、『ローマ/ROMA』はそうした政治的イシューだけを積極的に前景化しようとはしません。家族とクレオが浜辺で固く寄り添うメインビジュアルが象徴するように、傷を負った者たちがともに再生していく姿こそが、作品に写し取られているのです。(ミ・ナミ)